其の二十八『灰色の炎』
神八代祝人は乾杯していた。
彼はいま居酒屋にいる。日本酒と焼き鳥が美味しいと有名なこじんまりとした店だった。
彼は酒が飲めない。
目の前にいる人も、飲めない。
「お疲れ〜」
「お疲れ様です」
2人は烏龍茶で乾杯し、焼き鳥を頬張った。
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「灰色の炎」
姉弟子と2人で一家心中のあった廃屋に探検に行った時のことだ。
そこは俺らの住む街から2時間半ほどかかるド田舎にあった。
しかしその廃屋はすでに解体されており、ただ広大な雑草畑だけが広がっていた。
「ありませんね」
「見りゃわかるよ」
しばらくその地域にある心霊スポットを探したが、どれもこれもパッとしないところばかりで俺たちの心霊スポット巡りの初回は不発に終わった。
姉弟子の運転する車はド田舎の細い道を走っていた。
右を見ても左を見てもただただ畑、畑、畑。
助手席に座っているだけの俺は眠かった。
それもそのはず。出発したのは夜の8時。そして今は朝の4時だった。
「あ…」
姉弟子の声で半分眠りかけてた俺は目を覚ました。
「どうしました?」
「いや、久しぶりに見たなぁと思って」
俺が車内から周りを見回しても、薄っすらと昇る太陽に照らされた畑、畑、畑…。
なんにもないですよ?と言いかけた時、違和感に気づいた。
ずっとずっと前の方にある畑の中に、炎が上がっている。
畑に炎…。ありえなくは、ない。
けど俺の見ている光景はありえなかった。
「なんですか、あれ!」
その炎の色は、灰色だった。
その不思議な光景に俺は目を離せなくなっていた。
ガンっ、と急に車が止まった。驚いて運転席を見ると、
「あんまり見ていいものじゃないよ。引っ張られちゃう」
と姉弟子は言って俺にサングサスを手渡した。
「それをかけてもあまり見ないで。戻すの大変なんだから」
「なんなんですか、あれ」
「なんだろね?説明するのが難しい」
そう言って再び車を走らせた。
見るなと言われても見てしまう。妙に引っ張られる。
「あれを魂の燃えかすと言う人もいるよ」
よく意味がわからなかった。
「私はお釈迦様も神様もキリストもアッラーも信じないけど、お化けは信じるよ。見えるもの。そのお化けがこの世にいるのってそれだけで異常なんだよ」
灰色の炎が近づいてくる。
姉弟子の声は聞こえる。意味もわかる。けど目は灰色の炎から逸らすことが出来ない。
「だから。そうだなぁ、わかりやすく言えばそのお化けを天国が迎えにくるとしよう。けどそのお化けが天国を何度か拒否すると、とたんにお化けからあの灰色の炎になる。あれには意思もないし存在する理由がない。からっぽの存在。だからお前みたいなのが魅入られて抜かれちゃうんだ。祝人、まだ聞こえてる?」
俺はまた眠気が襲ってきて朦朧とした意識の中で姉弟子の声を聞いていた。
「のりと〜」
はい、と返事をするのがやっとだった。
五感は全部働いているのに意識だけが鈍い。
「引っ張られるのは初めて?」
「…はい」
「ったく、しょうがないね笑」
俺は姉弟子からちょいちょいとお祓いのようなものをされると、さっきまでの眠気が吹き飛び代わりに灰色の炎に対して半端ない嫌悪感が湧き上がった。
「あれ、なんなんですか!」
さっきから同じことしか言ってなかった。
「聞いてた?だから魂の燃えかす。もしくは神様になれなかったものの成れの果て。水子にすらなれなかった魂の原子。色んな理由であれになる。最近知ったけどあれをクネクネっていう怪異だって言う人もいるね。とにかく見ていてあんまり良いものじゃないよ。サングサス越しだからまだあれくらいで済んでるけど、直視したら私も多分引っ張られちゃう」
憎悪にも似た嫌悪感を抑えられず、俺は灰色の炎を見ることをやめた。
その日以降俺はたくさんのお化けを見たし色んな不思議現象を体験したけれど、あの灰色の炎を見たのはあれ以来なかった。
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「あの日のお祓い料、まだ払ってもらってないけど」
神八代祝人の姉弟子はホルモンを飲み込むタイミングがわからずガムのようにずっと噛み続けている。
「あんなの詐欺みたいなもんじゃないですか!」
もう飲み込んでいいですよ、彼は言いたかったが面白かったので言わなかった。
「じゃあここ、祝人のおごりね」
彼の姉弟子は年収で言うと彼の3倍は稼いでいる。
「いいですよ。元からそのつもりでしたし」
ゴクリ、とようやく姉弟子はホルモンを飲み込んだ。
「あ〜!だからなんでまたホルモン食べるんですか!また飲み込めなくなりますよ!」
神八代祝人は知らない。飲み込むタイミングがわからなくても彼女はホルモンが好きだと言うことを。
俺と姉弟子は仲良し。




