【第二章 白い風】第七話 世界の端
電車は、暗いトンネルの中を走っている。
窓には、自分の顔と、向かい側に座る人たちの顔が重なっている。
目を閉じた男。
鞄を抱えた女。
画面を指で送り続ける学生。
トンネルの灯りが通るたび、いくつもの顔が現れ、また暗さへ戻っていく。
誰も、群れ全体を見ていない。
それでも列車が曲がると、身体は同じ側へ傾く。
戻るときは、それぞれ少し違う速さで戻る。
昔、御堂筋を歩きながら、目に入るものを全部見ようとしたことがある。
すれ違う人。車の流れ。信号。ビルの窓。その向こうの空。
一つも取りこぼさずに見ようとすると、世界は急に広がり、頭の中に収まらなくなった。
宇宙を考えるときも、似ていた。
地球の外へ。太陽系の外へ。銀河の外へ。
反対に、身体の内側へ。細胞の中へ。さらに小さなものへ。
遠くへ行っても、深く降りても、同じところで息が浅くなる。
そこが、自分に見える世界の端なのだと思っていた。
列車が小さく揺れた。
吊革が一斉に傾き、金属の輪が白い光を返す。
戻りかけた輪の一つだけが、ほかとは違う向きに半回転し、ゆっくり同じ列へ戻った。
向かいの男が、眠ったまま長く息を吐いた。
その隣の女が、少し遅れて息を吸う。
自分も吸う。
考えることをやめると、呼吸だけが残った。
広すぎるものも、深すぎるものも、いまは胸の中を通り抜けていく空気と同じだった。
全部を見ることはできない。
全部を理解することもできない。
それでも、見えないところから届いた息を受け取り、別の息にして返すことはできる。
窓の中で、重なっていた顔が少しずつほどけていく。
次の駅の灯りが近づく。
世界の端だと思っていた場所に、白いホームが現れた。




