第四十一歩目 「英雄管理局と、誰にも知られない仕事」
第四十一歩目 「英雄管理局と、誰にも知られない仕事」
王都の夜。
表通りには、まだ人の姿があった。
酒場から笑い声が聞こえる。
商人たちは店を閉める準備をしている。
騎士たちは巡回を続けている。
――いつもと変わらない夜。
しかし。
その地下では。
まったく別の仕事が行われていた。
「報告します」
黒い制服の男が膝をつく。
「初代転生者、王都へ侵入」
「仲間は?」
「勇者、女魔法使い、女冒険者、聖女。そして――」
「三番目の転生者」
老人が先に言った。
「はい」
「なるほど」
老人は椅子に深く腰掛ける。
「三人が揃ったか」
男が尋ねる。
「処分しますか?」
「まだ早い」
「ですが、初代が記憶を取り戻し始めています」
「それでもだ」
老人は笑う。
「彼は英雄ではない」
「……」
「だから、彼自身が前に出てくるまで待て」
老人は一枚の古い書類を取り出した。
そこには。
名前のない少年の記録。
ただ一行。
『英雄支援役』
とだけ書かれていた。
「この役割こそ」
老人は呟く。
「最も長く続いている」
⸻
1 宿屋の朝
「起きてください」
「……あと五分」
「勇者さん」
「俺じゃない!」
ユウは目を覚ました。
宿屋の厨房。
朝食の準備中だった。
「どうして俺が朝食を作ってるんですか?」
「昨日、働くって言ったでしょう」
宿屋の女主人が答える。
「泊めてもらった代わりに働く約束です」
「律儀ねえ」
ユウは鍋をかき混ぜる。
「朝食は?」
「全員分」
「何人?」
「二十人」
「……」
ユウの手が止まる。
「多くないですか?」
「宿屋だからね」
「そうでした」
女魔法使いが厨房を覗く。
「手伝う?」
「お願いします」
女冒険者も入ってくる。
「私も」
聖女も続く。
「では、私も」
勇者は――
「俺は?」
「皿洗いお願いします」
「俺だけ地味じゃない?」
「重要な仕事です」
「……まあ、いいか」
朝の宿屋に。
不思議なほど穏やかな時間が流れた。
⸻
2 英雄たちの朝食
「いただきます」
全員が食卓につく。
「うまい!」
勇者が叫ぶ。
「これ、ユウが作ったの?」
「はい」
「何でこんなに料理が上手いんだよ」
「料理人だった前世があります」
「もう聞かなくても分かるようになってきた」
女魔法使いが笑う。
リナもスープを飲む。
「おいしいです」
「ありがとうございます」
三番目の転生者も食べる。
だが。
その手が止まった。
「……どうしました?」
ユウが尋ねる。
「いや」
青年はスープを見る。
「こういう食事を」
少し笑う。
「前にも食べた気がして」
「前世?」
「たぶん」
青年は答えた。
「でも、誰と食べたかは思い出せない」
ユウは何も言わなかった。
記憶。
力。
感情。
三人の転生者。
それぞれが持つもの。
そして。
まだ明かされていない何か。
⸻
3 王都の異変
食事を終えた頃。
宿の扉が勢いよく開いた。
「大変だ!」
一人の青年が駆け込んでくる。
「市場で騒ぎが!」
勇者が立ち上がる。
「敵か?」
「違う!」
「じゃあ何だ?」
「勇者が現れたって噂が広がってる!」
全員がユウを見る。
「……」
「俺じゃないですよ」
勇者が言う。
「いや、俺だろ!」
青年は勇者を見る。
「あなたが勇者?」
「そうだ」
「じゃあ、本人だ!」
市場へ向かう。
そこには。
人だかりができていた。
「勇者様だ!」
「世界を救ってくれる!」
「魔王を倒して!」
人々が口々に叫ぶ。
勇者は戸惑う。
「……何だこれ」
女魔法使いが周囲を見る。
「おかしいわ」
「何が?」
「噂が広がるのが早すぎる」
聖女も頷く。
「まるで、誰かが意図的に流しているような……」
ユウは市場の隅を見る。
一人の男。
人混みに紛れて。
紙を配っている。
『勇者、王都に現る』
『新たなる英雄の誕生』
『魔王討伐の時代、再び』
「……」
ユウが近づく。
「何をしているんですか?」
「宣伝ですよ」
「誰に頼まれました?」
男は笑う。
「さあ?」
そして。
逃げた。
⸻
4 情報屋の少女
「待って!」
女冒険者が追う。
だが。
男は路地裏へ消えた。
「逃げられた」
その時。
屋根の上から声がした。
「そいつなら、あっち」
全員が見上げる。
そこにいたのは。
一人の少女。
「誰?」
女魔法使いが尋ねる。
「情報屋」
「子どもじゃない」
「失礼ね」
少女は屋根から飛び降りる。
着地。
「私はこの街のことなら何でも知ってる」
ユウが聞く。
「英雄管理局という組織を知っていますか?」
少女の表情が変わった。
「……知ってる」
「どこにある?」
「知らない」
「知らない?」
「正確には」
少女は言った。
「知ってるけど、誰も場所を知らない」
ユウが眉を寄せる。
「矛盾してません?」
「この街じゃ普通よ」
少女は一枚の紙を取り出す。
「英雄管理局は建物じゃない」
「……」
「人の中にあるの」
⸻
5 管理される英雄
「どういう意味?」
勇者が尋ねる。
「王宮にもいる」
「教会にもいる」
「騎士団にもいる」
「商人にもいる」
少女は指を折る。
「宿屋にも」
ユウの表情が変わる。
「宿屋にも?」
「そう」
少女は笑う。
「英雄が泊まる宿には、必ず誰かがいる」
「……」
「料理人」
「御者」
「道具屋」
「案内人」
「薬師」
「情報屋」
少女はユウを見る。
「そういう人たちが、英雄を支えている」
「それが英雄管理局?」
「違う」
少女は首を振る。
「英雄管理局は、その人たちを管理している組織」
ユウは黙った。
自分がしてきたこと。
宿を取る。
食事を用意する。
道を調べる。
荷物を運ぶ。
敵の情報を集める。
それらすべて。
誰かに管理されていたのか。
⸻
6 宿屋の女主人
宿へ戻る。
ユウは女主人を見る。
「一つ聞いてもいいですか?」
「何だい?」
「この宿は」
「うん」
「英雄管理局と関係がありますか?」
女主人は。
しばらく黙っていた。
そして。
「あるよ」
全員が息を呑む。
「……」
「でも」
女主人は笑う。
「私は嫌いなんだ」
「どうして?」
「昔からね」
棚から古い鍵を取り出す。
「この宿は三百年前から、英雄たちを泊めてきた」
「でも」
鍵を握る。
「英雄を利用するためじゃない」
「生きて帰ってきてもらうためさ」
ユウが静かに聞く。
「では、あなたも……」
「英雄を支える側」
「そう」
「でも管理される側じゃない」
女主人は笑う。
「私たちは、自分で選んで働いてる」
ユウの胸に。
何かが響いた。
⸻
7 初代の仕事
女主人は地下室へ案内した。
そこには。
大量の古い道具が並んでいた。
剣。
薬草。
地図。
工具。
食器。
釣り竿。
弓。
商売道具。
「これ……」
ユウが一つずつ見る。
「全部、英雄たちが使っていたもの」
「違う」
女主人が言う。
「英雄たちを支えた人たちの道具だよ」
ユウが一本の古いスコップを手に取る。
「……」
手に馴染む。
懐かしい。
そして。
壁に刻まれた文字。
『今日も英雄は前へ進む』
『だから俺たちは、その後ろを整える』
ユウの目が細くなる。
さらに下。
『誰にも知られなくていい』
『名前もいらない』
『ただ――』
『帰ってきた時に、温かい飯を食わせてやれ』
ユウは。
しばらく動かなかった。
⸻
8 英雄の後ろ
「ユウ」
勇者が声をかける。
「はい」
「俺」
勇者は少し照れながら言った。
「お前が後ろにいると、安心する」
「……」
「だから」
勇者は笑う。
「勝手に消えるなよ」
ユウは笑った。
「分かりました」
「あと」
「はい?」
「前に出ろとは言わない」
「助かります」
「でも」
勇者が続ける。
「俺たちが進めるように、後ろを頼む」
「……」
ユウは。
静かに頷いた。
「任せてください」
それは。
今までと同じ言葉だった。
だが。
今までとは少し違った。
誰かに頼まれたからではない。
自分で選んだ仕事だった。
⸻
9 管理局からの手紙
その夜。
ユウの部屋。
窓から風が入る。
机の上には。
一枚の手紙。
いつ置かれたのか。
誰にも分からない。
封筒には。
『初代転生者へ』
ユウは開封する。
『君が英雄の後ろにいる限り、我々は君を敵とは見なさない』
『だが』
『君が英雄の隣に立つなら』
『話は変わる』
最後に。
『明日の正午』
『王宮大広場へ来い』
『君が本当に英雄ではないのなら――』
『そこで証明しろ』
ユウは手紙を折る。
「……面倒なことになりましたね」
そこへ。
青年が入ってくる。
「行くんですか?」
「たぶん」
「危険ですよ」
「そうですね」
「怖くない?」
ユウは少し考えた。
「怖いです」
「じゃあ、どうして?」
「仲間がいるから」
青年は笑った。
「……そうですか」
「あなたも来ます?」
「もちろん」
青年は答える。
「三番目なので」
「理由になってませんよ」
二人は笑う。
だが。
その頃。
王宮地下。
英雄管理局の最深部では。
一枚の古文書が開かれていた。
そこには。
三百年前の予言。
『初代転生者が、初めて英雄の隣に立った時』
『三人の転生者は揃い』
『失われた第四の人生が目覚める』
老人は。
ゆっくりと目を開いた。
「ようやくか」
そして。
古文書の最後の一文を見る。
『第四の転生者は――』
文字の先は。
黒く塗り潰されていた。
「……」
老人が笑う。
「明日からが、本当の英雄譚だ」
その頃。
宿屋では。
「ユウ!」
女主人の声が響いた。
「明日の朝、厨房お願いね!」
「分かりました!」
英雄の命運を左右する決戦の前夜。
初代転生者は。
いつも通り。
朝食の仕込みを始めていた。




