第三十八歩目 「初代転生者と、英雄ではない俺」
聖域の門が崩れた。
白い石が砕け、土煙が舞う。
その向こうに立つ少年は、ユウと同じくらいの年齢に見えた。
黒い外套。
銀色の髪。
そして――異様に静かな瞳。
「初代転生者」
少年がもう一度言った。
「やっと会えた」
勇者が剣を構える。
「お前は何者だ」
「俺?」
少年は笑う。
「お前たちが、ずっと探していたものだよ」
「意味が分からない」
「そうだろうな」
少年はユウを見る。
「記憶を封じられているんだから」
ユウは黙って少年を見返した。
「……俺のことを知っているんですね」
「ああ」
「どこまで?」
「全部」
少年は答えた。
「お前が最初に生まれた時から」
ユウの背筋に寒気が走った。
⸻
1 最初の転生者
「質問があります」
ユウが言う。
「どうして俺を『初代』と呼ぶんですか?」
「お前が最初だからだ」
「何が?」
「転生という仕組みそのものが」
女魔法使いが眉を寄せる。
「転生が……仕組み?」
少年は頷く。
「お前は自分が何度も生まれ変わってきたと思っている」
「違うんですか?」
「違わない」
「なら――」
「ただし」
少年が遮る。
「お前の転生は、自然に起きたものじゃない」
沈黙。
「誰かが作った」
聖女が呟く。
「誰が?」
少年は答えない。
ただ。
ユウを指差した。
「お前自身だ」
「……俺が?」
「最初の人生で、お前は世界を救うために転生の術を作った」
ユウは言葉を失った。
⸻
2 忘れた理由
「じゃあ、どうして俺は覚えていなかった?」
「お前が消した」
「……」
「最初の人生の記憶を」
少年は続ける。
「お前は知っていたんだ」
「何を?」
「すべてを覚えたまま生き続ければ、人間は人間でいられなくなる」
女冒険者が息を呑む。
「……」
「だから、お前は自分で記憶を封印した」
ユウは頭を押さえる。
断片的な映像が浮かぶ。
白い部屋。
巨大な魔法陣。
自分自身。
そして。
誰かに言っている。
『忘れたほうがいい』
『何を?』
『全部』
ユウの呼吸が止まる。
⸻
3 前世の能力
「じゃあ」
女魔法使いが尋ねる。
「今までの前世の能力は?」
「それは記憶とは別だ」
少年が答える。
「身体に残した」
勇者が首を傾げる。
「身体に?」
「技術、感覚、経験」
少年は言う。
「お前は毎回、前世で得たものを次の人生へ持ち越した」
「だから俺は……」
「剣を握れば、剣士の感覚を思い出す」
「魔法を使えば、魔法使いの感覚を」
「土に触れれば、農民の感覚を」
少年が笑う。
「便利だろ?」
ユウは苦笑した。
「便利というより……」
「何だ?」
「働きすぎです」
「……」
女冒険者が吹き出す。
「そこなの?」
「前世ごとに職業が増えていくので」
勇者も笑う。
「今さらだけど、本当に変な奴だな」
⸻
4 なぜモブだったのか
少年は笑っていた。
「でも、それが問題だった」
「問題?」
「お前は何度生まれ変わっても、英雄にならなかった」
ユウが頷く。
「はい」
「剣聖の孫娘だった時も」
「はい」
「大賢者の弟子だった時も」
「はい」
「大商人だった時も」
「はい」
「英雄になれたはずなのに」
少年は首を傾げる。
「どうして?」
ユウは少し考える。
「……怖かったからです」
「何が?」
「英雄になることが」
勇者が黙る。
「英雄になったら」
ユウは言う。
「誰かを救わなきゃいけなくなる」
「……」
「救えなかったら、誰かが死ぬ」
ユウは自分の手を見る。
「だから」
少し笑う。
「俺はいつも、英雄の後ろにいました」
少年の表情から笑みが消えた。
「……そうか」
「はい」
「それが、お前の答えだったのか」
「たぶん」
⸻
5 少年の正体
「では」
聖女が尋ねる。
「あなたは誰なんですか?」
少年はしばらく黙っていた。
そして。
「俺も転生者だ」
「……!」
「ただし」
少年は言った。
「俺は、お前の後に作られた」
「?」
「二番目の転生者」
ユウが目を見開く。
「俺の……後?」
「ああ」
少年は笑う。
「お前が世界を救うために作った転生術を、利用した」
「何のために?」
「世界を変えるため」
勇者が剣を握り直す。
「どう変える?」
「簡単だ」
少年の瞳が黒く光る。
「英雄も、魔王も、王も――」
「全部なくす」
女魔法使いが顔をしかめる。
「そんなことをして何になるの?」
「平和になる」
「……」
「誰も英雄にならない」
少年は言う。
「誰も魔王にならない」
「誰も戦わない」
聖女が尋ねる。
「そのために、何人死ぬのですか?」
「必要な犠牲だ」
勇者が一歩前へ出る。
「ふざけるな」
⸻
6 勇者と初代転生者
「お前が何者だろうと」
勇者が剣を構える。
「俺は英雄になる」
少年は笑った。
「お前が?」
「ああ」
「どうして?」
「誰かを守るためだ」
「その誰かは、お前が選ぶのか?」
「……」
「選ばれた人間だけを守るのか?」
勇者は答えられない。
少年は続ける。
「英雄という存在そのものが、誰かを犠牲にする」
「それでも」
勇者が剣を握り直す。
「俺は自分で決める」
少年の目が細くなる。
「……なるほど」
「何だ?」
「お前は、あいつと同じだ」
ユウを見る。
「昔のお前と」
⸻
7 ユウの選択
黒い魔力が広がる。
「俺は帰る」
少年が言う。
「だが、次に会った時は敵だ」
魔法陣が展開される。
「待ってください」
ユウが呼び止める。
「何だ?」
「一つだけ」
少年が振り返る。
「俺が世界を救うために転生術を作ったなら」
「……」
「どうして、あなたはそれを使っているんですか?」
「世界を救うためだ」
「違う」
ユウは静かに言った。
「あなたは世界を変えたいだけです」
「……」
「俺は」
ユウは仲間を見る。
勇者。
女魔法使い。
女冒険者。
聖女。
そして。
少女――リナ。
「世界を救いたいわけじゃありません」
「では何だ?」
「この人たちを守りたい」
少年の表情がわずかに変わる。
「……」
「それだけです」
ユウは笑う。
「だから、あなたとは違います」
少年はしばらくユウを見つめ。
「……その答え」
小さく笑った。
「いつか後悔するぞ」
魔法陣が光る。
「それでも」
ユウは答える。
「自分で選びます」
少年の姿が消えた。
⸻
8 聖域に残されたもの
静寂が戻る。
勇者が剣を収める。
「……行ったか」
「はい」
女魔法使いがため息をつく。
「とんでもないのが出てきたわね」
女冒険者が頷く。
「しかもユウの前世絡み」
聖女がユウを見る。
「大丈夫ですか?」
「はい」
「本当に?」
「……少し怖いです」
ユウは正直に答えた。
「でも」
リナを見る。
「一人じゃないので」
リナが微笑む。
「はい」
その時。
神殿の奥から。
――カチッ。
何かが動く音がした。
「?」
ユウが振り返る。
壁の一部が開く。
その中に。
小さな木箱が置かれていた。
「何でしょう?」
ユウが近づく。
蓋を開ける。
中に入っていたのは――
一枚の古い紙。
そして。
一つの小さな金属製の札。
札には。
「バイト許可証」
と書かれていた。
「……」
全員が固まる。
勇者が言う。
「なんで聖域にそんなものがあるんだ?」
ユウは札を裏返す。
裏には。
『世界を救う必要はない』
『まずは、働け』
ユウは。
しばらく札を見つめていた。
「……」
女冒険者が笑い出す。
「誰が書いたのよ、これ!」
女魔法使いも笑う。
「三百年前のあなたじゃない?」
「たぶん」
聖女が微笑む。
「あなたらしいですね」
勇者が肩をすくめる。
「世界を救うための転生術を作った男の遺言が『働け』って……」
ユウは札を懐にしまう。
「大事にします」
「何に使うの?」
「分かりません」
そして。
「でも、使えるかもしれないので」
女冒険者が笑う。
「そこは今世でも変わらないんだ」
⸻
9 新しい依頼
聖域の奥。
壁に地図が浮かび上がった。
王国。
魔族領。
魔王城。
そして。
地図の中央に赤い印。
さらに。
そこから伸びる一本の道。
『次の転生者、目覚める』
勇者が顔を上げる。
「次の転生者?」
女魔法使いが呟く。
「二番目があの少年なら……」
「三番目もいる?」
聖女が尋ねる。
ユウは地図を見つめる。
「いると思います」
リナが不安そうに聞く。
「どんな人なんでしょう?」
ユウは首を振る。
「分かりません」
少し考えて。
「でも」
「?」
「たぶん」
ユウは苦笑した。
「どこかでバイトしてます」
「……」
全員が沈黙。
勇者が頭を抱えた。
「お前の転生者基準、どうなってるんだよ……」
女冒険者が笑う。
「じゃあ次は、その人を探しながらバイト探し?」
「そうなりますね」
「なら決まり!」
聖域の外へ向かって歩き出す五人。
そしてリナ。
その背中を見ながら。
ユウは懐の札を握った。
――バイト許可証。
その裏には。
もう一つ。
小さな文字が刻まれていた。
『お前の人生は、お前が決めろ。』
ユウは静かに笑った。
「……今度こそ」
誰かの人生ではなく。
英雄の後ろでもなく。
自分自身の人生を。
歩いてみよう。
そう思った。
だが――
聖域を出た直後。
一枚の求人票が。
風に乗ってユウの顔へ張りついた。
「……」
剥がして見る。
『急募――王都行きの馬車、臨時荷物係』
勇者が覗き込む。
「お前……」
「はい」
「もう少し自分の人生を考えろ」
「これも自分の人生です」
「説得力があるような、ないような……」
五人の笑い声が。
聖域の森へ消えていった。




