第四十二歩目 「英雄ではない証明」
翌朝。
王都は、いつもより騒がしかった。
大広場には人が集まり始めている。
王宮から続く大通りには、騎士たちが並んでいた。
そして――
広場の中央には、一段高い演壇。
そこに、昨日の法衣の男が立っている。
「いよいよね」
女魔法使いが呟く。
「はい」
ユウは荷物を確認していた。
「何してるの?」
「準備です」
「決闘の?」
「いえ」
ユウは工具を確認する。
「何か壊れるかもしれないので」
「そこ!?」
女冒険者が笑う。
「ユウらしいけど」
勇者が肩を叩く。
「行こう」
「はい」
聖女。
女魔法使い。
女冒険者。
勇者。
リナ。
三番目の転生者。
そしてユウ。
七人は王宮大広場へ向かった。
⸻
1 公開裁判
広場に着くと。
すでに大勢の人々が集まっていた。
「勇者様だ!」
「聖女様もいる!」
「魔王を倒してくれるんだ!」
歓声。
だが。
ユウには違和感があった。
人々の声が。
あまりにも揃いすぎている。
「……」
周囲を見る。
紙を配る者。
声を張り上げる者。
勇者を褒める者。
魔王への憎しみを煽る者。
全て。
誰かに指示されている。
「ユウ?」
勇者が呼ぶ。
「何か分かった?」
「はい」
ユウは答えた。
「この広場そのものが、舞台です」
「舞台?」
「俺たちに役を演じさせるための」
演壇に。
法衣の男が立つ。
「英雄たちよ!」
広場に声が響いた。
「そして――初代転生者よ!」
ユウへ視線を向ける。
「今日、あなたに問いましょう」
「あなたは英雄なのか」
「それとも――」
一拍。
「ただの人間なのか」
⸻
2 英雄の条件
法衣の男が手を広げる。
「英雄とは何か!」
人々が静かになる。
「強い者か!」
「勇者か!」
「世界を救う者か!」
歓声が上がる。
「違う!」
男は叫ぶ。
「英雄とは――」
「人々が英雄だと信じる者だ!」
広場がざわめく。
「ならば!」
男は勇者を見る。
「ここにいる勇者こそ英雄!」
歓声。
続いて聖女。
「聖女こそ英雄!」
歓声。
女魔法使い。
「偉大なる魔法使い!」
歓声。
女冒険者。
「勇敢なる冒険者!」
歓声。
そして。
ユウ。
「では、この男は?」
広場が静まり返る。
「何者だ?」
誰も答えない。
「名もない」
「実績もない」
「称号もない」
「歴史にも存在しない」
男が笑う。
「英雄ではない!」
ユウは。
黙って聞いていた。
⸻
3 モブであること
「その通りです」
ユウが言った。
男が少し驚く。
「……何?」
「俺は英雄じゃありません」
ざわめき。
ユウは続ける。
「強くもありません」
勇者が振り返る。
「おい」
「本当です」
女魔法使いが苦笑する。
「そこは否定してほしいんだけど」
「称号もありません」
「まあ……」
女冒険者が頷く。
「ないね」
「歴史にも名前は残らないでしょう」
聖女が微笑む。
「それでも」
ユウは言う。
「俺には、仕事があります」
男が眉を寄せる。
「仕事?」
「はい」
「何だ?」
ユウは。
仲間たちを見る。
「英雄が歩けるように」
「道を整える」
「食事を用意する」
「壊れた道具を直す」
「必要なら敵の情報を集める」
「怪我をすれば薬を探す」
そして。
「帰ってきたら、温かい場所を用意する」
ユウは言った。
「それが俺の仕事です」
⸻
4 誰も知らない英雄
広場は静まり返っていた。
「それは英雄ではない」
法衣の男が言う。
「そうですね」
ユウは頷く。
「俺もそう思います」
「では、何故そこまでして英雄を支える?」
「……」
ユウは少し考える。
「好きだからです」
勇者が驚く。
「え?」
「この人たちが」
ユウは笑った。
「一緒に旅をして」
「一緒に飯を食べて」
「くだらないことで笑って」
「時々、失敗して」
「それでも前へ進もうとする」
ユウは言う。
「だから」
「支えたいと思いました」
女冒険者が小さく笑う。
「……ユウ」
「はい」
「ちょっと恥ずかしい」
「俺もです」
女魔法使いが吹き出す。
「そこは堂々と言いなさいよ」
⸻
5 管理局の狙い
法衣の男が手を叩いた。
「感動的ですね」
その声には。
冷たさしかなかった。
「ですが、それだけでは足りない」
男が合図する。
兵士たちが動く。
広場の四方。
魔法陣が浮かび上がった。
「これは……!」
女魔法使いが叫ぶ。
「封印魔法!?」
聖女が結界を張る。
「皆さん、下がって!」
魔法陣が輝く。
勇者の身体から。
光が引き抜かれる。
「ぐっ……!」
「勇者!」
女冒険者が支える。
女魔法使いの魔力も弱まる。
「何をしたの!?」
法衣の男が笑う。
「英雄から、英雄としての力を奪っている」
人々がざわめく。
「見せてあげましょう」
「英雄とは何なのか」
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6 力を失った英雄
勇者が膝をつく。
「……剣が」
手に力が入らない。
女魔法使いも杖を落とす。
「魔法が……使えない」
聖女も。
「祈りが届きません……」
女冒険者は武器を構えたまま。
「くっ……!」
法衣の男が叫ぶ。
「さあ!」
「英雄たちは力を失った!」
「ならば!」
「彼らは英雄なのか!?」
人々が沈黙する。
ユウは。
倒れた勇者の前へ歩いた。
「大丈夫ですか?」
「……ああ」
「立てます?」
「たぶん」
「なら」
ユウは手を差し出す。
「行きましょう」
「どこへ?」
「ここから出ます」
「でも、俺は……」
「勇者じゃなくても」
ユウは笑う。
「あなたはあなたでしょう」
勇者が目を見開く。
「……」
そして。
その手を取った。
⸻
7 英雄の後ろから
ユウは荷物袋を開ける。
「これを」
勇者へ。
「何だ?」
「普通の剣です」
「……」
「勇者の剣じゃありません」
勇者は剣を握る。
軽い。
特別な力もない。
ただの剣。
それでも。
「使える」
勇者が立ち上がる。
「……使えるぞ」
ユウは頷く。
女魔法使いにも。
「これは?」
「普通の杖です」
「魔力増幅は?」
「ありません」
「……」
「でも、魔法を使うのはあなたです」
女魔法使いが杖を握る。
「……そうね」
小さな火が灯った。
「使える」
聖女には。
古びた祈りの布。
女冒険者には。
予備の武器。
ユウは。
一人ずつ。
必要なものを渡していく。
法衣の男が叫ぶ。
「なぜだ!」
「なぜ、そんなものを持っている!?」
ユウは答える。
「準備していたからです」
「何のために!」
「仲間が困った時のためです」
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8 モブの反撃
勇者が前へ出る。
普通の剣。
普通の少年。
それでも。
その目は変わらない。
「俺は勇者じゃなくてもいい」
人々が静かになる。
「俺が守りたいと思った人を守る」
女魔法使いが隣に立つ。
「私も」
女冒険者。
「私もね」
聖女。
「私もです」
四人が並ぶ。
ユウはその後ろに立つ。
「……」
法衣の男が叫ぶ。
「初代!」
「お前はどうする!」
「英雄にならないのか!」
ユウは首を振った。
「なりません」
「なぜだ!」
「俺は」
一歩下がる。
「後ろにいる方が得意なので」
勇者が笑う。
「知ってる」
女冒険者も。
「ずっとそうだったしね」
ユウは。
仲間たちの背中を見る。
「だから」
「今日も支えます」
⸻
9 人々の声
魔法陣が壊れる。
人々がざわめく。
「英雄って……」
「力を失っても英雄なのか?」
「じゃあ、あの人たちは?」
誰かがユウを見る。
「何も持っていないのに」
別の誰かが言う。
「ずっと支えていた?」
市場の人々が。
宿屋の女主人が。
荷馬車の商人が。
そして。
王都でユウに助けられた人々が。
少しずつ声を上げ始める。
「俺は知ってるぞ」
商人が叫ぶ。
「あの人が荷馬車を直してくれた!」
「私の店の屋根も!」
「宿屋の鍵も直してくれた!」
「薬草を届けてくれた!」
声が広がる。
名前は知らない。
称号も知らない。
それでも。
彼が何をしてきたかを知る人はいた。
ユウは驚いていた。
「……」
宿屋の女主人が笑う。
「ほらね」
「誰にも知られなくていいなんて言っても」
「ちゃんと見てる人はいるんだよ」
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10 法衣の男の正体
法衣の男が後退する。
「馬鹿な……」
その顔から初めて余裕が消えた。
「英雄は管理されるものだ」
「役割を与えられるものだ」
「物語を与えられるものだ!」
ユウは男を見る。
「だから」
「俺たちを消そうとしたんですね」
「……」
「あなたたちは、英雄を作っていたんじゃない」
ユウが言う。
「英雄を決めていた」
男が震える。
「違う!」
「俺は」
ユウは続ける。
「誰かに英雄だと決めてもらう必要はありません」
「この人たちも」
勇者を見る。
「自分で決めます」
勇者が頷く。
「その通りだ」
法衣の男が叫ぶ。
「捕らえろ!」
兵士たちが動く。
だが。
その前に。
「動くな」
王宮側から声が響いた。
全員が振り返る。
そこに立っていたのは。
国王だった。
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11 王の言葉
国王は。
法衣の男を見る。
「もう終わりだ」
「陛下!」
「三百年前から続く英雄管理局」
国王は言った。
「その存在を、私は認めない」
「なぜ……」
「理由は簡単だ」
国王が勇者を見る。
そして。
ユウを見る。
「英雄は、王が作るものでも」
「教会が作るものでもない」
「本人が選ぶものだ」
法衣の男が崩れ落ちる。
兵士たちも。
剣を下ろした。
広場に。
静けさが戻る。
だが。
ユウは国王を見つめていた。
なぜ国王が。
突然、英雄管理局を切り捨てたのか。
その答えは。
まだ分からない。
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12 そして、仕事は続く
その日の夕方。
宿屋。
「いやあ、疲れた」
勇者が椅子に座る。
「本当に」
女魔法使いも座る。
「今日は色々ありすぎた」
女冒険者が笑う。
「でも、面白かった」
聖女がユウを見る。
「あなたは?」
「仕事があります」
「また?」
ユウは厨房へ向かう。
「夕食を作らないと」
「……」
全員が顔を見合わせる。
そして。
笑った。
「手伝うよ」
勇者が立ち上がる。
「俺も」
「私も」
女魔法使い。
女冒険者。
聖女。
リナ。
三番目の転生者。
全員が厨房へ入る。
ユウは鍋をかき混ぜながら。
ふと窓の外を見る。
王都の空。
そこには。
黒い鳥が一羽飛んでいた。
その足には。
一枚の紙が結ばれている。
ユウが受け取る。
『英雄管理局、第一支部壊滅』
『第二支部、活動開始』
そして。
最後の一行。
『次の英雄候補を確認』
ユウの目が細くなる。
「……」
三番目の転生者が尋ねる。
「どうしました?」
「新しい英雄候補がいるそうです」
勇者が振り返る。
「どんな奴だ?」
ユウは紙の裏を見る。
そこには。
簡素な似顔絵。
そして――
『現在地:王都北区』
『職業:パン屋見習い』
ユウは。
しばらく黙っていた。
「……」
女冒険者が笑う。
「まさか」
「はい」
ユウは紙を畳む。
「明日、パン屋へ行きます」
「バイト?」
「たぶん」
勇者が頭を抱える。
「また始まった……」
ユウは笑った。
英雄の物語は。
まだ続く。
そして。
その物語の後ろには今日も――
名もなきモブがいる。




