【第二章 白い風】第十話 光の川
歩き続ける。
夜の街は、さっきより静かになっている。
車の数が減り、信号の変わる音だけが広く聞こえる。
遠くで救急車のサイレンが鳴る。
近づき、ビルの間を抜け、また遠ざかっていく。
誰かの夜が、その音と一緒に運ばれている。
歩道橋を上がる。
橋の中央で立ち止まり、下を流れる車を見る。
こちらへ来る白い光。
向こうへ去る赤い光。
二つの流れは交わらず、それでも同じ道路の上を絶えず入れ替わっている。
少し先で、作業着の男が手すりにもたれている。
煙草を吸うでもなく、電話を見るでもない。
ただ、下を流れる光を見ている。
追い越そうとしたとき、男が小さく息を吐いた。
白い息ではない。
目には見えない。
けれど、その息が夜風に加わり、こちらの頬を通ったように感じた。
地下で柔らかくなった輪郭は、まだ元へ戻っていない。
以前なら、早く自分の形へ戻らなければと思っただろう。
崩れないように。弱く見えないように。誰にも入り込まれないように。
けれど今夜は、少し違う。
輪郭は、守るための壁ではなく、息を通す薄い膜なのかもしれない。
街路樹が揺れる。
濡れた葉の匂いが橋の上まで届く。
男のシャツの裾も、自分のコートも、同じ風に少しだけ持ち上がる。
下では、白と赤の光が流れ続けている。
時間も、あの二つの川に似ていた。
過ぎ去るものと、これから来るもの。
その間に立っている今だけが、歩道橋の上で短く息をしている。
男が手すりから身体を起こし、階段へ向かった。
自分も少し遅れて歩き出す。
二人のいた場所を、夜風が何もなかったように通り抜けていった。




