第四十五歩目 「北の町と、壁の向こうの英雄」
北方交易都市。
その町は、高い石壁に囲まれていた。
門は閉ざされ。
壁の上には王国兵。
そして、その中央に掲げられているのは――
英雄管理局の旗。
「……厳重ですね」
ユウが呟く。
勇者が壁を見上げる。
「正面から入るのは無理そうだな」
「そうですね」
「で?」
「裏から入ります」
女冒険者が笑った。
「やっぱり」
「ユウだもん」
女魔法使いが呆れる。
「あなた、正面から入るという発想はないの?」
「ありますよ」
「あるの?」
「正面から入って、追い出された後に裏から入ることもあります」
「最初から裏でいいでしょ!」
聖女が小さく笑う。
そんな中。
パン屋の少年だけは。
町をじっと見つめていた。
「……あの中に」
「はい?」
「誰かがいます」
ユウも壁を見る。
「分かるんですか?」
「分からないけど……」
少年は胸に手を当てる。
「呼ばれてる気がします」
ユウは。
静かに頷いた。
「なら、行きましょう」
⸻
1 地下への入口
街道から少し離れた森。
ユウは地面を調べていた。
「……ここです」
勇者が首を傾げる。
「何が?」
「昔の水路」
「見えないけど」
「埋まっています」
ユウはスコップを取り出す。
掘る。
掘る。
さらに掘る。
「……」
女冒険者が腕を組む。
「なんかもう、見慣れてきたね」
「そうですね」
女魔法使いが頷く。
「最初は英雄を支える旅だと思っていたのに」
「今は?」
「土木工事の旅」
「ひどい」
しばらくして。
ユウのスコップが硬いものに当たった。
――カン。
「見つけました」
古い石蓋。
蓋を開けると。
地下へ続く階段が現れた。
「行きましょう」
勇者が先頭に立つ。
「今度は俺が前に出る」
ユウが頷く。
「お願いします」
「お前は?」
「後ろです」
「知ってる」
⸻
2 誰もいない地下道
地下道は暗かった。
壁には古い水路の跡。
ところどころ崩れている。
ユウが足を止める。
「この先、分岐があります」
女魔法使いが驚く。
「見えるの?」
「匂いです」
「匂い?」
「空気の流れが違います」
狩人の前世。
漁師の前世。
掘削の前世。
数えきれない経験が。
今のユウの中で一つにつながっている。
「右は行き止まり」
「左は?」
「町の中央へ」
「じゃあ左ね」
一行が進む。
しばらくすると。
壁に小さな傷があった。
ユウが指でなぞる。
「……」
「何?」
女冒険者が尋ねる。
「この印」
そこには。
簡素な三本線。
「昔、俺が使っていた目印です」
「あなたが?」
「はい」
「じゃあ、ここも前世で?」
「……たぶん」
ユウは首を傾げた。
だが。
何かがおかしい。
記憶にあるはずなのに。
思い出せない。
⸻
3 失われた記憶
「どうしました?」
三番目の転生者が尋ねる。
「ここを知っている気がします」
「前世?」
「はい」
「でも、思い出せない?」
「そうです」
三番目は壁を見る。
「英雄管理局が関わっているかもしれない」
「どういうこと?」
「記憶を消された可能性があります」
ユウは黙った。
今まで。
全ての前世を覚えていると思っていた。
どんな人生も。
どんな仕事も。
どんな死も。
全部。
なのに。
この場所だけ。
「……」
空白がある。
それが。
初めてだった。
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4 地下牢
さらに進む。
やがて。
鉄格子が現れた。
「牢屋?」
勇者が驚く。
中には誰もいない。
だが。
床には食器。
毛布。
水の跡。
「最近まで誰かいた」
ユウが言う。
聖女が床に触れる。
「ここに」
目を閉じる。
「悲しみが残っています」
女魔法使いが顔を曇らせる。
「捕らえていたのは誰?」
ユウは牢の鍵を見る。
「王国軍」
「それだけ?」
「……」
鍵の形。
見覚えがある。
「英雄管理局も関わっています」
勇者が拳を握る。
「何をしてたんだ?」
「分かりません」
その時。
奥から。
小さな音が聞こえた。
――カタン。
「誰かいる!」
勇者が走る。
⸻
5 老人の告白
牢の奥。
一人の老人が倒れていた。
「大丈夫ですか?」
聖女が駆け寄る。
「……英雄……」
老人は勇者を見る。
「違います」
ユウが答える。
「この人たちは、あなたを助けに来ました」
「助け……?」
老人は弱々しく笑った。
「なら、逃げなさい」
「どうして?」
「この町はもう……」
老人は震える。
「英雄を作る町になってしまった」
ユウの表情が変わる。
「英雄を作る?」
「町の住民を選び」
「力を測り」
「適性を調べ」
「使える者だけを連れていく」
少年が怯える。
「誰が?」
「英雄管理局だ」
老人は言った。
「そして」
少年を見る。
「次に選ばれたのが、その子だ」
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6 少年の秘密
「僕……?」
少年が後ずさる。
老人は頷く。
「お前には特別な力がある」
「でも」
ユウが遮る。
「本人が望んでいません」
老人がユウを見る。
「だから危険なのだ」
「え?」
「英雄管理局にとって」
「自分で選ぶ人間は、管理できない」
ユウは。
その言葉を聞いて。
ふと気づいた。
自分も。
同じだった。
英雄にならない。
誰かに役割を決められない。
ただ。
自分がやりたいことをする。
「……なるほど」
ユウは呟く。
「だから俺も消された」
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7 壁の向こう
老人は地図を広げる。
「この町の中央」
「古い塔がある」
「そこに管理局の施設がある」
「少年を連れていくつもりだ」
勇者が立ち上がる。
「なら、助ける」
「でも」
ユウが言う。
「その前に確認したいことがあります」
「何だ?」
「町の人たちは?」
老人は黙った。
「……」
「どこへ行ったんです?」
「地下施設だ」
少年が青ざめる。
「みんな……?」
「そうだ」
ユウは。
工具袋を肩にかけた。
「では」
「どうする?」
勇者が尋ねる。
ユウは答えた。
「救出します」
「全員?」
「できる限り」
勇者が笑う。
「分かった」
「俺たちも手伝う」
⸻
8 英雄管理局の施設
夜。
町の中央。
古い塔。
ユウたちは地下から侵入した。
今度は。
ユウが先頭だった。
「大丈夫?」
女魔法使いが聞く。
「はい」
ユウは進む。
壁。
階段。
扉。
すべて。
なぜか知っている。
「……」
「どうした?」
勇者が尋ねる。
「ここ」
ユウが扉に触れる。
「俺は知っています」
「前世で来た?」
「たぶん」
「思い出した?」
「まだです」
扉を開く。
その先に。
大量の書類が並んでいた。
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9 名前のない人々
書類には。
多くの人間の記録があった。
『勇者候補』
『魔法使い候補』
『聖女候補』
『剣士候補』
そして。
その横に。
『支援要員』
という分類。
「……」
ユウは一枚を取る。
『荷運び』
『料理』
『薬草採取』
『御者』
『鍛冶』
『採掘』
『狩猟』
『漁業』
全て。
英雄を支える仕事。
そして。
その記録の中に。
ユウの前世のものがあった。
「……」
ユウの手が震える。
『支援要員・不明』
『能力:極めて高い』
『英雄への忠誠:高』
『危険度:低』
最後に。
『処分不要』
「……」
女冒険者が覗き込む。
「これ」
ユウは。
静かに答えた。
「俺です」
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10 初代の本当の役割
さらに一枚。
『初代支援要員』
その文字の下に。
『英雄を勝利させること』
『ただし本人を英雄として扱ってはならない』
『本人に自身の重要性を認識させてはならない』
ユウは黙った。
「……」
勇者が怒りを露わにする。
「ふざけるな」
女魔法使いも。
「ずっと利用していたのね」
聖女が悲しそうに言う。
「あなたは……」
ユウは。
書類を見つめたまま。
「そうだったんですね」
怒りは。
なかった。
悲しみも。
あまりなかった。
ただ。
「でも」
ユウは紙を破った。
「今は違います」
紙片が床へ落ちる。
「俺は」
仲間たちを見る。
「自分で、この人たちを支えています」
それは。
誰かに与えられた役割ではない。
ユウ自身が選んだ仕事だった。
⸻
11 管理局の責任者
その時。
拍手が響いた。
「素晴らしい」
暗闇から。
一人の男が現れる。
王都でユウたちを監視していた男。
「よくここまで来ましたね」
勇者が剣を構える。
「お前か」
「英雄管理局、北方支部責任者です」
男は笑う。
「あなた方には、もう少し大人しくしてもらいたかった」
「少年を返せ」
女冒険者が言う。
「それはできません」
「なぜ?」
「彼は必要だからです」
少年が震える。
男は少年を見る。
「君は英雄を選ぶ」
「その力は、この世界に必要だ」
ユウが前へ出る。
「本人が嫌だと言っています」
「関係ありません」
「……」
「英雄に選ばれる者には、使命がある」
男は言う。
「それを拒む自由など――」
ユウが遮った。
「ありますよ」
⸻
12 モブの選択
「使命なんて」
ユウは静かに言った。
「誰かが勝手に決めるものじゃありません」
男が笑う。
「あなたは英雄ではない」
「はい」
「何の力もない」
「はい」
「歴史にも残らない」
「それも」
ユウは頷く。
「たぶん、その通りです」
そして。
少年の前に立つ。
「でも」
「この子を連れていくなら」
ユウは工具袋から一本の鉄棒を取り出した。
「俺は邪魔します」
勇者が笑う。
「それでこそユウだ」
女魔法使いが杖を構える。
「全力で邪魔しましょう」
女冒険者も武器を握る。
「面白そう」
聖女が祈る。
「皆さんを守ります」
三番目の転生者が笑う。
「三人目として、僕もね」
そして。
少年も。
小さく拳を握った。
「僕も……」
「?」
「僕も、自分で決めたい」
男の笑顔が消えた。
「……そうですか」
指を鳴らす。
――ゴゴゴゴゴ。
塔全体が震えた。
「ならば」
壁の奥から。
巨大な魔力反応。
「君自身に」
男が告げる。
「選んでもらいましょう」
床が開く。
その下から。
巨大な魔法陣が現れる。
そして。
魔法陣の中央には。
眠る一人の少女。
少年が息を呑む。
「……あの子」
「知ってるの?」
ユウが尋ねる。
「知らない」
少年は首を振る。
「でも」
胸に手を当てる。
「ずっと、僕を呼んでる」
ユウは少女を見る。
なぜか。
自分も知っている気がした。
この少女を。
この場所を。
そして――
この光景を。
遠い前世で。
何度も。
何度も。
見ていたような。
「……」
ユウの中で。
封じられていた記憶の一片が。
初めて。
動き始めた。




