喰らった命の数だけ、祈りを捧げる(捕食と供養)
俺がこの仕事を始めたのは、十五の冬だった。
村の外れに住む師匠に弟子入りして、魔物狩りの基本を叩き込まれた。
師匠はいつも言っていた。
「狩ったら、喰え。喰ったら、祈れ。それがこの世界の理だ」
俺たちの世界では、魔物の肉を食べることで、その力の一部を取り込むことができる。
筋力が上がったり、魔力が宿ったり、体が頑丈になったりする。
冒険者や兵士にとっては、最も確実な強化手段だった。
だから魔物の肉は高値で取引されたし、狩人という職業は常に需要があった。
俺も最初は深く考えていなかった。
狩って、解体して、市場に卸す。
残った部位は自分で食べる。
それだけの仕事だと思っていた。
変わったのは、二十三の秋のことだ。
森の奥で、一頭の銀色の大狼を仕留めた。
体長は馬ほどもあり、毛並みは月の光のように白く輝いていた。
上位種の中でも、とりわけ強い個体だった。
師匠に教わった通り、心臓を焼いて食べた。
その夜、夢を見た。
いや、正確には夢ではなかった。
あれは、記憶だった。
銀狼の記憶。
雪の平原を走っている。
隣には、小さな子狼が三匹。
風の匂いを嗅ぎ分けて水場を探し、子どもたちに獲物の追い方を教えている。
冷たい夜は身を寄せ合い、互いの体温で朝を待った。
そんな穏やかな日々が、何年も続いていた。
ある朝、狩りから巣穴に戻ると、子狼たちの姿が消えていた。
匂いを辿ると、人間の集落に続いていた。
罠にかかったのだ。
銀狼は何日も集落の周りをうろついた。
吠えることもせず、ただ遠くから子どもたちの気配を探し続けていた。
その姿を「脅威」と判断した村が、俺に討伐依頼を出した。
俺は何も知らずに、ただの仕事として銀狼を仕留めた。
目が覚めたとき、俺は泣いていた。
翌朝、師匠に話した。
師匠は黙って最後まで聞いていた。
そして、静かにこう言った。
「それが、供養の意味だ」
「上位の魔物を喰えば、まれに記憶が流れ込んでくる。命の重さを、体の内側から知ることになる」
「だから祈るんだ。喰らった命に、ありがとうと。お前の力は、俺が引き継ぐと」
俺は聞いた。
「師匠も、見たことがあるんですか」
師匠は窓の外に目をやったまま、小さく頷いた。
「何十回もな。だから俺は、狩る前に必ず相手の目を見る。逃げるなら追わない。立ち向かってくるなら、全力で応える。それが、命を喰らう者の礼儀だ」
あの日から、俺の狩りは変わった。
解体する前に、必ず手を合わせるようになった。
食べる前に、静かに目を閉じるようになった。
そして、喰らった命の記憶が流れてきたときは、最後まで見届けるようになった。
楽しい記憶もある。
悲しい記憶もある。
怒りや恐怖に満ちた記憶もある。
全部、受け取る。
それが、奪った命に対して俺にできる唯一のことだから。
今でもたまに、あの銀狼の夢を見る。
雪原を走る三匹の子狼の姿が、まぶたの裏にちらつく。
あの子狼たちがどうなったのか、俺は知らない。
知らないまま、その重さだけを背負って生きている。
今日も俺は森に入る。
腰には刃物、胸には祈り。
師匠が最後に言った言葉を、いつも心の中で繰り返している。
「強くなるってのはな、喰った命の分だけ、優しくなるってことだ」
俺はまだ、その言葉の本当の深さを測りきれていないと思う。
でもいつか届く日が来ると信じて、今日も祈りながら森を歩く。




