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全前世でモブだった俺、今世も英雄の後ろで暗躍します  作者: まーサンタ
モブバイト編

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18/28

第十八歩目 「王都のパン屋と、英雄の朝食」



 王都侵攻――その翌朝。


 街は、まるで昨日までとは別の場所になっていた。


 壊れた店。


 崩れた石壁。


 消えない煙。


 あちこちを走る兵士たち。


 そして――


「パンが足りない!」


 そんな声が、広場から響いていた。


 ユウ・タナカは、瓦礫の向こうからその声を聞いていた。


「……パン」


 少し考える。


 求人掲示板を見る。


 そこには一枚の紙。


『臨時・王都中央パン工房 製造補助員募集』


「……」


 ユウは紙を剥がした。


「ちょうどいい」


「何がちょうどいいのよ!」


 隣にいた女魔法使いが叫ぶ。


「昨日、王都が魔王軍に襲われたのよ?」


「はい」


「それで、なんでパン屋のバイトを探すの!」


「食事は必要なので」


 勇者も呆れた顔をする。


「もう何も言うまい」


 こうしてユウは――


 王都中央パン工房で働くことになった。


「こんな状況でも仕事をする人がいるとはな」


 パン職人が笑う。


「食べる人がいるなら作ります」


「そうだな」


 工房には、避難してきた人々。


 負傷した兵士。


 子ども。


 老人。


 そして王都を守る騎士たち。


 みんな腹を空かせていた。


「小麦はこれだけです」


「少ないな……」


 職人が頭を抱える。


「一日持つかどうか」


 ユウは袋を見る。


「……少し混ぜましょう」


「何を?」


「豆粉と芋です」


「パンになるのか?」


「なります」


 ユウは材料を確認する。


 農夫だった前世。


 商人だった前世。


 料理人だった前世。


 そして――


 飢えを経験した前世。


「量を増やせます」


 工房はすぐに動き始めた。


 小麦。


 豆。


 芋。


 少量の塩。


 水。


 それらを混ぜて焼く。


 香ばしい匂いが、工房いっぱいに広がる。


「……」


 避難していた子どもが、じっとパンを見ていた。


「食べる?」


 ユウが焼きたてを渡す。


「いいの?」


「もちろん」


 子どもは一口食べる。


「……おいしい」


 その言葉に、ユウは笑った。


 その頃。


 王城では――


「勇者様、こちらを」


 兵士が報告書を渡していた。


「王都東地区、敵影なし」


「西地区も制圧」


「地下水路も安全を確認」


 勇者は頷く。


「よし」


 女魔法使いが尋ねる。


「ユウは?」


「パン屋」


「……」


「朝から?」


「朝から」


「……あの子、本当に何なの?」


 勇者は笑う。


「モブなんだろ」


「本人はそう言ってるけど……」


 二人は窓の外を見る。


 王都の街角から、パンの香りが漂っていた。


 昼。


 勇者たちはパン工房へやってきた。


「お疲れ様」


「こんにちは」


 ユウはパンを並べていた。


「勇者さんも食べます?」


「いいのか?」


「はい」


 ユウがパンを渡す。


 勇者が食べる。


「……うまい」


「でしょう?」


 女魔法使いも食べる。


「本当においしい」


「ありがとうございます」


「あなた、前世でパン職人だった?」


「違います」


「じゃあ何?」


「農家とか、商人とか……料理も少し」


「もういいわ」


 女魔法使いは笑った。


 その時。


 工房の外から騒ぎ声がした。


「敵だ!」


 勇者が立ち上がる。


 ユウも外を見る。


 街の向こう。


 黒い鎧を着た魔族が一人、歩いてくる。


「魔王軍幹部……!」


 勇者が剣を抜く。


「俺が行く!」


 魔族が叫ぶ。


「勇者よ! 今度こそ――」


「待ってください」


 ユウが止める。


「何だ?」


「その人、怪我してます」


「……」


 魔族の左足。


 血が流れている。


「どうして?」


「さっきの戦いで負傷したんでしょう」


 魔族が怒鳴る。


「余計なことを!」


「治療したほうがいいですよ」


「私は敵だぞ!」


「そうですね」


「ならばなぜ!」


「怪我してる人を放っておくのは嫌なので」


 勇者も剣を下ろした。


「……そうだな」


「お前らは馬鹿か!」


 魔族が困惑する。


「殺せばいいものを!」


 ユウはため息をついた。


「パン、食べます?」


「…………」


「焼きたてです」


「…………」


 魔族は完全に困惑していた。


 最終的に。


「……一つだけ」


「どうぞ」


 魔族はパンを受け取った。


 一口食べる。


「……」


「どうです?」


「……うまい」


 勇者が笑った。


 女魔法使いは頭を抱えた。


「なんで魔王軍幹部とパン食べてるのよ……」


 だが。


 その魔族は重要な情報を持っていた。


「魔王軍は、王都を落とすつもりだった」


「過去形?」


 勇者が尋ねる。


「ああ」


「なぜ?」


「勇者がいるからだ」


 魔族はユウを見る。


「……」


「特に――」


 魔族がユウを指差す。


「そこの男」


「俺?」


「お前だ」


 ユウは困った顔をする。


「何かしました?」


「お前がいる場所では、なぜか作戦が失敗する」


「……」


 勇者が吹き出した。


「確かに」


「笑わないでください」


 女魔法使いも笑う。


「もう魔王軍にも知られてるじゃない」


 魔族は続ける。


「王都への侵攻も失敗した」


「……」


「地下道は潰され」


「……」


「補給路も断たれ」


「……」


「兵士たちは食事まで与えられ」


 魔族がパンを見る。


「挙げ句、私はパンを食べている」


「……」


 ユウは少し考える。


「それは、俺というよりパン屋さんのおかげです」


「そこじゃない!」


 女魔法使いが叫ぶ。


 魔族は捕虜として連行された。


 そして数日後。


 王都は少しずつ復旧していった。


 ユウもパン工房を辞めることになった。


「助かったよ」


 パン職人が言う。


「こちらこそ」


「また働いてくれないか?」


「求人があれば」


「求人がなくても来ていいぞ」


「分かりました」


 ユウは笑った。


 工房を出る。


 その手には――


 職人からもらった焼きたてのパン。


「……」


 広場へ行く。


 そこには勇者たちがいた。


「ユウ!」


「どうしました?」


「王都を出ることになった」


「そうですか」


「次は魔王領へ向かう」


「魔王領……」


 女魔法使いが頷く。


「魔王軍の本拠地を目指す」


 ユウは黙る。


 魔王領。


 今までより、はるかに危険な場所。


 だが。


 その時。


 ユウの目に一枚の求人票が入った。


『魔王領方面・行商人募集』


「……」


 ユウは紙を剥がした。


「…………」


 勇者が無言になる。


 女魔法使いも無言になる。


「ユウ」


「はい?」


「それ、わざとじゃないよな?」


「何がですか?」


「……いや」


 勇者は笑った。


「何でもない」


 ユウはパンをかじる。


「じゃあ、次のバイトも決まりました」


「そうだな」


 勇者が肩をすくめる。


「俺たちの旅も、続きそうだ」


 王都を出る日。


 勇者一行の馬車の後ろに、一台の商隊馬車が続いていた。


 その荷台には。


 大量の食料。


 薬。


 道具。


 そして――


 一人の少年。


 ユウ・タナカ。


 本人は、ただの行商人として乗っているつもりだった。


 だが。


 魔王領へ向かう道の先には――


 これまでのどの前世でも経験したことのない戦いが待っていた。


 そして。


 ユウ自身もまだ知らない。


 魔王領には――


 彼の「前世」を知る者がいることを。

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