第十七歩目 「地下水路の清掃バイトと、王都の裏側」
王都へ戻ったユウ・タナカは、さっそく仕事を始めていた。
「今日から地下水路の清掃をお願いします」
「はい」
仕事を紹介した管理人が、鍵を渡す。
「最近、王都の地下水路は流れが悪くてね」
「分かりました」
「ただし、古い区画には入らないように」
「古い区画?」
「昔の地下道が残っている。危険だから封鎖してあるんだ」
「……」
ユウは少しだけ考える。
「その区画、見せてもらえますか?」
「駄目だ」
「そうですか」
ユウは素直に引き下がった。
――もちろん。
仕事が始まってから、一時間後。
ユウはその封鎖区画の前にいた。
「……」
管理人から借りた鍵を眺める。
「清掃の仕事なら、ここも確認したほうがいいよな」
本人は本気だった。
鍵を開ける。
ギィィ……。
古い通路が現れる。
湿った空気。
苔。
崩れかけた石壁。
ユウはランタンを掲げる。
「昔の鉱山道に似てる」
前世の一つ。
掘削を得意とする奴隷の少年だった頃。
地下に潜り続けた日々。
ユウには、地下の構造が手に取るように分かる。
「……この道、かなり古い」
壁を叩く。
コン。
コン。
コン。
「ここは空洞」
壁の向こうに空間がある。
ユウはつるはしを取り出した。
「失礼します」
ガンッ!
石壁が崩れる。
「……」
隠し通路が現れた。
「やっぱり」
その奥には――
大量の木箱。
「何だこれ?」
箱を開ける。
武器。
魔石。
保存食。
そして魔王軍の紋章。
「……」
ユウは黙った。
「侵入経路として使うつもりか」
王都の地下。
誰にも知られていない道。
しかも、すでに武器まで運び込まれている。
「これは、早く知らせたほうがいい」
ユウは来た道を戻った。
その頃。
王都の宿では。
「ユウが遅いな」
勇者が窓の外を見る。
「また仕事でしょ」
女魔法使いが本を読んでいる。
「地下水路の清掃だって?」
「そう」
「……」
勇者はため息をついた。
「俺たちが王都を守るために地下道を調べようとしてるのに、その本人が清掃員として先に入ってるってどういうことなんだ」
「本人は何も知らないんでしょうね」
「本当に?」
「たぶん」
二人は顔を見合わせる。
「……行ってみるか」
地下水路。
ユウが管理人のところへ戻ると――
「お疲れ様」
管理人が声をかける。
「少し問題がありまして」
「何だ?」
「古い区画に、武器が隠されていました」
「……」
管理人の顔が固まる。
「武器?」
「はい」
「そんなもの、あるわけ――」
「これです」
ユウが魔王軍の紋章入りの短剣を差し出す。
管理人は青ざめた。
「すぐに騎士団へ連絡する」
「お願いします」
しかし。
その直後。
――カチッ。
地下から音がした。
ユウが振り返る。
「……」
魔法陣。
壁に刻まれていた魔法陣が、淡く光っている。
「まずい」
「何だ?」
「これ、転移魔法です」
「転移?」
「誰かが今、こちらへ来ようとしてます」
管理人が叫ぶ。
「騎士団を呼べ!」
ユウは魔法陣を見つめる。
術式。
構造。
魔力の流れ。
大賢者の弟子だった前世の記憶が蘇る。
「……あと三十秒」
「何が?」
「来ます」
十秒。
二十秒。
三十秒。
魔法陣が強く輝く。
――ズンッ!
黒いローブの男が三人、転移してきた。
「……」
男たちが周囲を見る。
「ここは?」
その瞬間。
「こんにちは」
ユウがいた。
「……誰だ?」
「清掃員です」
「…………」
「ここ、立入禁止ですよ」
男たちは顔を見合わせた。
「殺せ」
一人が剣を抜く。
ユウはため息をつく。
「掃除中なんだけどな」
男が斬りかかる。
ユウはモップで受け止めた。
「……」
男が固まる。
「何だ、その棒は!」
「モップです」
次の瞬間。
ユウは相手の手首を叩いた。
剣が落ちる。
男の足を払う。
転ぶ。
「一人」
もう一人が魔法を放つ。
ユウは横へ飛ぶ。
火球が壁に当たる。
「火事になるのでやめてください」
「ふざけるな!」
魔法が連続で飛んでくる。
ユウは全て避ける。
狩人の反射。
剣士の身体感覚。
大賢者の魔法知識。
そして――
「そこ」
ユウは床の魔法陣を指差した。
「そこ踏むと爆発します」
「……何?」
男が一歩下がる。
――カチッ。
「……」
「踏みましたね」
ドォォォン!
「ぎゃああああ!」
地下水路に煙が充満した。
残りの一人が逃げようとする。
だが。
「逃げるなら、そっちじゃないですよ」
「何?」
「そっちは行き止まりです」
「……」
男は逆方向へ走る。
その先には――
勇者が立っていた。
「よう」
「なっ……!」
勇者の剣が閃く。
一撃。
男は倒れた。
「遅かったな」
勇者がユウを見る。
「仕事中でした」
「そうか」
女魔法使いもやってくる。
「また事件を見つけたの?」
「はい」
「あなたの仕事先、毎回どうなってるのよ……」
ユウは少し考える。
「運が悪いんですかね?」
「絶対違うと思う」
捕らえた男たちを調べる。
彼らは魔王軍の工作員だった。
目的は、地下水路から王都へ侵入すること。
すでに複数の転移陣を設置していた。
「つまり」
勇者が言う。
「君が見つけなかったら、王都に魔王軍が入り込んでいた」
「そうみたいですね」
「……」
勇者はユウを見る。
「本当に、偶然なのか?」
「はい」
「……そうか」
勇者は笑った。
女魔法使いが小声で言う。
「絶対、自覚ないわよ」
「俺もそう思う」
事件が片付いた後。
ユウは地下水路に戻った。
「さて」
「何するの?」
女魔法使いが聞く。
「清掃です」
「まだやるの!?」
「仕事なので」
ユウはモップを持つ。
床に散らばった石。
倒れた箱。
魔法陣の残骸。
「……」
勇者が苦笑する。
「手伝うか?」
「お願いします」
「俺、勇者なんだけどな」
「掃除は得意ですか?」
「……」
「分かりません」
「なら、雑巾を」
「はい」
こうして。
勇者。
女魔法使い。
そして名もなきバイト青年。
三人は地下水路を掃除していた。
数時間後。
王都の地下は、すっかり綺麗になった。
「終わりました」
ユウが満足そうに頷く。
勇者が腰を叩く。
「疲れた……」
女魔法使いもため息をつく。
「どうして私たち、魔王軍と戦った後に地下水路の掃除してるの?」
「バイトだから」
「それで納得するな!」
三人の笑い声が、地下水路に響いた。
だが――
その夜。
王城から緊急の鐘が鳴った。
――ゴォォォン。
――ゴォォォン。
王都全域に響く鐘。
勇者が窓を開ける。
「何だ?」
城壁の向こう。
王都の夜空に――
巨大な黒い魔法陣が浮かんでいた。
「……」
女魔法使いが顔を強張らせる。
「これ……王都全体を覆う魔法陣よ」
ユウも空を見る。
「……」
大賢者の弟子だった頃の記憶が、警鐘を鳴らす。
「これは……」
「知ってるの?」
「はい」
ユウは静かに答えた。
「都市を丸ごと封じ込める魔法です」
勇者が剣を握る。
「つまり……」
「王都から逃げられなくなる」
そして。
王都のあちこちで――
黒い影が一斉に現れた。
「魔王軍だ!」
叫び声が響く。
王都侵攻が始まった。
ユウはモップを壁に立てかけた。
「……」
そして。
いつものように求人票を探す。
「えっと……」
「今、仕事探してる場合じゃないでしょ!」
女魔法使いのツッコミが、王都の夜に響いた。




