第三十四歩目 「魔王城への護衛バイトと、魔族の宿屋」
王宮を脱出した翌朝。
五人は王都の外れにある小さな宿屋にいた。
テーブルの上には、昨夜見つけた求人票。
『魔王城跡地への護衛兼、荷物運搬係』
報酬――銀貨三十枚。
食事付き。
宿泊付き。
さらに――危険手当あり。
「……」
勇者は求人票を見つめていた。
「なあ」
「はい」
「これ、本当に受けるのか?」
「はい」
「目的地、魔王城だぞ?」
「だからです」
「どういう理屈だよ!」
ユウは真面目な顔で答える。
「魔王城まで行けて、報酬ももらえる」
「……」
「一石二鳥です」
女魔法使いがため息をつく。
「もう何を言っても無駄ね」
女冒険者は笑っている。
「私は好きだよ。この旅」
聖女も微笑む。
「私もです」
「お前ら、少しは危機感を持て!」
勇者の叫び声が宿屋に響いた。
⸻
1 護衛対象
集合場所へ向かうと。
一台の大きな荷馬車が停まっていた。
その前に立っていたのは――
「よろしくお願いします」
一人の女性。
長い黒髪。
旅装束。
そして。
頭に小さな角があった。
「……」
五人が固まる。
女魔法使いが小声で言う。
「魔族ね」
「はい」
女性はあっさり頷いた。
「私は魔族です」
勇者が剣に手をかける。
「魔族が、どうして王都に?」
「商売です」
「商売?」
「魔王城周辺で宿屋を経営しています」
「……」
女冒険者が目を輝かせる。
「宿屋!」
「はい」
「食事は?」
「出します」
「何料理?」
「魔族料理です」
「行きましょう」
「早い!」
勇者が止める。
「待て!」
ユウは荷物を確認していた。
「食材も運ぶんですね」
「はい」
「重いですね」
「そうなんです」
「持ちましょう」
「助かります」
勇者が頭を抱える。
「お前、もう完全に従業員じゃないか……」
⸻
2 魔族の宿屋
馬車が出発する。
魔王城まで五日。
途中には人間の町も、魔族の集落もある。
女魔法使いが護衛対象の女性に尋ねた。
「魔族なのに、人間の王都で商売できるの?」
「昔はできませんでした」
「昔は?」
「三百年前までは」
聖女が反応する。
「三百年前……」
「はい」
女性は静かに答える。
「昔、魔族と人間は戦争をしていました」
「……」
「でも」
女性は微笑む。
「本当は、戦争を終わらせようとしていた人たちがいたんです」
ユウは黙って聞いていた。
「人間の英雄たちと?」
「はい」
「……」
ユウの胸がざわつく。
「その英雄たちを知っていますか?」
女性はユウを見る。
「直接は知りません」
少し考え。
「でも」
「?」
「一人だけ、よく話を聞きました」
ユウが振り返る。
「どんな人でした?」
「名前のない少年です」
「……」
馬車の中が静かになった。
勇者がユウを見る。
女魔法使いも。
聖女も。
女冒険者も。
「どんな人だったんですか?」
ユウが尋ねる。
女性は笑った。
「不思議な人でした」
「不思議?」
「魔法も使えない。剣も弱い。特別な力もない」
「……」
「なのに、なぜか英雄たちの中心にいた」
ユウは苦笑する。
「それ、俺みたいですね」
「そうですね」
女性も笑う。
「よく似ています」
――その言葉に。
ユウは少しだけ黙った。
⸻
3 魔族の村
二日目。
馬車は魔族の村へ入った。
勇者が驚く。
「……普通だな」
家がある。
畑がある。
子供たちが走っている。
商店が並んでいる。
魔族だからといって。
特別な場所ではない。
女冒険者が子供たちに手を振る。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
子供たちも笑う。
聖女が呟く。
「三百年前とは、全然違いますね」
「そうですね」
ユウは畑を見る。
「……」
土が痩せている。
「この畑、少し栄養が足りません」
「分かるの?」
女魔法使いが尋ねる。
「農民だった前世があります」
ユウは馬車から降りる。
土を手に取る。
「この村、家畜の糞を肥料にしていますか?」
「はい」
村の女性が答える。
「でも、あまり育たなくて」
「水路を変えれば改善します」
「本当に?」
「はい」
ユウは地面に枝で線を引く。
「ここから水を引いて、こっちへ流します」
女冒険者が見る。
「詳しいね」
「農民だったので」
「前世万能すぎない?」
勇者が呟く。
その日の夕方。
ユウは村人たちと一緒に水路を掘っていた。
「……」
勇者が遠くから見ている。
「俺たち、魔王城へ行くんだよな?」
女魔法使いが頷く。
「そうね」
「なんでユウは村の農業改革してるんだ?」
「本人にとっては寄り道じゃないんでしょう」
聖女が微笑む。
「困っている人がいるから」
勇者は苦笑した。
「……そうだったな」
⸻
4 夜の焚き火
夜。
五人は焚き火を囲んでいた。
女冒険者が肉を焼く。
「今日は働いたね」
「そうですね」
ユウが答える。
「お前は働きすぎ」
勇者が言う。
「そうでしょうか?」
「護衛して、荷物運んで、水路掘って……」
「全部、バイトです」
「水路は違うだろ!」
笑いが起きる。
しばらくして。
聖女がユウを見る。
「ユウさん」
「はい」
「一つ聞いてもいいですか?」
「どうぞ」
「あなたは……本当に、英雄になりたくないんですか?」
ユウは火を見る。
「昔は」
少し考える。
「英雄になりたいと思ったこともあります」
「……」
「でも」
薪を火へ入れる。
「俺には向いてないと思ってました」
「どうして?」
「俺は、前に出るより」
ユウは仲間を見る。
「誰かが前に進めるようにするほうが好きなので」
女冒険者が笑う。
「やっぱり後ろなんだ」
「はい」
勇者が言う。
「じゃあ俺たちは?」
「前です」
「……」
「俺たち?」
女魔法使いが聞く。
ユウは少し考える。
「俺一人じゃないので」
四人を見る。
「五人なら、誰が前でもいいと思います」
聖女が微笑む。
「素敵ですね」
勇者も笑った。
「じゃあ、今日は俺が前だ」
女冒険者が肉を差し出す。
「じゃあ前の人、これ焼いて」
「俺が!?」
「勇者なんだからできるでしょ」
「勇者関係ないだろ!」
焚き火の周りに笑い声が響いた。
⸻
5 魔王城
三日目。
ついに。
魔王城が見えてきた。
巨大な黒い城。
周囲には霧。
崩れた城壁。
誰も近づかなくなった廃墟。
「……」
勇者が息を呑む。
「ここが」
「魔王城」
女魔法使いが答える。
聖女は胸元の聖印を握る。
「懐かしい……」
「三百年前に来たことが?」
「はい」
女冒険者も目を閉じる。
「私も」
女魔法使いも。
「私も覚えてる」
勇者がユウを見る。
「お前は?」
ユウは。
「……」
城を見る。
「覚えてません」
「そうか」
「でも」
ユウは眉を寄せる。
「嫌な感じがします」
馬車の中から。
護衛対象の魔族女性が降りてくる。
「ここから先は、私一人で行きます」
「え?」
勇者が驚く。
「危険だろ」
「大丈夫です」
女性は笑う。
「私は、この城に用があるので」
ユウが尋ねる。
「何を?」
女性は魔王城を見る。
「三百年前」
そして。
「ここで死んだ人に、会いに行くんです」
ユウの胸が。
強く鳴った。
⸻
6 魔王城の地下
五人は女性と共に城へ入った。
内部は荒れ果てている。
しかし。
奥へ進むほど。
壁が綺麗になっていく。
「……」
ユウが立ち止まる。
「ここ」
「何?」
「見覚えがあります」
女魔法使いが驚く。
「思い出した?」
「いえ」
ユウは壁に手を触れる。
「体が覚えてる感じです」
その壁には。
小さな傷。
ユウが指でなぞる。
すると。
――カチッ。
壁が開いた。
「……」
隠し通路。
女冒険者が笑う。
「また地下?」
「はい」
「好きだねえ」
「前世が掘削奴隷だったので」
「それ、理由になる?」
「なります」
五人は地下へ進む。
そこには。
一つの部屋があった。
中央に古い机。
机の上には。
一冊の本。
そして。
表紙には――
ユウ・タナカ
と書かれていた。
「……」
ユウの顔から笑みが消える。
「俺の名前……」
女魔法使いが近づく。
「開けてみて」
ユウが本を開く。
一ページ目。
『これは、最初の俺が最後に残す記録。』
二ページ目。
『もし次の俺がここまで来たなら――』
三ページ目。
『王家を信用するな。』
そして。
最後のページには。
『だが、魔族も信用するな。』
『この戦争の本当の黒幕は――』
文字がそこで途切れている。
「……」
勇者が息を呑む。
「黒幕は?」
ユウはページをめくる。
最後のページの裏。
そこに。
たった一文字だけ。
『聖』
「……聖?」
聖女が目を見開く。
「私……?」
その瞬間。
魔王城の奥から。
巨大な鐘の音が鳴り響いた。
――ゴォォォン。
魔族女性が青ざめる。
「そんな……」
「どうした?」
勇者が尋ねる。
彼女は震える声で答えた。
「三百年前」
「……」
「この鐘が鳴った時――」
魔族女性は。
ユウを見る。
「魔王が死んだんです。」
そして。
暗闇の奥から。
一つの声が響いた。
「……ようやく来たか」
ユウの身体が固まる。
その声は。
かつての自分が。
何度も聞いた声だった。
そして。
聖女も同時に呟く。
「この声……」
彼女の記憶が蘇る。
「知っています」
魔王城の奥。
闇の中から。
一人の影が歩いてくる。
「三百年ぶりだな」
その顔を見た瞬間。
ユウは。
初めて。
前世の記憶ではなく――
今世の自分自身として、恐怖を感じた。




