【第二章 白い風】第六話 閉店の鏡
店を出る。
エレベーターの扉が閉まり、鏡の中に自分の顔が浮かぶ。
疲れている。
目の下に、薄い影がある。
それでも、前ほどその顔が嫌ではなかった。
きれいに整っていなくても、今日をここまで運んできた顔だった。
地下へ降りる。
さっきまで開いていた店のシャッターが、ゆっくり下りている。
金属の擦れる音が、長い通路を進んでくる。
まだ灯りのついた菓子屋では、店員がトングを拭いている。
清掃用の機械が低く唸り、キャリーケースの車輪が乾いた床を刻んでいく。
昼間は一つに聞こえていた地下街の音が、夜になると分かれて聞こえる。
閉じる音。
片づける音。
帰っていく音。
自分の靴音も、その中に混ざっていた。
ガラス張りの店の前を通る。
暗くなったガラスに、自分の姿がもう一度映った。
エレベーターの鏡より、少し遠い。
白い通路の中を、一頭の牛が歩いている。
立ち止まる。
鏡の牛も立ち止まる。
けれど、その背後では、閉じた店の灯りが一つずつ消え、暗くなった通路が少しずつ奥へ伸びていく。
地下街は眠ろうとしているのではなかった。
人の少なくなった空間で、昼よりもゆっくり息をしていた。
ホームへ下りる。
電車はまだ来ていない。
ベンチの男が顔を上げる。
スマホを見ていた女が、一歩前へ出る。
眠そうな学生が、鞄を持ち直す。
群れの中に、目には見えない合図が通った。
風が来る。
人々が少しずつ位置を変え、その間にまた細い道が生まれる。
少し遅れて、光が来る。
電車がホームへ入ってきた。
開いた扉から、人が降りる。
誰も声をかけない。
それでも、道は少しずつ譲られていく。
最後の一人が降りると、待っていた人たちが流れ込む。
自分も、その流れの中へ入った。
ドアが閉まり、窓が鏡になる。
そこに映る顔は、さっきより少しだけ遠く、少しだけ柔らかく見えた。
列車が動き出す。
通路に生まれた細い道は、もう見えない。
それでも、地下のどこかで、まだ続いているような気がした。




