第十六歩目 「戦場の掃除バイトと、英雄の帰還」
魔王軍本隊との戦いから三日。
国境砦には、ようやく静けさが戻っていた。
――ただし。
「……汚いな」
ユウ・タナカは、戦場跡を見渡していた。
折れた武器。
壊れた盾。
散らばった矢。
焼け焦げた地面。
そして、大量の瓦礫。
「これ、どうするんですか?」
砦の兵士に尋ねる。
「業者を呼ぶ予定だ」
「いつ?」
「一週間後くらいだな」
「遅いですね」
「戦争の後だからな」
ユウは周囲を見る。
「じゃあ、俺がやります」
「え?」
「掃除」
「君が?」
「はい」
こうして。
ユウ・タナカは――
戦場跡の清掃バイトを始めた。
「……」
兵士たちは呆れていた。
「普通、戦場跡を見て最初に『バイトしよう』って思うか?」
「仕事があるならします」
「そういう問題じゃないと思うんだが……」
ユウは壊れた武器を仕分ける。
使える物。
修理できる物。
完全に壊れている物。
魔法道具。
危険物。
「これ、触らないでください」
「何だ?」
「魔力が残っています」
ユウは慎重に箱へ入れる。
「こっちは鍛冶屋へ」
「これは?」
「溶かして再利用できます」
「……」
鍛冶屋の前世。
商人の前世。
掘削をしていた前世。
戦場を経験した前世。
全ての記憶が自然に役立つ。
そして。
「この地面、少し掘ったほうがいいですね」
「なぜ?」
「爆発物が埋まってます」
「……」
兵士たちの顔が青くなる。
「どうして分かる?」
「地面の硬さが違います」
掘ってみる。
そこには魔石を使った爆弾が埋まっていた。
「……」
「これは危ないですね」
兵士が震える。
「もし知らずに踏んでいたら……」
「たぶん、砦の一部が吹き飛びます」
「たぶんって……」
その頃。
勇者たちは砦の中で休んでいた。
「ようやく休めるな」
勇者が椅子に座る。
「そうね」
女魔法使いも疲れた顔で頷く。
「でも、ユウは?」
「たぶん外」
「やっぱり?」
二人で窓を見る。
遠くでユウが瓦礫を運んでいる。
「……」
「……」
「休まないのかしら」
「仕事があるからだろ」
「戦争が終わったばかりなのに?」
「本人にとっては仕事なんだろうな」
女魔法使いは苦笑した。
「不思議な子」
午後。
ユウは戦場跡から大量の武器を回収していた。
その中に一本の剣があった。
「……」
手に取る。
古い剣。
刃は折れている。
だが柄に刻まれた紋章を見て、ユウは動きを止めた。
「この紋章……」
前世の記憶。
剣聖の孫娘だった頃。
祖父から聞いたことがある。
かつて魔王を討った英雄が持っていた剣。
その一族に伝わる紋章。
「……どうして、こんなところに?」
折れた剣の柄の内側。
小さな文字が刻まれていた。
『英雄は、剣だけでは戦えない』
ユウはしばらく見つめる。
「……」
そして小さく笑った。
「知ってるよ」
剣を箱へ戻す。
その時。
「ユウ!」
勇者が駆けてきた。
「どうした?」
「指揮官が呼んでる」
「俺を?」
「ああ」
「何か仕事ですか?」
「……まあ、そんなところだ」
司令室。
指揮官がユウを待っていた。
「ユウ」
「はい」
「君に頼みたいことがある」
「何でしょう?」
「戦場跡の調査だ」
「調査?」
「魔王軍が撤退した後、いくつか妙な物が残されている」
地図を広げる。
「魔法陣。
地下通路。
それから、魔王軍が使っていた資材」
「分かりました」
「危険かもしれない」
「大丈夫です」
「……君は怖くないのか?」
「怖いですよ」
「そうは見えないな」
「怖いから確認します」
ユウは地図を見る。
「ここから調べましょう」
「なぜ?」
「地下に空洞があります」
「……」
まただった。
ユウは地面を確認しながら進む。
やがて。
「ここです」
土を掘る。
地下への入口が現れた。
「……地下施設?」
勇者たちも同行していた。
女魔法使いが魔法を灯す。
地下には大量の箱。
魔法石。
地図。
そして――
「これは……」
勇者が一枚の地図を広げる。
魔王軍の侵攻ルート。
次の攻撃地点。
「……王都だ」
女魔法使いが息を呑む。
「魔王軍は、次に王都を狙ってる」
指揮官が青ざめる。
「すぐに王都へ伝令を!」
ユウは地図を見る。
「……」
そこにはもう一つ。
王都への侵入経路が記されていた。
地下水路。
古い鉱山道。
廃棄された街道。
「この道……」
ユウには分かった。
前世で掘削をしていた奴隷の少年だった頃。
似たような地形を何度も見た。
「この地下道は、王都まで繋がっています」
「本当か?」
「はい」
「なら、魔王軍は地下から王都へ侵入できる」
「たぶん」
ユウは地図を見つめた。
「でも、逆に使えます」
「どういうこと?」
「この道を塞げばいい」
ユウは地図の一点を指した。
「ここなら、少ない人数でも封鎖できます」
勇者が笑う。
「じゃあ、次の目的地は決まったな」
「王都へ?」
「ああ」
ユウも頷く。
「じゃあ、俺も行きます」
「一緒に?」
「はい」
女魔法使いが笑う。
「もちろんバイト?」
「はい」
「何の?」
ユウは少し考えた。
そして。
「……土木作業員ですかね」
「またそれ?」
翌朝。
勇者たちは王都へ向けて出発した。
ユウも荷馬車に乗る。
戦場跡で拾った道具。
シャベル。
ロープ。
つるはし。
そして大量の食料。
「……」
勇者が荷台を見る。
「君、何でそんなに道具を持ってるんだ?」
「仕事に必要なので」
「王都に帰るだけだぞ?」
「地下道を塞ぐんですよね?」
「……そうだった」
女魔法使いが笑う。
「本当に便利なバイト君ね」
馬車が走り出す。
ユウは後ろを振り返った。
国境砦。
戦場。
そこで支えた兵士たち。
そして――
誰にも知られない自分の仕事。
「……」
ユウは少しだけ笑う。
英雄たちは前を進む。
自分は、その後ろを歩く。
それでいい。
そう思っていた。
だが。
馬車の中で、勇者がぽつりと言った。
「なあ、ユウ」
「はい?」
「俺たちの旅に、ずっとついてこないか?」
ユウは目を丸くした。
「……」
女魔法使いも勇者を見る。
「それ、本人に言うの?」
「駄目か?」
「いや……」
ユウはしばらく考えた。
「ありがとうございます」
「じゃあ――」
「でも、バイトがあるので」
「……」
「旅にずっと同行するのは難しいです」
勇者は笑った。
「そうか」
女魔法使いも笑う。
「まあ、あなたらしいわ」
馬車は王都へ向かって進んでいく。
その途中。
ユウは一枚の求人票を見つけた。
『王都地下水路・清掃作業員募集』
「……」
ユウは立ち止まった。
「地下水路か」
求人票を剥がす。
「これならちょうどいい」
勇者が振り返る。
「……」
女魔法使いも振り返る。
「……」
三人の視線が重なる。
「どうしたんですか?」
「いや」
勇者が笑った。
「何でもない」
そしてユウは知らない。
その「地下水路清掃」の仕事こそ――
魔王軍が王都へ侵入するために使おうとしている地下道へ、最も近づける仕事だったことを。
本人にとっては。
ただの新しいバイト。
英雄たちにとっては。
王都を救うための、最後の準備だった。




