其の三十一 『異質な心霊写真』
神八代祝人は困惑していた。
久しぶりすぎてココをどんな風に書いていたのかすっかり忘れてしまっていた。
しかし困惑はそれだけにとどまらない。
もう何年も更新していないというのにこの『ゆるふわ』も毎日そこそこの閲覧数がある。
とてもありがたい話である。
神八代祝人は思った、一体読者はどんな怪談話を求めているのだろう?と。
そしてアクセス解析の部分別を見て驚愕する。
ほぼ毎日、同じ話が閲覧されているのだ。
其の話とは『其の二十七 色情霊』…。
やはり怖い話よりもエロい話の方が閲覧数を稼げるんだな、と思う神八代祝人であった。
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『まばたき』
※この話は数年前の話であり最近のものではありません。
見て欲しいものがある、ともう何年も会っていなかった知人から呼び出されたのは街中にある昭和の香り漂う喫茶店だった。
てっきりその知人だけが来るのかと思ったが1人の男性を伴って待ち合わせ場所に現れた。
「ごめん、待った?」
「…いえ」
そっけない返事になってしまったのはその知人と久しぶりに会うからだけではない。
そもそも彼女を『友人』ではなく『知人』と称するのは、会わなくなって久しいほどにさほど仲が良いわけではなかったからである。
友人の友人、程度の知り合い。
連絡先も教えてはいなかったが、今回の件のために共通の友人から教えてもらったらしい。
友人よ、個人情報っ!!!!!
「紹介するね、こちら白川弘務さん」
「賭け麻雀で辞任した?」
「?」
「いえ、人違いでした。なんでもないです」
「相変わらず変な人ね」
久しぶりに会って変な人呼ばれるほど仲良くは無いと内心思ったが口に出すほどバカではなかった。
顔には出ていただろうが。
「白川です、はじめまして」
「…どうも」
そっけない返事になってしまったのは祝人が重度の人見知りだからではない。
この喫茶店に入って来た時から感じていたこの男の雰囲気がやけに禍々しかったからだ。
まだよくわからないがこの人は『良くない』、あまり深く関わってはいけない。
本能がそう教えてくれた。
「実は見て欲しいものがあって、、、」
お断りしたいと思った。
というか一刻も早くここから立ち去りたかった。
「これなんだけど」
祝人が返事をするより先に男は大きな茶封筒をテーブルの上に置いた。
祝人には見える。
その封筒からうっすらと黒い湯気のようなものが立ち上がっているのを。
「中にはなにが?」
興味などではない、あくまでこれは警戒のためである。
「写真なんだけど…実家の」
「写真…ですか」
写真、それもこの男の実家の…。
激しくどうでもいいと思ったその瞬間
カサッ
とわずかに茶封筒が動いた。
男が顔を食い入るように祝人の表情を伺っているのがわかったがあえて微動だにせず視線も合わせなかった。
「それで?」
「それで、とは?」
質問の意図がわからないのだろうか?
初めて会う人にいきなり実家の写真を見てくれと言われたらこの男はノリノリで見るのだろうか?
「いえ。じゃ拝見します」
手にとる瞬間カサッとまた動いたが気にも留めず茶封筒から写真の束をゴソッと取り出す。
「ほぉ笑」
思わず笑みが溢れた。
2枚目、3枚目と見るたびに祝人の口角があがる。
「これ、どちらですか?」
「どちら、とは?」
「この家のある場所は?」
「あぁ、○○県にある△△という田舎です」
「△△温泉のある?」
「そう。良く知ってるね」
その温泉には1度だけ行ったことがある。
すべての旅費は出すからと姉弟子にあたる人とその温泉に泊まったことがあった。
無論、目的は心霊スポット巡りであったのは言うまでもない。
「そうですか、△△ですか笑」
100枚以上はあった写真を全て見終えた祝人は茶封筒に戻すと満足げに笑った。
心霊写真は大好物で数多の写真を見て来た祝人であったがこういったタイプのものを初めて見た興奮からであった。
「で、どうして俺に見て欲しかったのでしょう?」
「わからない?」
とても残念そうに男の口が曲がった。
わからない?だと?
わからないわけないだろう。
いや、正確に言えばわからない。
わからないが男のさしているものが『写真の奇妙さ』のことを言っているのであれば十二分によくわかる。
これは持ってていい類の心霊写真ではない。
「なにも語らず全てこちら任せにするのやめてもらえますか?試されてるみたいであまり気分が良くないです」
どうせ仲良くなる気もない2人なら多少礼節から外れても良い、と考える祝人の性格はあまり良くない。
無論祝人自身も自覚している。
バッサリと斬ったことで初めて男は歳下である祝人に多少の敬意を払いはじめた。
「すみませんでした。実はその写真に写っている実家を取り壊して二世帯住宅を建てようと考えてまして…。」
「私達今度結婚するの。この人実家に戻って農家を継ぐっていうから私もついて行くんだ。それで二世帯住宅なの」
この知人の女性の話には何ひとつ興味を持てなかった。
「見ての通り古い家ですが思い出もあるので写真に残そうと思って撮ったんです。そしたら…」
その先は言わない。
まぁ今回はズルいとは思わない。
表現のしづらい事だからと受け取った。
「失礼ですが、、、いや…何でもないです」
「「?」」
知人がいる前ではあまり聞くことではないと察した祝人は珍しく空気を読んだ。
カサッ
茶封筒が鳴る。
その度に知人はビクッと肩を上げる。
諦めた祝人は覚悟を決め茶封筒から写真を数枚取り出しテーブルの上に並べ残りを戻した。
一応さっきめぼしい写真は上の方に仕込んでおいたのだった。
そして爪楊枝を一本取り出し、玄関から居間へと続く廊下が写っている写真の一部分を指した。
「これ、見えますか?」
「なんか…人の顔に見えますね」
正解。
「次はこれ」
「テレビの上になんていうか…ロウソク?みたいなものが…」
正解。
「じゃあこれは?」
「写真全体が赤いですよね?」
それは物があまり置かれていない殺風景な部屋を写した写真だった。
和室に似合わないベッドとコートなどを吊り下げるハンガーラックがある以外は段ボールが何個か置かれているだけの、他人からすれば何の興味も持てないつまらない写真。
だが祝人はこの写真が1番面白いと思った。
「ちょっと電話してきます。少し待ってて下さい」
「え?あ…はい」
祝人は携帯だけを持って喫茶店の外に出た。
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姉弟子の助言通り知人だけ人払いをし祝人は男と対面する。
男は1人になったことで安堵すると同時に緊張しているのが祝人にも手に取るようにわかった。
「先程『わからない?』と聞かれましたが同じことを質問します。あなた、どうしてこんな写真が撮れたか本当にわからないんですか?」
安堵より緊張が濃くなる。
男は頼んでいたアイスコーヒーを飲もうとしたがグラスには氷しか入っておらず喉を潤すことはできなかった。
それが答えだと思い祝人は男に答える間を与えず次の質問をする。
「今回で2度目ですか?」
それは婚姻歴を意味する。
「はい」
「その事は?」
「いずれ折をみて…」
卑怯な奴だと思った。
あとで共通の友人に聞いたところ2人はお見合いパーティーで知り合ったそうだ。
大方バツがついていては敬遠されると思い詐称したのだろう。
「…あの人、妊娠してます?」
「………はい。それが結婚するきっかけにはなりました」
1番手っ取り早い結婚理由ではあるかもしれない。
だが祝人はこの男のことを心底嫌いになった。
「………想像妊娠、だったんですか?」
男は安堵でも緊張でもない表情を浮かべた。
驚愕、もしくは戦慄…とでもいうのだろうか。
顔がみるみると白くなり、『あぁ、青ざめるって本当に顔が青くなるわけじゃないんだな』と祝人は他人事のようにそれを見ていた。
「なんでわかるんですか!」
「なんでって…。見えるんだから仕方がないですよね」
写真の束を見せられてから祝人は1つの答えを持っていた。
それが当たっているか外れているかは別として。
だがどうやら当たりだったようだ。
こんな男のせいで、と思うと思わず同情したくなる気持ちをグッと堪えた。
「写真に写っているおかしなものは全部1人の女性がもたらしてるものです。あなたの前の奥さんですよ」
男は何も答えない。
都合の悪い時に喋らない奴は世の中に多々いるが祝人はあまり好きではない。
「あなたとあなたの母親から子どものプレッシャーあったんじゃないですか?それもかなり厳し目の」
「そんな!そこまでじゃないですよ。結婚したら子供が欲しいと思うのは当たり前じゃないですか?」
「おそらくですけど、いろいろ検査とかさせたんじゃないですか?」
「そりゃしますよ。4年経っても子どもが出来ないなら体に異常がないか診てもらうのはそんなに変なことですか?」
異常、という言葉を使う男により嫌悪感が増す。
この男に情けなんていらないと思った。
幸い怨みの対象はこの男でも姑でもないので怨み返しの心配をすることもない。
「信じるか信じないかは別にして、、、」
「さすがにそこまで言い当てられたら信じますよ笑」
苦笑いでも今するべき時じゃねぇだろう。
「子どもが出来づらかったのはあなたに水子が憑いてるからですよ」
「え…」
「ご自分でわかると思いますが、一体二体じゃないですからね」
「そんな………嘘でしょ?」
「あれ?信じるんじゃなかったんですか?信じないというのならもうお話しする事はないです」
「いや待ってください!」
祝人は飽きていた。
数分後にはもう2度と会うこともない人に時間もエネルギーも割くなど馬鹿げている。
祝人は終わらせにかかった。
確信部分は伏せたままに。
「前の奥さん相当精神的に追いやられたんでしょうね、想像妊娠するほどまでに。で、あなた方は喜んだ…けど実際妊娠はしていなかった。その反動であなた方がどんな言葉を浴びせたのかは別に興味ありません。これはあくまで憶測ですがそれを機に離婚したんでしょう、あなたの方から。これも想像ですが一方的に」
沈黙が返答だった。
「一般的に赤い心霊写真は霊体の怒りを表してると言われています。この写真…この部屋は以前夫婦の寝室でしたよね?」
カサッ
男の代わりに茶封筒が返事をする。
「あなたに迷惑はかけません。だからお話ししてもいいですか?」
男は俯いていた顔をあげた。
だが祝人と視線が合う事はなかった。
茶封筒は何も語らない。
だが不思議とそれこそが意思なのだと思った。
「少々鈍いあなたにもわかりやすく言うとですね、コレ、呪いです」
わかりやすく伝えようとしたため若干誇張した。
悪気があったわけではない、純粋に性格が悪いのだ。
「あいつの…ですか?」
「他にいるんですか?あなたなら他にいるかもしれませんがこの写真だけではちょっと判断つきかねます」
ギロリと睨まれた。
だが不快に感じた祝人が睨み返して舌打ちすると男の眼光はみるみると鈍っていく。
「でも前の妻は生きてます…。生霊ってやつですか?」
「そっすね」
もう祝人はフランクだ。
「怨み返しってあるじゃないですか?それをしたら俺に憑いてる呪いはとれますか?」
無駄な知識持ちやがって、と祝人は思った。
「ケースバイケースだけど、今回は無理っすね」
「どうして!恨みが強いから?」
「強いね。どれくらいかというと、、、」
祝人はあの赤い写真を手に取り男に渡す。
「よく見て。よ〜〜〜く見てみ」
写真と祝人に何度か視線を巡らした後、男はジーッと写真を見ていた。
1分ほどでようやく心霊写真の特異さに気付いたようだった。
それは数多の心霊写真を見てきた祝人でも初めて目にするほど珍しいものだ。
「なんか………一瞬だけ写真が真っ黒になる…」
「そっすね。それだけ強い念って事っすね」
「これは…なに?」
「なにって、いま自分でもしてるじゃないっすか」
男は意味が分からないとばかりに目をパチクリとする。
「そう、それ!」
「それ?それって?」
「だからそれだって」
「それって………まばたき?」
「はい正解!その写真、まばたきしてんの」
男は一度写真に目を落としたあと、汚いものでも触ってたかのようにそれをテーブルの上に投げ捨てた。
「趣味でしこたま心霊写真見てきたけど写真がまばたきしてんのなんて初めてっすよ笑」
「なにがそんなにおかしいんだ!(虎の目)」
「面白ぇからだよ(試合前の吉田沙保里の目)」
祝人は投げ捨てられた写真を茶封筒の中にしまう。
出来るだけ優しく、出来るだけ労わるように。
「さっき怨み返しが無理って言った理由は厳密に言えば人に憑いてるわけじゃないからっすよ」
「俺に憑いてるわけじゃない?」
男は安堵す。
祝人はその安堵を真っ二つに切り裂きたかった。
「人に憑いてるわけじゃなく、もっとめんどくさいものに憑いてるから怨みは返せない」
「もっとめんどくさいものってなんだ」
「教えてほしい?」
「そりゃそうだろ」
「ならちゃんと頼んでくださいよ。頭下げてちゃんと『お願いします』って」
説明しよう。
神八代祝人は性格が悪いのだ!
「お…お願いします…」
「いやです」
「くそうっ!」
祝人は席を立つ。
何度でも説明しよう、祝人は性格が悪いのだ。
「そのかわり2つ大事な事を教えてあげます。写真が瞬きをしてるってことは、向こうから見られてるって事ですから」
とはいえ前の奥さん自身が見ているというわけではない。
この場合、奥さんの『念』が見ているという意味である。
その念がただの念なのか怨念なのかは知らないが。
「あと昔からよく蜘蛛の巣にひっかかりません?」
「…子どもの頃からよく顔に蜘蛛の巣がつくことが多かったがそれがなんだっていうんだ」
「それ蜘蛛の巣じゃなくて、霊体やあんたのこと嫌ってる人の念ですから笑」
なにを笑ってるんだ、と言われなくて祝人はガッカリした。
というか男はもう強気に発言できる様子ではなかった。
「可哀想だからオマケでもう1つだけ。その写真、捨てたり焼いたりしたら余計めんどくさいことになるから注意して下さい」
「どう処分すればいい?」
「ご結婚おめでとうございます。お幸せに笑」
神八代祝人の視界に伝票が入ったがあえて無視してその場から立ち去った。
性格が悪いのは重々承知している。
だがこの時ほどその性格の悪くて良かったとと思ったことはない。
彼は人から嫌われていることに慣れていた。
だが彼は思う。
その場を取り繕うだけなら自分にも出来る。
しかしそれをしてまで人間関係を構築しようと思える人は本当に少ない。
明日以降2度と会う事もない人のためにいらない労力を使うくらいなら、絶大に嫌われようとも好き勝手言う方が性に合っている。
事実、それでも周りから慕われている人物がかつて彼のそばにいた。
痛風持ちのババアは今どこでなにをしているのだろう?
姉弟子に聞けば師匠の近況はわかるかもしれないが、今はまだその時じゃないと思った。
ずっと永遠にその時が来なければいいとも思った。
彼の師匠に対する絶大なる信頼と愛情は今も薄れることはなかった。




