其の三十 「葬儀場」
神八代祝人は搭乗していた。
彼は某県に住む叔父の葬儀のため飛行機で向かうところだった。
祝人が小さい頃からとても可愛がってくれ、会いに行くといつもパチンコに連れて行く北島三郎似の叔父だった。
彼は最期の別れをしに飛行機乗った。
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『葬儀場』
叔父の葬儀の場所は空港から降りて車で2時間ほど走ったところにある◯◯というところだった。
◯◯といえば、少し前にニュースでよく聞く地名だった。とてもひどく凄い田舎だ。
「よぉ祝人。遠くからご苦労さん」
声をかけてきたのは叔父さんの娘婿、つまり従姉妹の旦那にあたる中井さんだった。
「ああ、ども。中井さんもお疲れさん」
娘婿なのに人柄と行動力で何故か葬儀を取り仕切っている中井さん。俺の友人の元彼だったのは従姉妹と結婚して5年も過ぎたあたりで初めて知った笑。
「夜になったら面白い話あるよ」
俺はピンときた。
「後で教えてもらうわ」
長い夜になりそうだ。
「祝人、お父さんいなかった?」
叔父さん子だった従姉妹が俺に尋ねるが、いまの俺はほとんどお化けを見ることはない。
「見えるかなぁって思ったけど全然」
ただ俺は久々に感じた。
葬儀中、両肩だけに突然寒気が走った。まるで、両肩に手をかけられたように。
パチンコで大当たりすると、
「祝人!確変じゃねぇか!10連な、10連!」
と無茶な要求とともに両肩に手を置きニッカリと笑う叔父の顔が思い出された。
「さっきの話って何?」
俺はようやくひと段落ついて酒を飲んでいた中井さんを捕まえてそう切り出した。
彼は手招きして俺を窓まで連れて行く。
ガラリと開けるとキーンとした空気が肌に触れた。
「あれ、あのガソリンスタンドあるしょ。あの手前」
すぐそばにガソリンスタンドの看板がある。ネオンはすでに消えている。
その手前に信号機。
「あそこが事故現場」
マジ???めっちゃめちゃ近いんだけど!
葬儀会場から目と鼻の先だった。
「で、あそこ。あれを左に曲がったとこ」
ガソリンスタンドとは反対側を指差す。
「あそこが引きずられた人が見つかった場所」
暗くて寂しそうな場所だった。
「あの事故の被害者の葬儀、ココだったたんだって」
田舎町のため、葬儀できる場所は限られている。遺族も事故現場から目と鼻の先のココで葬儀するのは嫌だったろうな。
「で、その葬式にうちの職場の人が行ったんだよ。狭い街だから誰かは繋がってるんだよね」
3人か4人ほどあの事故で亡くなっているはずだった。1人でも、何歳でも葬式は悲しい。なのにまだ若く、しかも複数人の葬式なんて悲惨以外の何者でもない。
「葬式の後ここに泊まったんだって。遺族と一緒に。そしたら、ロウソクは何度つけても消えてるし何時間も保つはずの線香が2時間で燃え尽きるし、終いには窓ガラスがバンバン誰か叩いたようになったんだって」
葬式でたまに聞く不思議現象。ある程度は科学的根拠で説明できてしまう現象ではある。
「けど、その窓ガラス叩いたのが、外からじゃなく中側からだったんだよ。外窓じゃなく内窓が叩かれてたんだって」
つまり外から入ってこようとしたわけじやなく、中側から外に出ようとしたわけだ。
「職場の人が窓開けたら風がフーって中から外側に向かって吹いたらしくて、それから怪奇現象がビタッと止まったって行ってた。てことはさ、次の日には供養する魂はココにいなかったのかな?」
「そうかもしれないね。その場にいなかったからなんとも言えないけど」
「犯人のところに行ったのかなぁ?」
「いや、それは違うと思う。確か1人だけ生き残ったよね?」
家族のうち1人がまだ病院に入院しているはずだ。その人は、家族が亡くなったことを知らされているのだろうか?
「ちょっと外出てくる。車貸して」
「え?行くの?」
「何もしないよ。もうできないし。ただ行くだけ。それに多分、いないし」
俺はスウェットにコートを着ただけの格好で外に出た。車内に付いていた気温を確認すると−8℃だった。
「さみぃ…」
エンジンをかけて車を走らせる。事故現場にはすぐ着き車を降りる。
現場には花は備えられていなかった。良かった。俺は道端に備えられた花を見ると悲しくなる(其の二十二『事故現場』参照)。
思った通りそこにはお化けも無念さも何も感じない。まぁ今の俺はほぼ何もわからないんたけどね。
車に乗り込みもう1つの場所に向かう。
この道を引きずられてたのか…。
怖いとか助けてとかより、ただただ痛かったんじゃないのかな?と想像する。
そこは車から降りることなくただ通り過ぎた。
葬儀場の駐車場に戻りタバコに火をつける。
死ぬってことは、なんだろう?
それは宗教によって様々な解釈をされる。
現世の苦痛から解き放たれ、極楽浄土に行くことだから悲しむことはありません的な事を教える宗教もある。
死は無である。死後の世界を語るのは生者のみであり、知るすべのない死という漠然とした恐怖に意味を付けたいだけの思想であるという哲学もある。
どっちも正しい。しかしどっちも間違っている。
だとしてもだ。
やはり人の死は悲しい。
受け入れ難い。
現に俺はこの時まだ叔父の死を実感できていなかった。お棺の蓋を開け叔父の顔に触れると決して生きている者では体感できないほどの冷たさだったし、呼吸をすることも目を開くことももちろんなかった。けど血色の良いその顔は、ただ眠っているだけのように見えた。俺はまだ叔父の死を受け入れることができていなかった。
死がもたらすものの全ては、その人の記憶や感情だと思う。
俺の記憶の中の叔父はいつも笑っていた。
確かによく笑う人だったが、悲しい顔だって見たことがあるし怒った顔も見たことがある。なのに思い出されるのは優しくしてくれた時に見せる笑った顔なのだ。
都合が良いよな、と少し自己嫌悪にもなる。
けどそれも違うのもわかっている。ただそうやって、叔父が死んだということを実感できていない現実を似たような感情で昇華させているだけのセンチメンタリズムにすぎない。
「最期のお別れです」
視界が献花を促す。俺の周りはもう中井さんをはじめ叔母さんや従姉妹や叔父さんの孫たちが泣きじゃくっていた。
籠から花を取り棺の中に向かう。
棺の中には叔父さんと、孫たちが折った鶴や写真、気に入っていた背広、タバコやキーケースなどと一緒に見覚えがある小銭入れが胸の上に置かれていた。
俺がタイに行った時、叔父さんのお土産に買って来たワニ革の小銭入れ。色はあせていてお世辞にも綺麗とは言えないその小銭入れはあちこち糸がほどけ、ボタンも閉まらないのか半開きになっていた。
俺はその時やっと泣くことができた。
何度拭っても後から後から静かに涙が流れるので拭うことを諦めた。
天井を見上げる。
それでも涙は溢れてくる。
周りから聞こえてくる嗚咽が俺をより一層悲しくさせた。




