第四十歩目 「聖女を裏切った男と、王都の裏側」
王都の城門前。
荷馬車は止まっていた。
目の前には、数十人の兵士。
その中央に立つ白い法衣の男。
聖女は、男を見たまま動かなかった。
「……あの人です」
小さな声だった。
「三百年前、私たちを王都へ誘い込んだ人」
勇者が剣に手をかける。
「つまり、裏切り者か」
「はい」
法衣の男は微笑む。
「裏切り者とは、随分な言い方ですね」
女冒険者が睨む。
「事実でしょ」
「私は世界を救おうとしただけです」
その言葉に。
ユウが初めて口を開いた。
「世界を救うために、仲間を売ったんですか?」
男はユウを見る。
「……あなたは、本当に変わりませんね」
「俺を知っている?」
「ええ」
男は笑った。
「三百年前から、ずっと」
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1 英雄を作る者
「私は英雄を必要としていました」
法衣の男は静かに語る。
「魔王が存在するなら、勇者が必要だった」
「逆も同じ」
「敵がいるからこそ、人々は一つになる」
女魔法使いが眉をひそめる。
「だから戦争を続けた?」
「戦争は必要悪です」
「ふざけないで!」
女冒険者が叫ぶ。
男は動じない。
「あなた方は知らないでしょう」
「世界には、明確な敵が必要なのです」
勇者が剣を抜く。
「俺たちは、お前の道具じゃない」
「そうでしょうとも」
男は微笑む。
「だから――」
背後の兵士たちが一斉に剣を抜いた。
「英雄として、ここで死んでもらいます」
⸻
2 ユウの提案
兵士たちが迫る。
勇者が前へ出ようとする。
「待ってください」
ユウが止めた。
「何だ?」
「ここで戦うと、巻き込まれる人が多すぎます」
ユウは周囲を見る。
門の近くには一般の人々もいる。
「なら、どうする?」
「逃げます」
「逃げる?」
「はい」
女冒険者が笑う。
「さすがモブ」
「褒めてます?」
「褒めてる」
ユウは馬車を見る。
「王都の裏側には、古い下水道があります」
「どうして知ってるの?」
女魔法使いが尋ねる。
「昔、ここで――」
「掘削?」
「はい」
「またか!」
ユウは馬車を反転させる。
「行きます!」
「ちょっと待て!」
勇者が飛び乗る。
「御者は俺がやる!」
「お願いします」
荷馬車が走り出した。
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3 王都地下
古い倉庫街。
ユウは馬車を止める。
地面にある石蓋を持ち上げた。
「ここです」
「本当にある……」
女魔法使いが呆れる。
「三百年前の下水道よね?」
「はい」
「なんで今も場所を覚えてるの?」
「前世で、ここを掘ってました」
「どんな人生だったのよ……」
全員が地下へ降りる。
暗い。
湿った空気。
ユウが壁に手を当てる。
「右です」
勇者が聞く。
「分かるのか?」
「水の流れが違います」
「……」
ユウは先頭を歩く。
すると。
遠くから足音が聞こえた。
「追手です」
勇者が剣を抜く。
「どうする?」
「逃げます」
「また?」
「はい」
ユウは走り出す。
「戦うより早いので!」
「合理的すぎる!」
⸻
4 王都の裏側
地下道の先。
小さな扉があった。
ユウが開ける。
そこは――
王都の市場だった。
「ここ?」
「はい」
女冒険者が周囲を見る。
「普通の市場じゃない」
ユウは頷く。
「王都の裏市場です」
「裏市場?」
「表では売れないものを扱っています」
女魔法使いが辺りを見る。
「武器」
「魔道具」
「禁制品……」
聖女が顔を曇らせる。
「ここまで王都が腐っていたなんて」
その時。
「お兄さん!」
市場の奥から声がした。
ユウが振り返る。
「はい?」
一人の少年が駆けてくる。
「探してた!」
「俺を?」
「そう!」
少年は一枚の紙を渡す。
「宿屋のおばちゃんから!」
ユウが見る。
『臨時従業員募集』
「……」
女冒険者が吹き出した。
「またバイト!」
「王都に戻ってきて最初の情報がそれなの?」
「重要です」
「何が!?」
⸻
5 宿屋の女主人
市場の奥にある宿屋。
そこには。
三百年前から変わらないような古い木造建築があった。
ユウが扉を開ける。
「いらっしゃ――」
宿屋の女主人がユウを見る。
「……あんた」
「はい」
「その顔」
女主人は驚いた。
「昔の常連にそっくりだね」
「そうですか?」
「三百年前にもいたんだよ」
聖女が息を呑む。
「まさか……」
女主人は棚から古い帳簿を取り出す。
「これ」
そこには。
古い宿泊記録。
勇者。
魔法使い。
聖女。
冒険者。
そして――
名前のない少年。
『宿泊三名』
『食事五名分』
『荷物係一名』
ユウが眉を寄せる。
「……これ」
「昔のあんたの記録だよ」
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6 英雄の後ろにいた少年
帳簿をめくる。
三百年前。
英雄たちが旅をしていた。
その裏側で。
一人の少年が働いていた。
宿を取り。
食事を用意し。
馬の世話をし。
道を調べ。
敵の情報を集めていた。
「……」
ユウは黙ってページをめくる。
女主人が笑う。
「その子、変な子だったよ」
「どんな?」
「自分のことを英雄だと思ってなかった」
ユウは苦笑する。
「俺と同じですね」
「うん」
女主人は頷く。
「でもね」
「何ですか?」
「英雄たちが生き残れたのは、あの子のおかげだった」
ユウは帳簿を閉じる。
「……」
聖女が静かに言った。
「やっぱり」
「何がですか?」
「あなたは昔から、そうだったんですね」
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7 聖女の決断
宿の奥。
全員が集まる。
聖女が言った。
「私は、王都へ戻るべきではありませんでした」
「どうして?」
勇者が尋ねる。
「三百年前」
聖女は答える。
「私は、あの男を信じていました」
「……」
「彼が戦争を終わらせてくれると」
拳を握る。
「でも、彼は英雄と魔王を戦わせるために、私たちを利用した」
女魔法使いが言う。
「じゃあ、今度こそ止めましょう」
「はい」
聖女は頷く。
「そのために、王宮へ行きます」
勇者が立ち上がる。
「俺も行く」
女冒険者も。
「私も」
女魔法使いも。
「当然」
リナも頷く。
「私も行きます」
最後に。
全員がユウを見る。
「……」
ユウはしばらく考える。
「俺は」
一枚の求人票を見る。
「宿屋で働いてから行きます」
「今!?」
勇者が叫んだ。
⸻
8 臨時従業員
宿屋の女主人が笑う。
「一晩だけでもいいよ」
「ではお願いします」
「仕事は簡単」
ユウは頷く。
「掃除、料理、配膳、夜の見回り」
「できます」
「あと、地下倉庫の整理」
「できます」
「屋根の修理」
「できます」
「裏口の鍵が壊れてる」
「できます」
女主人は首を傾げる。
「……何でもできるね、あんた」
「そういう前世が多かったので」
「便利な子だねえ」
ユウは少し笑った。
「昔からよく言われます」
その夜。
ユウは宿屋で働いた。
料理を作り。
掃除をし。
壊れた椅子を直し。
屋根まで修理した。
仲間たちは呆れながら手伝った。
そして。
深夜。
ユウは一人で帳簿を整理していた。
その時。
一冊の古い記録が床に落ちる。
――パサッ。
「……?」
ユウが拾う。
そこには。
王宮から宿屋へ届いた古い注文書。
三百年前の日付。
『英雄一行の宿泊を手配せよ』
その下に。
別の文字。
『ただし、少年一名は記録に残すな』
ユウの手が止まった。
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9 消された名前
「……」
ユウは何度も読む。
『少年一名は記録に残すな』
なぜ。
どうして。
そんな指示が出されたのか。
そして。
その下には。
『彼の存在を、歴史に残してはならない』
ユウは。
静かに紙を握った。
「……俺は」
英雄たちを陰から支えていた。
だが。
それは偶然ではなかった。
最初から。
誰かが。
ユウという存在を歴史から消そうとしていた。
そこへ。
「ユウさん」
聖女が入ってくる。
「どうしました?」
ユウは紙を渡す。
聖女は読む。
「……」
顔色が変わる。
「これは」
「はい」
「王宮があなたの存在を消した証拠です」
ユウは考える。
「でも」
「?」
「どうして?」
その瞬間。
背後から声がした。
「簡単な話だよ」
二人が振り返る。
宿の入口。
あの三番目の転生者が立っていた。
「英雄の後ろにいる奴が」
青年は静かに言う。
「英雄より目立ったら、困るからだ」
ユウが目を細める。
「あなた……」
「王宮に潜り込んでみた」
「何か分かった?」
「うん」
青年は答えた。
「この国の歴史には」
そして。
「最初から、英雄なんて存在していなかった。」
ユウたちは息を呑む。
「じゃあ、三百年前の英雄譚は?」
「全部」
青年は言った。
「誰かが作った物語だ」
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10 英雄譚の真実
青年は一枚の紙を広げる。
そこには。
三百年前の記録。
魔王討伐。
勇者の勝利。
世界平和。
――その全てに。
訂正印が押されていた。
「これは王宮の極秘文書」
青年が言う。
「本当の歴史は違う」
勇者が拳を握る。
「じゃあ、魔王は……」
「魔王も被害者だった」
聖女が目を閉じる。
「やっぱり……」
女魔法使いが尋ねる。
「じゃあ、誰が全部仕組んだの?」
青年が答える。
「王宮だけじゃない」
「……」
「教会も」
「商人も」
「貴族も」
そして。
「三百年前から続く、一つの組織がいる」
ユウが尋ねる。
「名前は?」
青年は紙を見る。
そこに書かれていた名前。
「英雄管理局。」
女冒険者が呆れる。
「何それ」
青年は苦笑する。
「英雄を作り」
「英雄を支え」
「英雄を殺し」
「次の英雄を作る」
ユウは黙って聞いている。
「つまり」
青年が言う。
「英雄の後ろにいる人間まで管理していた」
ユウの目が細くなる。
「……だから俺を消した」
「そう」
青年は頷く。
「でも」
少し笑う。
「一つだけ計算違いがあった」
「何です?」
「お前は」
青年がユウを見る。
「三百年経っても、まだ英雄の後ろにいる」
ユウは苦笑する。
「前に出るのが苦手なので」
勇者が笑う。
「でも」
剣を抜く。
「今度は、俺たちが後ろにいる」
ユウが振り返る。
仲間たちが立っている。
「……」
勇者が言った。
「たまには、お前が前に出ろ」
ユウは少し考えて。
「……善処します」
「絶対出る気ないだろ!」
笑いが起きる。
だが。
その笑いの中で。
ユウは一枚の紙を握りしめていた。
歴史から消された。
名もなき少年の記録。
そして。
その少年を消した組織。
――英雄管理局。
王都の地下深く。
その組織の本部では。
一人の老人が報告を聞いていた。
「初代転生者が王都へ入りました」
「そうか」
「いかがします?」
老人は。
ゆっくりと笑った。
「放っておけ」
「しかし――」
「彼は英雄ではない」
老人は書類に目を落とす。
「英雄の後ろにいるだけの男だ」
そして。
その書類を閉じる。
「だからこそ――」
小さく呟く。
「最も危険なのだ。」




