第二十三歩目 「敵軍の補給バイトと、英雄同士の戦い」
魔王城の庭に、緊張が走った。
「人間軍が、魔王領へ侵攻しています!」
伝令の声が響く。
勇者が剣を握る。
「どういうことだ?」
魔王は険しい表情で地図を見る。
「王国軍ではない」
「え?」
「軍旗が違う」
魔王が指差す。
そこに描かれていたのは――
見慣れない紋章。
「人間側の一部勢力だ」
女魔法使いが眉をひそめる。
「王国とは別に軍を動かせるってこと?」
「そういうことだ」
ユウは黙って地図を見る。
「……」
そして。
「ここ」
地図の一点を指した。
「何?」
「この街道」
「どうした?」
「補給に使われます」
勇者が見る。
「分かるのか?」
「道幅と地形を見れば」
商人だった前世。
狩人だった前世。
軍の荷運びをしていた前世。
様々な記憶が重なる。
「軍隊はここを通らないと、長く戦えません」
「つまり?」
「補給を止めれば、戦わずに撤退させられます」
魔王がユウを見る。
「……相変わらずだな」
「何がですか?」
「敵を倒すより、敵が戦えなくなる方法を先に考える」
「そのほうが楽なので」
「お前らしい」
⸻
翌朝。
ユウは人間軍の補給路へ向かっていた。
「……」
勇者が隣を歩く。
「どうして俺たちまで商人の格好をしてるんだ?」
「商隊として潜り込むからです」
「本当に?」
「はい」
「ユウ」
「はい」
「この作戦、俺より君が主役じゃないか?」
「そんなことないですよ」
「いや、絶対そうだろ」
女魔法使いが笑う。
「諦めなさい。ユウは自分をモブだと思ってるけど、やってることは完全に主人公よ」
「……」
ユウは首を傾げた。
「そうですか?」
「そこからなのよ」
⸻
人間軍の補給拠点。
ユウたちは荷馬車を引いて近づいた。
「何者だ!」
「商隊です」
「何を運んでいる?」
「食料と薬です」
兵士が荷物を確認する。
「通れ」
「ありがとうございます」
そのまま内部へ。
ユウは周囲を見回した。
「……」
食料。
武器。
矢。
薬。
馬。
「思ったより補給が多いですね」
勇者が小声で聞く。
「どうする?」
「全部壊すのは駄目です」
「なぜ?」
「戦争が終わった後、人間の兵士が食べるものまでなくなります」
「……」
女魔法使いが呆れる。
「敵の心配までしてる」
「兵士は命令されて戦ってるだけかもしれないので」
ユウは考える。
「だったら、戦争を続けられなくすればいい」
倉庫へ向かう。
「ここです」
「何をする?」
「商人だった前世のやり方です」
ユウは帳簿を見る。
「この軍、補給の管理が雑です」
「雑?」
「倉庫が三つに分かれてます」
「それが?」
「担当者が違う」
「……」
「つまり」
ユウは笑う。
「帳簿を少し入れ替えれば、物資がどこにあるのか分からなくなります」
勇者が目を丸くする。
「……それだけ?」
「はい」
「地味だな」
「モブなので」
「そういうところだけ一貫してるな!」
ユウは帳簿を入れ替えた。
食料は別の倉庫。
矢は別の場所。
薬はさらに別。
そして。
補給隊が来る時間も変更。
わずかな混乱。
だが。
軍隊にとって、それは致命的だった。
「食料がない!」
「薬はどこだ!」
「矢が届いてないぞ!」
補給拠点が混乱する。
兵士たちは疲弊していく。
そして。
「撤退命令だ!」
人間軍が後退を始めた。
「成功したな」
勇者が言う。
「はい」
「君、戦争向いてるよ」
「嫌です」
「即答か」
だが。
その時。
遠くから馬の音が響いた。
「……?」
ユウが振り返る。
人間軍の中央。
一人の男が馬に乗っている。
白銀の鎧。
輝く剣。
人間軍の兵士たちが、その男を見る。
「英雄様!」
「英雄が来たぞ!」
「まだ戦える!」
勇者が表情を変える。
「……あれが?」
女魔法使いが頷く。
「人間側の英雄ね」
その男は馬を止める。
そして。
ユウを見る。
「……」
ユウも見る。
なぜか。
胸の奥がざわついた。
「……」
知らない。
初めて見る顔。
なのに。
どこか懐かしい。
白銀の英雄が剣を抜く。
「魔王軍め」
勇者も剣を抜く。
「魔王軍じゃない」
白銀の英雄が勇者を見る。
「ならば何者だ?」
「俺は勇者だ」
周囲がざわめく。
「勇者だと?」
「魔王軍に加担しているのか!」
白銀の英雄が剣を構える。
「ならば――」
勇者も構える。
「俺が相手だ!」
二人の剣がぶつかった。
――ガキィィン!
激しい衝撃。
ユウは動けなかった。
「……」
白銀の英雄。
勇者。
互いに一歩も引かない。
そして。
ユウの頭に、また記憶が浮かぶ。
――昔。
どこかの街。
一人の少年がいた。
英雄になりたい少年。
そして、その隣で武器を磨いていた自分。
『俺、絶対に英雄になる』
『頑張って』
『お前も一緒に来いよ』
『俺はいいよ』
『なんで?』
『俺は……後ろにいるほうがいいから』
――記憶が途切れる。
「……!」
ユウは頭を押さえた。
「また……」
女魔法使いが駆け寄る。
「ユウ!」
「大丈夫です」
だが。
白銀の英雄が叫んだ。
「そこの男!」
「……」
「なぜ俺を見ている!」
ユウは顔を上げる。
「……分かりません」
「嘘をつくな!」
白銀の英雄が勇者を弾き飛ばし、ユウへ向かってくる。
「お前は――」
剣が振り下ろされる。
ユウは咄嗟に避ける。
地面が砕ける。
「……!」
勇者が立ち上がる。
「ユウから離れろ!」
勇者が白銀の英雄に斬りかかる。
二人の戦いが再び始まる。
ユウは見つめる。
そして気づく。
白銀の英雄の剣。
「……」
見覚えがある。
前世。
剣聖の孫娘だった頃。
祖父が使っていた剣。
その剣と同じ技術で作られている。
「まさか……」
ユウは呟いた。
白銀の英雄が使う剣術。
それは――
自分の前世の一つが、かつて誰かに教えた剣術だった。
「……」
つまり。
目の前の英雄も。
自分の前世と繋がっている。
その時。
白銀の英雄が勇者を吹き飛ばした。
「ぐっ!」
「勇者!」
女魔法使いが叫ぶ。
白銀の英雄が剣を振り上げる。
「終わりだ!」
ユウは一歩前へ出た。
「待ってください」
「退け!」
「その剣術……」
白銀の英雄が止まる。
「……何?」
「誰に習いました?」
「……」
「その構え」
ユウは静かに言う。
「俺は知っています」
「何だと?」
「それは――」
一瞬。
ユウの脳裏に、剣聖だった前世の記憶が蘇る。
少女だった自分。
祖父。
弟子たち。
そして。
一人の少年に剣を教えた記憶。
「……俺が教えた」
白銀の英雄の目が見開かれる。
「あり得ない」
「そうですね」
「その剣術を教えた者は――」
英雄の声が震える。
「三百年前に死んでいる!」
ユウは答えられない。
白銀の英雄は剣を下ろした。
「……お前は、何者だ?」
ユウは少し考える。
そして。
「ただの――」
いつもの言葉。
「バイトです」
「…………」
勇者が吹き出した。
「こんな時までそれかよ!」
女魔法使いも頭を抱える。
「もう少し他に言い方ないの!?」
だが。
白銀の英雄は笑わなかった。
ただユウを見つめる。
「……そうか」
そして。
剣を鞘に収める。
「ならば、俺も知りたい」
「何を?」
「三百年前に死んだ剣士が――」
一拍。
「なぜ、今も俺の前に立っているのか」
ユウは答えなかった。
その時。
魔王領の空に――
巨大な魔法陣が浮かび上がった。
魔王の声が響く。
「全軍、停止せよ!」
人間軍も魔族軍も。
一斉に動きを止める。
魔王の声が続く。
「真実を知らぬ者同士で、これ以上戦う必要はない」
戦場が静まり返る。
勇者。
白銀の英雄。
魔王。
そしてユウ。
四人の視線が交差する。
魔王は言った。
「この戦争を始めた者の正体を――」
そして。
「今夜、すべて話す」
ユウは空を見上げる。
胸の奥が、不思議なほど静かだった。
もうすぐ。
自分が何度も生まれ変わり。
何度も英雄の後ろに立ってきた理由が――
明らかになる。
けれど。
ユウには、まだ一つだけ分からないことがあった。
自分は、本当に「英雄を支えるため」に生まれ変わってきたのだろうか。
それとも。
もっと別の理由が――
最初の前世から、ずっと続いているのだろうか。




