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全前世でモブだった俺、今世も英雄の後ろで暗躍します  作者: まーサンタ
モブバイト編

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15/26

第十五歩目 「炊事場のバイトと、英雄の晩餐」



 魔王軍本隊が国境砦へ向かっている。


 その報告から、砦は一気に慌ただしくなった。


「兵士の数は?」


「推定、一万以上!」


「一万……」


 指揮官が唸る。


 対する国境砦の兵士は、およそ二千。


 正面からぶつかれば、勝ち目は薄い。


 勇者たちも作戦会議へ呼ばれていた。


 そしてユウ・タナカは――


「今日から炊事場を手伝ってくれ」


「はい」


 炊事場にいた。


「……」


 大戦前。


 砦中が緊張している。


 なのにユウは鍋をかき混ぜていた。


「何人分ですか?」


「二千五百」


「多いですね」


「兵士だけじゃない。負傷者や避難民もいる」


「分かりました」


 ユウは袖をまくる。


「じゃあ、作り方を変えましょう」


「え?」


「このままだと食料が三日でなくなります」


 炊事係が驚く。


「そんなに?」


「はい」


 ユウは倉庫へ向かった。


 食料を確認する。


 小麦。


 豆。


 干し肉。


 野菜。


 塩。


「これなら十分です」


「十分?」


「一週間くらい」


「本当に?」


「少し工夫します」


 前世。


 料理人だった人生もある。


 商人だった経験もある。


 農夫だった経験もある。


 漁師だった経験もある。


 食材を無駄なく使う。


 保存性を考える。


 大量に作る。


 栄養を偏らせない。


 ユウは手際よく指示を出した。


「豆は先に煮てください」


「肉は細かく」


「野菜は葉まで使えます」


「小麦はパンだけじゃなく、団子にしましょう」


「水はこの鍋にまとめて」


 炊事係たちは必死についていく。


「……すごい」


 一人が呟いた。


「これ、本当に同じ材料か?」


 完成した料理は、簡素ながら温かかった。


 豆と野菜のスープ。


 細かく刻んだ干し肉。


 焼いたパン。


 そして――


「これは?」


「魚です」


「魚?」


「昨日、川で獲りました」


「いつの間に!?」


「朝、少し時間があったので」


 ユウは何事もなかったように答えた。


 兵士たちに料理が配られる。


「……うまい」


「温かい飯なんて久しぶりだ」


「もう一杯くれ!」


 疲れ切っていた兵士たちの顔に、少しずつ笑顔が戻る。


 炊事場の責任者がユウを見る。


「君、本当に何者なんだ?」


「バイトです」


「それは分かったから!」


 その頃。


 作戦会議室。


「魔王軍本隊は明日の朝には到着する」


 指揮官が地図を広げる。


「正面から受ければ砦は持たない」


 勇者が言う。


「なら、俺たちが敵将を倒す」


「それしかない」


 女魔法使いが地図を見る。


「でも、一万以上の軍勢を突破するのは難しいわ」


「俺たちだけならな」


 勇者が言った。


「砦の兵士たちが支えてくれるなら、可能性はある」


 その時。


 扉が開いた。


「失礼します」


 ユウだった。


「どうした?」


「夕食ができました」


「……」


 作戦会議室に沈黙が落ちる。


「夕食?」


「はい」


「今?」


「冷めるので」


 女魔法使いが頭を抱える。


「あなた……」


「はい?」


「この状況で食事の心配?」


「大事ですよ」


 ユウは真顔だった。


「明日、戦うなら食べておいたほうがいいです」


 勇者は少し笑った。


「そうだな」


「では、どうぞ」


 その夜。


 勇者たちは砦の食堂で食事を取った。


 兵士たちも同じ料理を食べている。


「……うまいな」


 勇者が呟く。


「でしょう?」


 ユウが答える。


「君が作ったのか?」


「みんなで作りました」


「そうか」


 勇者はスープを飲む。


「明日、勝てる気がしてきた」


「それならよかったです」


 女魔法使いがパンを食べながら笑う。


「あなた、戦場で料理まで作るのね」


「料理は得意なので」


「前世?」


「はい」


「もう聞かない」


 女魔法使いは笑った。


 その夜。


 砦のあちこちから、兵士たちの声が聞こえていた。


「明日は負けないぞ!」


「勇者様がいる!」


「俺たちも戦う!」


 ユウは炊事場の片隅で食器を洗っていた。


 ふと。


 手が止まる。


「……」


 前世では。


 何度も戦争を見た。


 戦ったこともある。


 だが、どの人生でも。


 自分は名もなき一人だった。


 誰かが戦っている横で。


 食事を作った。


 武器を直した。


 道を作った。


 薬を渡した。


 荷物を運んだ。


 それでも歴史には残らなかった。


「……今世も同じだな」


 ユウは小さく笑った。


 翌朝。


 地平線が黒く染まった。


 魔王軍。


 一万を超える大軍。


 太鼓の音が響く。


 砦の兵士たちが武器を構える。


「敵軍、接近!」


 勇者が剣を抜く。


「行くぞ!」


「はい!」


 女魔法使いが杖を構える。


「絶対に生きて帰るわよ!」


 ユウは炊事場へ戻る。


「……」


 鍋を確認する。


「昼の分、準備しておこう」


「今から?」


「はい」


 炊事係が笑う。


「戦いが始まるぞ」


「だからです」


 ユウは火を起こす。


 城壁の上では、戦いが始まった。


 矢が飛ぶ。


 魔法が炸裂する。


 魔物の咆哮が響く。


 勇者が敵陣へ突っ込む。


「――行くぞ!」


 そして。


 数時間後。


「食事だ!」


 砦中に声が響いた。


「飯だぞ!」


 兵士たちが戻ってくる。


 傷つき、疲れ切った兵士たち。


 それでも温かい食事を口にする。


「……まだ戦える」


 誰かが呟いた。


 その声が、少しずつ広がる。


「まだ戦える!」


「もう一度行くぞ!」


「勇者様を援護しろ!」


 兵士たちが立ち上がる。


 その光景を、ユウは遠くから見ていた。


「よかった」


 ただ、それだけ。


 だが――


 戦場の最前線では。


 勇者が一人、膝をついていた。


「……くっ」


 目の前に立つのは。


 魔王軍の幹部。


 漆黒の鎧をまとった巨大な戦士だった。


「勇者よ」


 低い声が響く。


「ここで終わりだ」


 勇者は剣を構える。


「まだだ!」


 そして――


 ユウが作った剣と、魔王軍幹部の剣がぶつかった。


 ――ガキィィン!


 激しい衝撃。


 勇者の剣が、わずかに光る。


 幹部が目を見開いた。


「その剣……」


 勇者は知らない。


 その剣を作った鍛冶職人も。


 その素材を見つけた少年も。


 歴史には残らない。


 ただ一人。


 炊事場で鍋をかき混ぜる少年がいる。


 そしてユウは――


「……頑張れ」


 誰にも聞こえない声で呟いた。


 自分が英雄になる必要はない。


 英雄が前を向いて戦えるなら。


 それでいい。


 その時。


 城壁の上から伝令が叫んだ。


「敵軍、後退!」


「勝ったぞ!」


「勇者様が魔王軍幹部を倒した!」


 歓声が砦を包む。


 ユウは鍋の蓋を閉じる。


「……」


 そして。


「じゃあ、片付けよう」


 誰にも気づかれない場所で。


 今日もまた。


 一人のモブが、英雄の背中を支えていた。

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