第二十五歩目 「王都潜入バイトと、英雄の後ろにいる理由」
魔王城。
会議室。
昨夜届いた王国からの書状が、机の上に置かれている。
『勇者を返還せよ』
そして。
『ユウ・タナカを引き渡せ』
「……」
ユウ・タナカは書状を眺めていた。
「俺、有名になったんですか?」
勇者が頭を抱える。
「そういう問題じゃない」
女魔法使いもため息をつく。
「あなたを狙ってるのよ」
「そうみたいですね」
「怖くないの?」
「怖いですよ」
「……」
「なので」
ユウは立ち上がる。
「王都に行きます」
「なぜそうなる!?」
「理由を調べます」
「危険すぎる!」
「大丈夫です」
「何が大丈夫なんだ!」
ユウは懐から一枚の紙を取り出した。
『王都・商業地区 臨時店員募集』
「……」
勇者が無言になる。
「またバイトかよ!」
「王都に入る理由ができます」
「潜入捜査をバイトでやるな!」
「でも自然ですよ」
「自然すぎて余計怖い!」
⸻
数日後。
王都。
勇者一行は、変装して街へ入っていた。
勇者は旅商人。
女魔法使いは商人の妻。
そしてユウは――
「店員です」
「見れば分かる」
商業地区の小さな食料品店。
ユウは普通に働いていた。
「いらっしゃいませ」
「パン二つ」
「はい」
「干し肉は?」
「こちらです」
「ありがとう」
「ありがとうございました」
完全に普通の店員。
勇者が店の隅で呟く。
「……俺たち、何しに来たんだっけ?」
「王国の情報を探るのよ」
「そうだった」
「忘れないで」
女魔法使いが呆れる。
ユウは客の話を聞きながら、自然に情報を集めていた。
「最近、王都では人が捕まってるみたいですね」
「そうだな」
「何の容疑で?」
「魔族との内通だとか」
「そうですか」
別の客。
「最近、宰相様が兵を増やしたらしい」
「へえ」
「勇者を捕らえるためだって話だ」
「勇者?」
「そう。魔王に寝返ったとか何とか」
「……」
ユウは黙ってパンを包む。
「ありがとうございました」
客が去る。
その瞬間。
ユウの表情が変わった。
「勇者が裏切ったことにされてます」
「やっぱりか」
勇者が拳を握る。
「俺は裏切ってなんかない」
「分かってるわ」
女魔法使いが言う。
「問題は、どうしてそんな嘘を流してるか」
ユウは店の奥を見る。
「それを調べます」
「どうやって?」
「バイトを増やします」
「……」
「宰相の屋敷で」
「できるの!?」
「募集がありました」
勇者は空を見上げた。
「この世界の求人事情、どうなってるんだ……」
⸻
翌日。
ユウは宰相邸の使用人として働いていた。
「……」
勇者は遠くから屋敷を見る。
「本当に入った」
「すごいわね」
女魔法使いが感心する。
「どうやったの?」
「庭師の募集があったので」
「また庭師……」
ユウは庭を掃除しながら、屋敷の様子を観察していた。
前世で商人だった経験。
人の動き。
荷物の量。
兵士の数。
使用人の動線。
そして――
「……」
地下室へ運ばれる大量の木箱。
「何だろう」
ユウは記憶する。
箱の大きさ。
重さ。
運んでいる人数。
時間。
すべて。
夜。
勇者たちと合流する。
「地下に何かあります」
「武器?」
「たぶん」
「見に行ける?」
「はい」
「どうして?」
「掃除の担当なので」
「地下まで?」
「はい」
「便利すぎない?」
女魔法使いが笑う。
⸻
地下室。
ユウは扉の前に立つ。
「鍵が掛かっています」
「魔法で開ける?」
女魔法使いが杖を構える。
「待って」
ユウが止める。
「鍵穴があります」
「それが?」
「古い型です」
「……」
「開けられます」
商人。
奴隷。
掘削。
狩人。
様々な前世の経験が、奇妙なところで役に立つ。
カチリ。
「開きました」
「……」
勇者が呆れる。
「君、本当に何者?」
「店員です」
「もういい!」
地下室には。
大量の魔力鉱石。
そして――
古い書類。
「これだ」
女魔法使いが拾う。
「魔王領の鉱山から採掘した鉱石……」
「王国が?」
勇者が驚く。
ユウは帳簿を見る。
「これ、三百年前から続いてます」
「……」
「戦争の前から」
女魔法使いが息を呑む。
「じゃあ……」
「魔力鉱石を手に入れるために、戦争を起こした?」
勇者が拳を握る。
「許せない」
その時。
「誰だ!」
上から声。
足音。
「まずい」
勇者が剣を抜く。
「逃げるぞ!」
「待ってください」
ユウは書類をまとめる。
「これだけ持っていきます」
「全部!?」
「重要なので」
「時間ないぞ!」
「はい」
ユウは書類を懐に入れた。
そして。
「こっちです」
地下室の奥へ走る。
「どこへ?」
「逃げ道です」
「なぜ知ってる!?」
「昔の建物は地下道があることが多いので」
「前世!?」
「たぶん」
細い地下道を進む。
その先には――
王都の外れ。
「出られた!」
勇者が驚く。
「どうしてこんな道を?」
ユウは答えない。
古い石壁を見る。
そこに刻まれた文字。
『三人で見つけた町。三人で守りたい町。』
「……?」
ユウは眉をひそめる。
「これ……」
「知ってるの?」
「いえ」
だが。
不思議な既視感。
別の物語。
別の人生。
けれど。
自分の記憶の中にはない。
「……誰かが残した言葉だ」
ユウは呟く。
その時。
背後から声がした。
「その言葉を知っているのか?」
「!」
三人が振り返る。
そこには――
一人の老人が立っていた。
王国の魔術師。
長いローブ。
杖。
「……」
ユウは目を細める。
「あなたは?」
老人は笑った。
「お前の前世を知っている者だ」
「……」
「大賢者の弟子だった頃のお前も」
「……」
「剣聖の孫娘だった頃のお前も」
「……」
「商人だった頃のお前も」
ユウは警戒する。
「あなたは何者ですか?」
老人は答える。
「三百年前――」
一拍。
「お前と共に、魔王との戦争を止めようとした者だ」
「……!」
ユウの記憶が揺れる。
「待ってください」
老人は続ける。
「お前は最初の人生で死ぬ直前、私に証拠を託した」
「……」
「そして私は、それを王国の地下に隠した」
勇者が尋ねる。
「なぜ今まで黙っていた?」
「恐ろしくてな」
老人は苦笑する。
「王国そのものを敵に回すことになる」
そして。
「だが、お前が戻ってきた」
ユウを見る。
「だから、今度こそ終わらせる」
「……」
ユウは黙った。
今まで。
自分は英雄の後ろに立ってきた。
誰かを助け。
道を作り。
武器を直し。
食料を届け。
そして。
英雄たちを送り出してきた。
でも。
今世は違う。
自分の名前が。
初めて歴史の表側に出た。
「……」
勇者がユウを見る。
「どうする?」
ユウは少し考えた。
そして。
「帰りましょう」
「魔王城へ?」
「はい」
「証拠は?」
「あります」
懐の書類を叩く。
「これを持って、魔王と話します」
「戦争を止めるのか?」
「できるか分かりません」
ユウは笑う。
「でも――」
勇者を見る。
「今世くらいは、自分でやってみます」
勇者が笑う。
「それでこそだ」
女魔法使いも頷く。
「でも、無茶はしないでよ」
「はい」
「あと」
「はい?」
「もうバイトは禁止」
「……」
ユウが固まる。
「それは困ります」
「どうして!」
「生活費が」
「魔王から報酬をもらったでしょう!」
「貯金したいので」
「英雄を助けるより貯金を優先する人、初めて見たわ!」
三人は地下道を歩き出す。
だが。
ユウだけが知らなかった。
懐に入れた書類の中に。
一枚だけ。
三百年前から隠されていた、最初の人生の証拠があることを。
そこには――
「戦争を始めた者の名前」
が記されていた。
そしてその名前は。
今の王国で最も英雄として讃えられている人物の名と――
同じだった。




