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全前世でモブだった俺、今世も英雄の後ろで暗躍します  作者: まーサンタ
モブバイト編

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22/25

第二十二歩目 「魔王城の庭師バイトと、忘れていた約束」



 翌朝。


 魔王城の厨房は、妙に静かだった。


「……」


 ユウ・タナカは鍋をかき混ぜていた。


「……」


 勇者はパンを食べていた。


「……」


 女魔法使いは紅茶を飲んでいた。


 三人とも、昨夜の魔王の言葉を引きずっている。


 ――この戦争は、私が始めたものではない。


 ――お前の前世の中に、この戦争の始まりを知る者がいる。


 ――思い出せ。


「……」


 沈黙に耐えられなくなった女魔法使いが口を開く。


「ユウ」


「はい」


「昨日のこと、何か思い出した?」


「少しだけ」


「何を?」


「燃えている村」


「……」


「泣いている人たち」


 ユウは鍋を見つめる。


「それから、誰かと約束した気がします」


「どんな約束?」


「分かりません」


 そこまで言って。


 ユウは少し笑った。


「でも、思い出せないなら仕方ないです」


「……」


「朝食、できました」


「切り替え早すぎない?」


「お腹は空きますから」


「あなたって本当に……」


 女魔法使いは苦笑した。


 その時。


 厨房の扉が開いた。


「ユウ」


 魔王の側近だった。


「魔王様がお呼びだ」


「分かりました」


「……厨房の仕事が終わってからでいい」


「はい」


「いや、すぐ来いという意味だ」


「そうですか」


 ユウは火を止めた。


「じゃあ行きます」



 魔王城の中庭。


 そこには広大な庭園があった。


 しかし。


「……荒れてる」


 ユウが呟く。


 伸び放題の草。


 枯れた花。


 壊れた噴水。


「ここを?」


 魔王が立っていた。


「整えてほしい」


「庭師ですか?」


「そうだ」


「分かりました」


 側近が頭を抱える。


「なぜ魔王様が勇者一行を呼び出して、庭仕事を頼むんだ……」


 魔王は答える。


「彼ならできる」


「それは分かりますが……」


「報酬も払う」


 ユウが振り返る。


「いくらですか?」


「……」


 魔王は少し黙った。


「好きなだけ」


「では、やります」


「即答……」


 こうして。


 ユウ・タナカは魔王城の庭師になった。



 ユウは庭を歩く。


「この木、枯れてません」


「分かるのか?」


 魔王が尋ねる。


「枝は死んでますけど、根は生きてます」


 ユウは土を掘る。


「水の流れが悪いです」


「……」


「ここに水路を作れば戻ります」


 農夫だった前世。


 狩人だった前世。


 掘削をしていた前世。


 それらの経験が、自然と繋がっていく。


 ユウは土を掘り、水路を作る。


 枯れた枝を切る。


 土を入れ替える。


 数時間後。


「……」


 庭が見違える。


 魔族の使用人たちが驚いていた。


「こんなに変わるのか」


「土が良くなったからです」


 ユウは額の汗を拭う。


 魔王は庭の奥を見る。


 そこには一本の小さな木があった。


「その木だけは触らないでくれ」


「分かりました」


「昔からある」


「大切なんですか?」


「……ああ」


 ユウは木を見る。


 なぜか。


 胸が痛くなった。


「……」


 その木の根元。


 小さな石碑がある。


 文字は古い。


 ユウはしゃがみ込む。


「これ……」


「どうした?」


「読めます」


「何と書いてある?」


 ユウは指で土を払う。


 そこには――


『ここで待つ』


 と刻まれていた。


「……」


 ユウの胸が大きく鳴った。


 ――知っている。


 この文字。


 この場所。


 この木。


「……」


 記憶が、また一つ蘇る。



 何百年も前。


 魔王城ではなく。


 まだ小さな魔族の村。


 一人の少年が魚を抱えて走っていた。


「待って!」


 振り返る。


 そこには。


 一人の少女がいた。


 小さな角。


 黒い髪。


 泣きそうな顔。


「また来てくれる?」


 少年は笑った。


「もちろん」


「本当?」


「うん」


「約束?」


「約束」


 少女は小指を差し出す。


 少年も小指を絡める。


「次も会える?」


「会えるよ」


 そして少年は言った。


『次に生まれても、また来る』



「……!」


 ユウが目を見開く。


 魔王が静かに見つめる。


「思い出したか」


「……少し」


「誰との約束だ?」


「……」


 ユウは木を見る。


「女の子」


 魔王は頷く。


「そうだ」


「この木の下で……」


「待っていた」


「……誰が?」


 魔王は答えなかった。


 ただ。


 庭の奥へ視線を向ける。


「彼女は今もいる」


「……え?」


 ユウが振り返る。


 庭の向こう。


 城の廊下。


 一人の女性が立っていた。


 長い黒髪。


 小さな角。


 漆黒のドレス。


 そして。


 ユウを見る目だけが――


 ひどく優しかった。


「……」


 女性は何も言わない。


 ユウも何も言えない。


 魔王が言う。


「紹介しよう」


 一歩。


 女性が近づく。


「彼女は――」


「待って」


 ユウが止めた。


「……」


 女性を見る。


 胸の奥から。


 知らないはずの感情が溢れてくる。


 懐かしい。


 悲しい。


 嬉しい。


 そして――


 ずっと待たせていたような。


 そんな感覚。


「……もしかして」


 女性は静かに笑った。


「遅かったね」


 その声を聞いた瞬間。


 ユウの中で、記憶が弾けた。


 海辺。


 山。


 街。


 戦場。


 村。


 そして。


 何度生まれ変わっても。


 遠くから英雄を見つめる自分。


 英雄の旅に必要な道を作り。


 武器を直し。


 食料を運び。


 傷を治し。


 それでも。


 最後には必ず――


 英雄の背中を見送っていた。


「……俺は」


 ユウは呟く。


「ずっと……」


 女性が近づく。


「そう」


「君を探してた?」


「違う」


 女性は首を振った。


「あなたは、いつも誰かを助けていた」


 ユウは黙る。


「だから私は、いつも待っていた」


「……」


「いつか、あなた自身が自分のところへ帰ってくるのを」


 ユウの目が揺れる。


 だが。


「……ごめん」


 女性が驚く。


「どうして?」


「俺、今まで一度も……」


 ユウは苦笑した。


「自分のことを考えたことがなかった」


 女性は少し笑う。


「知ってる」


「……」


「だから、待ってた」


 勇者と女魔法使いが遠くから見ていた。


「……」


 女魔法使いが小声で言う。


「何か、すごく大事な話をしてるわね」


 勇者が頷く。


「たぶんな」


「邪魔しちゃ駄目よ」


「分かってる」


 その時。


 魔王が二人を見る。


「ユウ」


「はい」


「お前に選んでほしい」


 ユウは魔王を見る。


「今までのお前は、英雄を支えるために生きてきた」


「……」


「だが、今世は違う」


 魔王は静かに言った。


「勇者の後ろに立つのもいい」


「……」


「誰かの人生を支えるのもいい」


「……」


「だが――」


 魔王は笑った。


「お前自身の人生を選んでもいい」


 ユウは黙っていた。


 そして。


 小さく笑った。


「……まだ分かりません」


「そうか」


「でも」


 勇者を見る。


 女魔法使いを見る。


 そして。


 目の前の女性を見る。


「今世では、少しだけ自分のことも考えてみます」


 女性が笑う。


「それでいい」


 その瞬間。


 魔王城の庭に――


 一輪の花が咲いた。


 枯れていたはずの花。


 ユウが作った水路から水が流れ。


 土に水が染み込む。


 そして。


 小さな花が、ゆっくりと開いた。


 魔王がそれを見る。


「……何百年ぶりだろうな」


 女性が笑う。


「待った甲斐があったわ」


 ユウは照れくさそうに頭を掻いた。


「じゃあ……」


「?」


「この庭、もう少し綺麗にしていいですか?」


「……」


 魔王が固まる。


「まだやるの?」


 女魔法使いが呆れる。


「仕事なので」


「今、感動的な場面だったのに!」


 勇者が笑う。


「ユウらしいな」


 魔王も、ついに笑った。


「好きにしろ」


「ありがとうございます」


 ユウは再びシャベルを手に取る。


 そして――


 何百年も待ち続けた女性の隣で。


 今世で初めて。


 自分のための庭を作り始めた。


 だが。


 その日の夕方。


 魔王城に一通の報告が届く。


「魔王様!」


「どうした?」


「北の国境から緊急報告です!」


 兵士が息を切らしている。


「人間軍が、魔王領へ侵攻を開始しました!」


 庭にいた全員が振り返る。


 勇者が剣を握る。


「人間軍が……?」


 魔王の顔から笑みが消える。


「……そうか」


 そして。


 ユウは気づく。


 これまでの戦争は。


 まだ本当の戦いではなかった。


 今度は――


魔族側からではなく、人間側から戦争が始まった。


 そしてその軍勢の先頭には。


 ユウが知っているはずのない――


 一人の「英雄」が立っていた。

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