【第二章 白い風】第五話 高級な草
女の子が、焼き菓子を半分に割った。
青かびの匂いが、蜂蜜の甘さに遅れて広がる。
「これ、やっぱり不思議ですね」
「何が?」
「甘いのに、少し苦い」
割れた断面を見ながら、女の子が笑う。
「嫌い?」
「嫌いじゃないです」
そう言って、もう半分を口へ運ぶ。
甘さだけなら、もっと分かりやすい。
けれど、舌の奥に残る塩気と苦さが、甘さを長くしている。
「疲れてる時って、甘いものが食べたくなりますよね」
「牛みたいだな」
「牛?」
「草を探してる」
女の子が、しばらくこちらを見た。
それから、手にした焼き菓子を少し持ち上げた。
「じゃあ、これが草ですか」
「そうかもしれない」
「高級な草ですね」
二人で笑った。
笑い終えると、店の音が戻ってきた。
奥の席の会話。グラスがテーブルへ置かれる音。低く流れている音楽。
女の子の笑顔にも、眠気が混ざっている。
客に草を運ぶ牛も、自分の草を探しているのだろう。
休める場所。
息を深く吸える時間。
名前をつけなくても、隣にいられる誰か。
何があれば満たされるのかは、誰にも分からない。
女の子が水を飲む。
透明なグラスの中で、氷がゆっくり向きを変える。
「でも、甘いだけより好きかも」
「苦いのに?」
「苦いから、かもしれません」
その言葉は、店の音楽よりも小さく、しばらく空気の中に残っていた。
女の子が、残った半分をこちらへ差し出す。
「草、食べます?」
受け取ると、指先にわずかな温度が残った。
同じものを食べても、同じ味になるとは限らない。
それでも、二頭の牛が一つの皿を挟んでいる。
その間を、甘さと苦さの混じった匂いが、ゆっくり通り抜けていった。




