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異世界住人譚~ショートショート集~  作者: mizuhashi


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31/79

誰も唱えられない言葉を、婆さんだけが知っていた

村はずれの廃墟に、婆さんは一人で住んでいた。

魔法使いだとは、誰も知らなかった。

薬草を売る老婆、それだけだと思っていた。

俺が初めて訪ねたのは、妹の熱が三日引かなかったときだ。

「古い病だ」婆さんは静かに言った。

口の中で何かを呟き始めた。

それは言葉というより、息のような音だった。

「今の、何語ですか?」

「忘れられた言葉だよ」婆さんは手を止めずに言った。

「名前すら、もう誰も知らない」

妹の熱が引いた。

翌朝、嘘みたいに元気に目を覚ました。

俺はもう一度、婆さんを訪ねた。

「その魔法、俺に教えてもらえませんか?」

婆さんは長い間黙っていた。

「教えられる言葉じゃない。感じる、という行為に近い。学ぶのではなく、思い出すものだ」

「思い出す?」

「言葉が生まれる前から、世界にあった力だ。みんな忘れたが、消えてはいない」

俺には何も見えなかった。

何も聞こえなかった。

でも婆さんの手が空気に触れるとき、確かに何かが応えているような気がした。

婆さんは翌年の冬に逝った。

その言葉を知る者は、もういない。

だが俺は今でも、風の音の中に、あの息遣いを探している。

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