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全前世でモブだった俺、今世も英雄の後ろで暗躍します  作者: まーサンタ
モブバイト編

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21/51

第二十一歩目 「魔王城の厨房バイトと、魔王の晩餐」



 魔王城へ向かう道中。


 ユウ・タナカは荷馬車の中で求人票を眺めていた。


『魔王城・厨房補助員募集』


「……」


 勇者が隣から覗き込む。


「それ、まだ持ってたのか?」


「はい」


「捨てろ」


「どうしてですか?」


「魔王城だぞ」


「だから仕事があるんですよ」


「そういう問題じゃない!」


 女魔法使いがため息をつく。


「もう諦めましょう。あの子に常識を求めるほうが間違ってるわ」


 魔王城。


 それは、魔族の国の中心にそびえ立つ巨大な城だった。


 黒い石壁。


 巨大な門。


 空を覆うほどの塔。


 その門前には、無数の魔族兵が並んでいる。


「勇者一行、到着!」


 門が開く。


 勇者が剣に手をかける。


 女魔法使いも杖を構える。


 そしてユウは――


「厨房はどこですか?」


「今それ聞く!?」


⸻


 城内。


 勇者一行は大広間へ通された。


 玉座には――


 一人の男が座っていた。


 黒い衣。


 長い角。


 鋭い眼差し。


 魔王。


 その存在だけで、空気が重くなる。


「勇者よ」


 魔王が口を開く。


「よく来た」


「魔王……!」


 勇者が剣を抜く。


 兵士たちがざわめく。


 だが魔王は手を上げた。


「剣を収めろ」


「何?」


「今ここで戦うつもりはない」


 勇者が警戒する。


「では、なぜ呼んだ?」


 魔王は答えなかった。


 視線だけを動かす。


 勇者の後ろ。


 そこにいるユウを見る。


「……」


 ユウも魔王を見る。


「……」


 二人の視線が重なる。


 魔王の表情が変わった。


「やはり……」


「?」


 ユウは首を傾げる。


 魔王が立ち上がる。


「お前か」


「俺?」


「……」


 魔王はゆっくり近づく。


「何度目だ?」


「何がですか?」


「その姿で、私の前に立つのは」


 ユウの顔から笑顔が消える。


「……」


 勇者が振り返る。


「ユウ?」


 魔王は続ける。


「大賢者の弟子だった時も」


「……」


「剣聖の一族だった時も」


「……」


「北の海で漁師をしていた時も」


 女魔法使いが息を呑む。


「狩人だった時も」


「……」


「商人だった時も」


 魔王は静かに笑った。


「お前はいつも――英雄の後ろにいた」


 ユウは黙っていた。


「どうして……」


 魔王が尋ねる。


「なぜ毎回、英雄を助ける?」


 ユウは答えられない。


 自分でも分からない。


「……分かりません」


 魔王は少し驚いた。


「分からない?」


「はい」


「ならば今世ではどうだ?」


「……」


「また英雄を助けるのか?」


 ユウは勇者を見る。


 そして。


「たぶん」


「なぜ?」


「……」


 少し考えて。


「放っておけないので」


 魔王は目を細めた。


「変わらないな」


 その時。


 ――ぐぅぅぅ。


 大広間に腹の音が響いた。


「……」


 全員がユウを見る。


「すみません」


 ユウが腹を押さえる。


「朝から何も食べてません」


「…………」


 魔王の側近が頭を抱えた。


「この状況で空腹になるのか……」


 ユウは魔王に尋ねる。


「食事って出ますか?」


「……」


 魔王はしばらく黙った。


「出せ」


「はい!」


 側近が叫ぶ。


「何を召し上がりますか?」


 ユウが答える。


「厨房を見てもいいですか?」


「……」


「料理の手伝いをしたいので」


 魔王は目を閉じた。


「好きにしろ」


「ありがとうございます」


 ユウは厨房へ向かった。


「待て!」


 勇者が叫ぶ。


「俺たちも行く!」


「なぜ勇者が厨房に……」


 女魔法使いもついていく。


「もう慣れたわ」


⸻


 魔王城の厨房。


 巨大だった。


 魔族の料理人が何十人も働いている。


 だが――


「……」


 ユウは食材を見る。


「もったいない」


「何?」


 料理長が振り返る。


「この野菜、葉を捨ててますよね?」


「ああ」


「食べられます」


「本当か?」


「はい」


 ユウは包丁を持つ。


 農夫。


 料理人。


 商人。


 漁師。


 様々な前世の経験が組み合わさる。


「肉はこの部分を煮込みに」


「魚は骨で出汁を取れます」


「豆はスープに」


「パンは少し硬くなってるので、焼き直しましょう」


 魔族の料理人たちは呆然としていた。


「……」


「……」


「……」


 やがて。


 厨房から良い香りが漂い始めた。


 勇者が皿を見る。


「これは?」


「魔王領の野菜と魚の煮込みです」


「うまそうだ」


「勇者、今は敵地よ」


「腹が減ってるんだ」


「私もだけど」


 料理が完成する。


 大広間。


 魔王。


 勇者。


 女魔法使い。


 ユウ。


 そして側近たち。


 食卓を囲む。


「……」


 魔王が一口食べる。


「……」


 沈黙。


「どうですか?」


 ユウが尋ねる。


「うまい」


「よかったです」


 魔王は皿を見つめる。


「……何百年ぶりだ」


「?」


「お前の料理を食べるのは」


 ユウが固まる。


「俺が?」


「そうだ」


 魔王は遠い記憶を見るように言った。


「お前は昔、私に魚を焼いてくれた」


「……」


 ユウの記憶が蘇る。


 漁師だった前世。


 海辺。


 幼い魔族の少女。


 そして――


 一人の若い魔王。


「……あなた」


 魔王が笑う。


「思い出したか」


「少しだけ」


 勇者と女魔法使いは黙って二人を見る。


 魔王は言った。


「お前は、あの時も名乗らなかった」


「……」


「私は名を尋ねた」


「何て答えたんですか?」


「『ただの漁師です』」


 ユウは苦笑する。


「……俺らしいですね」


 魔王も笑った。


 だが。


 その笑顔が消える。


「だからこそ、今度は聞きたい」


「何を?」


「なぜ、お前は何度も生まれ変わる?」


 ユウは黙った。


「そしてなぜ――」


 魔王は勇者を見る。


「毎回、英雄の後ろに立つ?」


 ユウは答える。


「分かりません」


「……」


「俺は、ただ……」


 勇者を見る。


「この人たちを放っておけないだけです」


 魔王は目を閉じた。


「そうか」


 そして。


「ならば、お前に一つ伝えよう」


 魔王は立ち上がった。


「この世界で、勇者と魔王が戦うことになった理由を」


 空気が変わる。


「……」


 勇者が剣に手を添える。


 女魔法使いも表情を引き締める。


 魔王は静かに言った。


「この戦争は――」


 一拍。


「私が始めたものではない」


「……何?」


 勇者が驚く。


「では、誰が?」


 魔王は答えなかった。


 ただ。


 ユウを見る。


「お前なら知っているはずだ」


「俺が?」


「お前の前世の中に――」


 魔王の目が鋭くなる。


「この戦争の始まりを知る者がいる」


 ユウの胸がざわつく。


 前世の記憶。


 数え切れない人生。


 その中に――


 自分でも忘れていた何かがある。


 魔王は言った。


「思い出せ」


「……」


「お前が英雄の後ろに立つようになった、本当の理由を」


 その瞬間。


 ユウの頭の中に――


 一つの記憶が浮かんだ。


 知らない少女。


 燃える村。


 泣き叫ぶ人々。


 そして。


 幼い自分が、誰かに言った言葉。


『次に生まれたら――』


 そこで記憶が途切れた。


「……!」


 ユウは頭を押さえる。


「どうした!?」


 勇者が立ち上がる。


「大丈夫です」


 ユウは息を整える。


「……思い出せません」


 魔王は静かに頷いた。


「それでいい」


「え?」


「今はまだな」


 魔王は玉座へ戻る。


「いずれ思い出す」


 そして。


「その時、お前自身が選べ」


 ユウは魔王を見つめた。


「英雄の後ろに立つのか」


 一拍。


「それとも――」


 魔王の視線が鋭くなる。


「今世では、自分自身の物語を歩くのか」


 誰も答えなかった。


 ただ。


 その夜。


 魔王城の厨房では――


「ユウさん!」


 料理長が叫んでいた。


「明日の朝食も作ってくれ!」


「いいですよ」


「本当か!」


「バイト代は?」


「もちろん払う!」


「じゃあお願いします」


 勇者が頭を抱える。


「……結局そこに戻るのか」


 女魔法使いが笑う。


「でも、少し安心した」


「何が?」


「ユウはユウよ」


 ユウは鍋をかき混ぜる。


「……」


 魔王に言われた言葉。


 そして、蘇った記憶。


 まだ何も分からない。


 けれど。


 今世の自分が選ぶ道は――


 まだ決まっていない。


 その頃。


 魔王城の最上階。


 魔王は一人、窓から夜空を見ていた。


「……今度こそ」


 小さく呟く。


「お前自身の人生を生きろ」


 そして。


 玉座の裏に隠された古い肖像画を見る。


 そこには――


 何百年も前。


 魔王の隣で魚を焼いて笑う、一人の名もなき少年が描かれていた。


 その少年の顔は。


 今のユウと、まったく同じだった。

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