第二十四歩目 「英雄会議の給仕バイトと、最初の人生」
その夜。
魔王城の大広間には、四人の姿があった。
魔王。
勇者。
白銀の英雄。
そして――
ユウ・タナカ。
「……」
ユウは部屋の隅で、せっせとテーブルを拭いていた。
「なんでお前は掃除してるんだ?」
勇者が呆れる。
「給仕のバイトです」
「ここは英雄会議の場だぞ?」
「仕事なので」
「魔王!」
「何だ?」
「こいつを止めてくれ!」
魔王は少し考えた。
「……本人がやりたいなら、いいだろう」
「魔王まで!?」
女魔法使いが紅茶を受け取る。
「ありがとう」
「どういたしまして」
「なんかもう、緊張感がないわね……」
ユウは四人分の飲み物を並べた。
「それでは、ごゆっくり」
「お前も会議の当事者だ!」
「そうでした」
ユウは椅子に座った。
魔王が口を開く。
「まず、事実を確認する」
地図が広げられる。
「今回、人間軍を動かしたのは王国ではない」
白銀の英雄が言う。
「俺もそう聞いている」
「では誰が?」
勇者が尋ねる。
魔王は一枚の書類を置いた。
「王国の宰相だ」
「……」
女魔法使いが眉をひそめる。
「どうして宰相が?」
「魔王を討てば英雄になれる。勇者を利用すれば王国の権力も強化できる」
「つまり……」
勇者が拳を握る。
「俺たちも利用されたのか」
「そういうことだ」
白銀の英雄が黙っている。
魔王は続けた。
「だが、それだけではない」
一冊の古い本が置かれる。
「この戦争には、もっと古い原因がある」
ユウが本を見る。
表紙には何も書かれていない。
「これは?」
「お前が知っているはずの記録だ」
「俺が?」
魔王は本を開いた。
「三百年前」
ページがめくられる。
「人間と魔族の戦争が始まった」
そこには古い記録が残されていた。
「原因は?」
「魔族が人間の村を襲ったとされている」
「……」
勇者が眉をひそめる。
「『とされている』?」
魔王は頷いた。
「実際には違う」
「何が?」
「魔族は襲っていない」
沈黙。
「では誰が襲った?」
魔王は答える。
「人間だ」
白銀の英雄が立ち上がった。
「待て」
「何だ?」
「そんな記録はない」
「だから消された」
魔王が本を閉じる。
「人間側が魔族の仕業に見せかけて、戦争を始めた」
勇者は拳を握る。
「……なぜ?」
「土地」
魔王が答える。
「魔族領には、巨大な魔力鉱脈がある」
ユウが呟く。
「魔力鉱石……」
あの鉱山。
武器。
補給。
すべてが繋がっていく。
「そして三百年前」
魔王がユウを見る。
「その事実を最初に知った人間がいた」
「……」
「その人物こそ――」
魔王は古い本の最後のページを開いた。
そこには、一人の少年の名前が書かれていた。
だが。
「……」
ユウはその名前を見る。
読めない。
いや。
読める。
なのに。
名前だけが頭に入ってこない。
「どうした?」
勇者が尋ねる。
「……」
ユウは額を押さえる。
「思い出せない」
魔王が静かに言う。
「それが、お前の最初の人生だ」
「……俺の?」
「そうだ」
魔王は語る。
「お前は三百年前、ただの村人だった」
「……」
「剣士でもない」
「……」
「魔法使いでもない」
「……」
「商人でも、漁師でも、狩人でもない」
ユウは息を呑む。
「本当に……普通の人間だった」
その言葉だけが。
妙に胸に響いた。
⸻
記憶。
白い。
何もない。
その中に――
一人の少年が立っている。
貧しい村。
小さな家。
父。
母。
妹。
友達。
特別な力はない。
剣も使えない。
魔法も使えない。
ただ。
毎日、畑を耕す。
薪を割る。
水を運ぶ。
普通の少年。
それが。
ユウの最初の人生だった。
「……」
ユウは目を閉じる。
忘れていた。
完全に。
今までの前世は、どれも鮮明だった。
奴隷。
大賢者の弟子。
剣聖の孫娘。
漁師。
狩人。
商人。
でも。
その前。
もっと最初。
何者でもなかった自分。
「……」
突然。
記憶が流れ込んできた。
村。
炎。
叫び声。
逃げる人々。
そして――
一人の少女。
「……あ」
ユウの口から声が漏れる。
「思い出した」
勇者が立ち上がる。
「何を?」
ユウは震える声で言った。
「俺は……」
一度、息を吸う。
「最初の人生で、魔族を助けた」
魔王が目を閉じる。
「そうだ」
「村を襲ったのは……」
「人間軍だ」
「……」
「お前はそれを見た」
ユウの記憶。
少年は森へ逃げた。
そこで一人の魔族の少女と出会った。
少女は傷ついていた。
少年は助けた。
「君は魔族なの?」
「……そう」
「怖くないよ」
「人間なのに?」
「うん」
少女は泣いた。
少年は言った。
「俺たち、仲良くできるよ」
その言葉。
それが。
ユウの最初の約束だった。
だが。
村に戻ると。
大人たちは言った。
「魔族に騙されたんだ」
「違う!」
「魔族は敵だ!」
「違う!」
誰も信じてくれない。
そして。
少年は戦争の真実を知った。
人間側が魔族を悪者にした。
土地を奪うために。
その事実を知った少年は――
証拠を持って王都へ向かった。
しかし。
途中で殺された。
誰にも知られず。
英雄でもなく。
名も残さず。
ただの村人として。
死んだ。
「……」
ユウの頬を涙が伝う。
「俺……」
声が震える。
「最初の人生で、何もできなかった」
魔王が静かに言う。
「だから次の人生で力を求めた」
「……」
「そして、その次も」
ユウは思い出す。
大賢者の弟子になった。
剣を覚えた。
狩りを覚えた。
商売を覚えた。
海を知った。
掘削を覚えた。
誰かを助けるために。
でも。
いつも英雄にはなれなかった。
なれなかったのではない。
――ならなかった。
英雄が必要とするものを。
その後ろから渡し続けた。
「……そうか」
ユウが呟く。
「俺はずっと……」
魔王を見る。
「最初の人生でできなかったことを、ずっとやり直してたんだ」
魔王は頷いた。
「そうだ」
勇者が黙って聞いている。
白銀の英雄も。
女魔法使いも。
誰も口を挟まなかった。
しばらくして。
ユウが笑う。
「でも」
涙を拭う。
「それなら、今世も同じでいいです」
勇者が驚く。
「ユウ?」
「英雄を支えます」
「……」
「俺は英雄じゃないから」
ユウは笑った。
「後ろから支えるほうが、性に合ってます」
魔王は静かに目を細める。
「それがお前の選択か?」
「はい」
そして。
「ただし――」
ユウは勇者を見る。
「今世は、自分で選びます」
勇者が笑った。
「それでいい」
白銀の英雄も剣を収める。
「ならば俺も、英雄としてではなく――」
一歩、ユウへ近づく。
「一人の人間として、お前と話がしたい」
「はい」
その時。
魔王城の外から大きな音が響いた。
――ドォォォン!
兵士が飛び込んでくる。
「魔王様!」
「どうした?」
「王都から使者が来ました!」
「王都?」
「はい!」
兵士が息を切らして告げる。
「王国の宰相から――」
一枚の書状を差し出す。
「勇者を返還せよとの要求です!」
勇者が眉をひそめる。
「俺を?」
そして。
兵士は続けた。
「さらに――」
ユウを見る。
「『ユウ・タナカという少年を引き渡せ』と」
空気が凍った。
「……」
ユウが目を見開く。
「俺?」
魔王が書状を見る。
そして。
初めて険しい顔をした。
「……お前の存在を、王国が知ったか」
女魔法使いが尋ねる。
「どうして?」
魔王は答えた。
「三百年前の真実を知る者が――」
一拍。
「まだ王都にもいるということだ」
ユウは黙って書状を見る。
そこには。
自分の名前が。
確かに書かれていた。
今世で初めて。
モブだったはずの少年が、歴史の表舞台から名指しされた瞬間だった。




