第四十四歩目 「北へ向かう荷運び人」
パン屋を出た翌日。
ユウたちは、王都北門の前にいた。
目の前には、一台の大型馬車。
積まれているのは、食料、毛布、工具、薬品、日用品。
そして――大量の樽。
「……」
ユウは荷台を見る。
「これは?」
「北方交易都市まで運ぶ荷物だよ」
商人が答える。
「人手が足りなくてね。助かるよ」
「はい」
ユウは頷く。
「今日から働かせてもらいます」
勇者がため息をついた。
「結局、またバイトか」
「荷運び人は重要な仕事ですよ」
「分かってるよ」
女冒険者が笑う。
「でも、英雄候補を探しに行く旅の最初が荷運びっていうのが面白いんだよ」
「目的地が同じなら問題ありません」
女魔法使いが腕を組む。
「本当に偶然?」
「偶然です」
「……」
全員が疑わしそうにユウを見る。
「本当に」
ユウは首を傾げた。
「求人があったので応募しただけです」
「その求人が英雄候補のいる町なんだけど?」
「……偶然ですね」
「絶対違う!」
北門に、勇者の声が響いた。
⸻
1 新しい仲間
馬車には、もう一人乗っていた。
昨日のパン屋の少年。
「君も来るの?」
勇者が驚く。
「はい」
少年は頷く。
「店主さんが、しばらく旅をしてこいって」
「旅?」
「自分の力が何なのか知ってこいって」
少年は少し不安そうに笑う。
「それに……」
「それに?」
「ユウさんがいるなら」
ユウを見る。
「安心なので」
「……」
勇者がユウを見る。
「お前、完全に保護者じゃん」
「そうですか?」
「そうだよ」
少年は荷台へ乗り込む。
ユウも続く。
こうして。
北へ向かう一行は、一人増えた。
⸻
2 北方街道
王都を出て数時間。
景色が少しずつ変わっていく。
草原が減り。
木々が増える。
空気も冷たくなっていく。
「北は寒いんですね」
少年が言う。
「冬になるともっと寒いよ」
商人が答える。
「だから北方都市には防寒具が大量に必要なんだ」
ユウは荷台の毛布を見る。
「この量でも足りないかもしれません」
「分かるのか?」
「北方の町で暮らした前世があります」
「……」
勇者が遠い目をする。
「またか」
「はい」
「本当に何でも経験してるんだな」
ユウは少し笑った。
「役に立つなら、いいことだと思います」
だが。
その時。
馬車が大きく揺れた。
「うわっ!」
少年が転びそうになる。
ユウが支える。
「大丈夫ですか?」
「はい」
勇者が御者席から叫ぶ。
「道が悪い!」
ユウが前を見る。
「……」
「どうした?」
「道が壊されています」
女魔法使いが眉を寄せる。
「壊されている?」
「はい」
ユウは地面を見る。
「自然に崩れた跡じゃありません」
⸻
3 壊された街道
馬車を止める。
街道の一部が。
意図的に掘り返されていた。
「誰がこんなことを?」
女冒険者が周囲を見る。
ユウはしゃがみ込む。
「……」
土を見る。
石を見る。
車輪の跡を見る。
「最近です」
「分かる?」
「はい」
ユウは土を指で触る。
「二時間以内」
勇者が驚く。
「そんなことまで?」
「掘削の仕事をしていた前世がありましたから」
「便利だな……」
ユウは立ち上がる。
「近くにいます」
その直後。
森の中から。
矢が飛んできた。
「伏せて!」
女魔法使いが叫ぶ。
全員が身を低くする。
――ヒュッ!
矢が荷台に突き刺さる。
「盗賊か?」
勇者が剣を抜く。
しかし。
ユウは首を振った。
「違います」
「え?」
「矢の先に毒がありません」
「それが?」
「盗賊なら、もっと確実に殺しにきます」
ユウは森を見る。
「これは警告です」
⸻
4 森の狩人
「出てきてください」
ユウが呼びかける。
「話をしましょう」
返事はない。
ユウは。
荷台から一本の矢を取り出した。
「この矢」
「狩猟用です」
女冒険者が見る。
「うん」
「軍用じゃありません」
ユウは森の奥へ声をかける。
「あなたは狩人ですね」
沈黙。
「この道を通ってほしくない理由がある」
「……」
「でも」
ユウは続ける。
「荷物の中には、北の町へ届ける食料があります」
「それを止める理由がない」
森の奥から。
声がした。
「北の町には、もう人がいない」
「……」
「行っても無駄だ」
少年が顔を上げる。
「人がいない?」
「三日前から」
狩人は言った。
「町が封鎖された」
ユウの表情が変わる。
「誰に?」
「王国軍だ」
⸻
5 封鎖された町
商人が青ざめる。
「そんな話、王都では聞いていない」
「当然だ」
狩人が森から姿を現す。
年配の男だった。
「情報が外へ出ないようにされている」
勇者が尋ねる。
「何が起きた?」
「北方交易都市の地下で」
狩人は言った。
「巨大な遺跡が見つかった」
「遺跡?」
「三百年以上前のものだ」
女魔法使いが反応する。
「まさか……」
狩人は頷く。
「英雄管理局が動いている」
ユウは黙った。
偶然。
求人。
北方都市。
そして英雄管理局。
「……」
さすがに。
ユウも。
偶然だとは思えなくなっていた。
⸻
6 英雄候補
「遺跡に何がある?」
ユウが尋ねる。
「分からない」
狩人は答える。
「ただ」
懐から古い紙を出す。
「これだけは分かっている」
紙には。
三百年前の文字。
『英雄を生み出す場所』
少年が呟く。
「英雄を……生み出す?」
「そう」
狩人は頷く。
「だから英雄管理局が欲しがっている」
女魔法使いが地図を見る。
「この遺跡、町の地下?」
「そうだ」
「じゃあ」
勇者が剣を握る。
「行こう」
ユウが止める。
「待ってください」
「何だ?」
「王国軍が封鎖しているなら」
「正面から行くのは危険です」
「じゃあ?」
ユウは地図を見る。
「地下から入ります」
勇者が笑う。
「やっぱりそれか」
「掘るんですね?」
少年が尋ねる。
「はい」
ユウは答える。
「掘ります」
⸻
7 穴掘り開始
街道脇。
ユウは黙々と土を掘っていた。
勇者も手伝う。
「……」
女冒険者も。
「これ、本当に英雄探しの旅?」
「はい」
「どう見ても土木工事だけど」
女魔法使いがため息をつく。
「ユウに任せると、だいたいこうなるのよ」
少年はスコップを握る。
「僕も手伝います」
「無理しなくていいですよ」
「大丈夫です」
少年は土を掘る。
しばらくして。
「……」
ユウが少年を見る。
「上手ですね」
「そうですか?」
「力の入れ方がいい」
少年は嬉しそうに笑う。
「パン作りにも使えそうです」
「何でもパンに繋げるんだな」
勇者が笑う。
そして。
数時間後。
地下へ続く空洞が現れた。
「見つけました」
ユウが言う。
⸻
8 英雄製造所
地下道を進む。
壁には。
古い文字。
魔法陣。
そして。
無数の部屋。
その中には。
武器。
魔道具。
訓練記録。
人体ではなく、英雄候補の能力を測定するための古代装置が並んでいた。
「……」
女魔法使いが息を呑む。
「これが」
聖女が呟く。
「英雄管理局の始まり……」
ユウは一枚の記録を見る。
『第一候補――失敗』
『第二候補――失敗』
『第三候補――戦闘能力不足』
そして。
一番下。
『第四候補――適性なし』
ユウが眉を寄せる。
「第四……」
三番目の転生者が。
突然立ち止まった。
「……」
「どうしました?」
青年は。
壁に刻まれた文字を見ていた。
「この場所」
「知っている」
全員が振り返る。
「前世で来たことがある」
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9 三番目の記憶
「俺は」
三番目の転生者は頭を押さえる。
「ここで作られた」
「……」
「人間としてではなく」
「英雄の部品として」
ユウは黙って聞く。
「記憶を与えられ」
「感情を集め」
「誰かの人生を引き継ぐために」
三番目は笑った。
「だから僕は、人の感情が分かる」
「最初からそういう能力を与えられた」
聖女が近づく。
「あなたも被害者だったんですね」
「たぶん」
青年は答える。
「でも」
少年を見る。
「彼は違う」
「……」
「この施設が狙っているのは、彼の能力そのものじゃない」
ユウが聞く。
「では?」
三番目は。
少年の胸元を見る。
「彼の中にあるもの。」
⸻
10 目覚め
その瞬間。
遺跡全体が震えた。
――ゴゴゴゴゴ……。
「何!?」
女魔法使いが杖を構える。
床に巨大な魔法陣が浮かぶ。
少年が胸を押さえる。
「熱い……」
「大丈夫ですか?」
ユウが駆け寄る。
「ユウさん……」
少年の身体から。
淡い光が溢れ出す。
遺跡の壁に刻まれた文字が。
一つずつ輝き始める。
『英雄因子』
『継承』
『適性』
『記憶』
そして。
最後の文字。
『選定者』
ユウが息を呑む。
「選定者……?」
三番目の転生者が呟く。
「そうか」
「何が?」
「この子は英雄になるための人間じゃない」
青年は少年を見る。
「英雄を選ぶための人間だ。」
⸻
11 英雄を選ぶ者
勇者が少年を見る。
「じゃあ、どういうことだ?」
「彼自身が英雄になるんじゃない」
三番目が答える。
「誰が英雄になるべきかを決める」
「そんなこと……」
女冒険者が言う。
「誰が決めるの?」
少年は震えている。
「僕……?」
ユウは少年の肩に手を置く。
「決めなくていいです」
「え?」
「誰かに決めろと言われても」
ユウは言う。
「自分が決めたくないなら、決めなくていい」
「でも……」
「英雄になることも」
「英雄を選ぶことも」
「義務じゃありません」
少年は。
しばらく黙っていた。
そして。
「……ありがとうございます」
⸻
12 北の町へ
遺跡の奥から。
地上へ続く別の道が見つかった。
ユウたちはそこから北方交易都市へ向かう。
だが。
遠くに見えた町は。
高い壁に囲まれていた。
門は閉じている。
王国軍が並んでいる。
そして。
壁の上には。
英雄管理局の旗。
「……」
勇者が剣を握る。
「どうする?」
ユウは町を見る。
その時。
風に乗って。
かすかな声が聞こえた。
「助けて……」
少年が顔を上げる。
「今、声が……」
「聞こえました」
聖女も頷く。
ユウは。
荷馬車を止めた。
「行きましょう」
「正面から?」
「いいえ」
ユウは町の壁を見る。
「裏からです」
女冒険者が笑う。
「また?」
「はい」
ユウは荷台から工具を取り出す。
「荷運び人ですから」
そして。
北方交易都市の地下。
誰にも知られない場所で。
何かが、目を覚まそうとしていた。
その存在を。
まだ誰も知らない。
ただ一人。
ユウだけが。
なぜか。
その場所を知っている気がしていた。




