第二十七歩目 「宿屋バイトと、俺の前世を知る客」
国境の町を出て、三日。
ユウたちは魔王領へ向かっていた。
……はずだった。
「ユウ」
「はい」
「どうして宿屋の制服を着ている?」
勇者が尋ねる。
「バイトです」
「知ってる」
勇者は額を押さえた。
「なんで旅の途中で宿屋のバイトを始めてるんだ」
「宿代が浮きます」
「そこだけ聞くと合理的なんだよな……」
女魔法使いが笑う。
「でも、ちょうどいいんじゃない?」
「何が?」
「この町、王都へ向かう商人が多いから。情報収集には向いてるわ」
「……なるほど」
勇者は納得しかけて。
「いや、だからって宿屋で働く必要あるか?」
「あります」
ユウは真顔だった。
「働いているほうが、客が色々話してくれます」
「……」
「旅人は宿で一番よく喋りますから」
「確かに」
女魔法使いが頷く。
「食事と酒が入ると、みんな口が軽くなるものね」
「そういうことです」
ユウは満足そうに頷いた。
「だから、これは立派な情報収集です」
「……」
勇者が小声で言う。
「こいつ、とうとうバイトを諜報活動に昇華させたぞ」
⸻
1 宿屋の一日
「いらっしゃいませ!」
ユウは宿屋を走り回っていた。
荷物を運ぶ。
部屋を掃除する。
食事を運ぶ。
酔っ払いを寝かせる。
壊れた椅子を直す。
水桶を運ぶ。
「ユウ!」
「はい!」
「二階の部屋、シーツ交換!」
「分かりました!」
「厨房から料理!」
「はい!」
「あと裏口の樽が壊れた!」
「今行きます!」
「……」
勇者は食堂の隅でそれを眺めていた。
「……忙しそうだな」
女魔法使いが紅茶を飲む。
「本人は楽しそうよ」
「なんでだろうな」
「働くのが好きなんじゃない?」
「英雄を支えるより宿屋のほうが生き生きしてないか?」
「それは言わないほうがいいわ」
そこへ。
「ユウ!」
宿屋の女主人が叫ぶ。
「はい!」
「裏口のお客さん!」
「はい?」
「あなた宛てよ!」
「俺に?」
ユウが振り返る。
見知らぬ客が一人。
フードを深く被っている。
「……」
その人物は、ユウを見るなり言った。
「久しぶりだな」
ユウは固まった。
「……?」
「ずいぶん遅かったじゃないか」
「すみません」
「いや、謝る必要はない」
客は笑う。
「お前はいつも遅いからな」
ユウは首を傾げる。
「……俺たち、会ったことあります?」
「ある」
「いつ?」
「三百年前」
――。
ユウの手から、布巾が落ちた。
⸻
2 前世を知る客
宿屋の裏。
ユウは男と向かい合っていた。
勇者と女魔法使いも近くにいる。
「三百年前……」
勇者が警戒する。
「お前は何者だ?」
男はフードを外した。
長い耳。
淡い肌。
そして――
小さな角。
「魔族……?」
女魔法使いが呟く。
男は頷く。
「そうだ」
ユウはじっと見つめる。
知らない顔。
だが。
胸の奥がざわつく。
「俺の前世を知っているんですか?」
「知っている」
「最初の人生も?」
「もちろん」
男は少し笑った。
「お前は、私の妹を助けた」
「……」
ユウの記憶が揺れる。
森。
少女。
傷。
あの日の約束。
「妹……」
「そうだ」
男は静かに言った。
「お前が最初の人生で助けた少女だ」
ユウの胸が強く鳴る。
「彼女は……」
「生きた」
「……!」
「お前が死んだ後も」
男は続ける。
「ずっとお前を待っていた」
ユウは言葉を失う。
「そして」
男が懐から何かを取り出す。
小さな布袋。
「これを、お前に渡してほしいと言われた」
ユウが受け取る。
中には――
古びた小さな木札。
そこには。
『約束』
とだけ書かれていた。
「……」
ユウの目が潤む。
だが。
男はさらに言った。
「ただし」
「はい」
「妹は、今も魔王城にいる」
「……」
「お前が昨日会った女性だ」
ユウは目を見開いた。
「……彼女が?」
「そうだ」
昨日。
庭で出会った女性。
何百年も待ち続けていた少女。
「……」
ユウは木札を握る。
「どうして、あなたがここに?」
「お前に警告するためだ」
男の表情が変わる。
「王都が、お前を探している」
「知っています」
「違う」
「……?」
「王都が探しているのは、今のお前だけではない」
男は言った。
「お前の全ての前世だ」
⸻
3 転生者狩り
男は一枚の紙を取り出した。
そこには。
人間の名前。
魔族の名前。
死亡記録。
出生記録。
転生に関する古い研究資料。
「王都には、転生者を調べる研究者がいる」
「転生者……」
女魔法使いが眉をひそめる。
「まさか」
「そうだ」
男は頷く。
「お前のように、前世の記憶を保持する者を探している」
「どうして?」
「理由は一つ」
男はユウを見る。
「過去の英雄を蘇らせるためだ」
勇者が立ち上がる。
「蘇らせる?」
「正確には――」
男は言った。
「過去の英雄たちの記憶と能力を、現代の人間に移す研究だ」
ユウが黙る。
「……」
「だが、研究は成功していない」
「だから俺を?」
「お前は違う」
男が言う。
「お前は全ての前世を覚えている」
「……」
「しかも、能力まで引き継いでいる」
女魔法使いが息を呑む。
「つまり……」
「お前は研究者たちにとって、完成形だ」
ユウは苦笑した。
「完成形……」
そんな大げさなものではない。
自分は。
ただ。
前世で覚えたことを覚えているだけ。
「それだけなのに」
「それだけではない」
男が言う。
「お前にはもう一つ、特別なものがある」
「何ですか?」
「お前は、何度生まれ変わっても――」
男はユウの目を見る。
「英雄のそばにいる」
ユウは黙った。
勇者がこちらを見る。
「……確かに」
女魔法使いも頷く。
「そういえば、偶然にしては多すぎるのよね」
「……」
ユウは考える。
奴隷だった時。
大賢者の弟子だった時。
剣聖の孫娘だった時。
漁師だった時。
狩人だった時。
商人だった時。
そして。
今世。
なぜか。
英雄たちの旅先で働いていた。
「……」
偶然。
そう思っていた。
いや。
今も。
本人としては偶然だと思っている。
だが。
「もしかして……」
ユウが呟く。
「俺は、自分で英雄の近くに行っていたんでしょうか?」
男は答えなかった。
ただ。
「それを知るには」
一拍。
「お前の最初の人生を、最後まで思い出す必要がある」
⸻
4 最初の人生の最後
夜。
宿屋の屋根。
ユウは一人で座っていた。
月を見上げる。
「……」
最初の人生。
村。
炎。
魔族の少女。
そして。
死。
「まだ、何かある」
ユウは目を閉じた。
――記憶。
逃げる。
追われる。
森。
血。
そして。
誰かに渡した。
何か。
「……」
思い出せない。
そこだけが。
真っ黒だった。
「ユウ」
声。
勇者だった。
「眠れないのか?」
「はい」
「俺もだ」
勇者が隣に座る。
「今日の話、どう思う?」
「……分かりません」
「そうか」
「でも」
ユウは月を見る。
「俺、ずっと偶然だと思ってました」
「何が?」
「英雄たちの近くで働いていたこと」
「……」
「でも、もしかしたら」
少し笑う。
「俺が自分で選んでたのかもしれません」
勇者は黙って聞いている。
「英雄を支える仕事が好きだった」
「うん」
「誰かの役に立つのが好きだった」
「うん」
「でも」
ユウは自分の胸に手を当てる。
「本当は、最初の人生で助けられなかった人を、ずっと探していたのかもしれません」
勇者は笑った。
「だったら」
「はい?」
「これからも探せばいい」
「……」
「俺たちも手伝う」
ユウは少し驚いた。
「いいんですか?」
「当たり前だろ」
勇者は立ち上がる。
「俺たちは仲間なんだから」
「……」
ユウは笑った。
「ありがとうございます」
⸻
その夜。
ユウは眠った。
そして。
初めて。
最初の人生の続きを夢に見た。
炎。
森。
傷ついた少女。
そして――
一人の男。
少年だった自分に、何かを託している。
「これを持っていけ」
「何?」
「真実だ」
「どこへ?」
「王都へ」
「でも、怖いよ」
「大丈夫だ」
男は笑う。
「お前一人じゃない」
少年は頷く。
そして走る。
だが。
その背中を追う者がいる。
黒いローブの男。
その胸には――
現在の王国と同じ紋章。
「……!」
ユウは目を覚ました。
「――っ!」
息が荒い。
「今の……」
そして。
記憶の最後に。
初めて聞く声が蘇る。
『また生まれ変わるなら――』
『今度は、英雄の後ろではなく』
『真実の隣に立て』
ユウはしばらく動かなかった。
やがて。
小さく笑う。
「……なるほど」
窓の外が白み始めている。
「それで俺は、今までずっと……」
英雄の後ろにいた。
けれど。
それは逃げていたからではない。
いつか。
自分が真実の隣に立つために。
誰かを支える力を。
何度も何度も。
積み重ねてきたのかもしれない。
そして朝。
宿屋の女主人が叫んだ。
「ユウ! 朝食の準備!」
「はい!」
ユウは飛び起きる。
「今日もバイトです!」
勇者が寝室から叫ぶ。
「そこは変わらないのかよ!」
女魔法使いの笑い声が響く。
だが。
ユウは知らない。
この宿屋に。
昨夜から一人の客が泊まっていることを。
その客は。
王都から来た――
転生者研究の責任者だった。
そして朝食の席で。
その男はユウを見て、静かに呟いた。
「ようやく見つけた」
――物語は、最初の人生へ向かって動き始める。




