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義母の手作り餃子をゴミ箱に捨てたら、家族会議で裁かれた。だから全部茹でて、みんなに食べてもらった  作者: 空の異変


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第六話 午前4時の台所

部屋の中央の椅子は、座面をこちらに向けたまま、空いている。誰も座らず、誰も片づけなかった。


画面に、うちの台所が出た。


隅に日付と時刻が入っている。3月28日、午前6時40分。


鍋から湯気が上がって、弘子さんが粥をかき混ぜている。


卵を焼く音。小鉢が三つ、盆に並ぶ。


誠司が映り込んだ。髪が濡れたまま、冷蔵庫から牛乳を出している。


「お義母さん、俺の分は少なくていいって」


「育ち盛りみたいな顔してるくせに」


笑い声がした。私の声も入っている。


「これ、うちの新婚のころです」


私は言った。


「よくしていただきました。これは本当のことなので、最初に出しました」


桃子さんが顔を上げた。


「ほら、見てよ。お母さんがどれだけ」


「次は、4月1日の朝です」


同じ台所。時刻は午前7時すぎ。


土鍋に白い粥。皿には漬物だけが載っている。


『沙穂さん、二人だけだから簡単にしましょうね。油を摂りすぎたから、しばらく軽くね』


私の声が答えている。


『分かりました』


「4月2日」


同じ粥を温め直している画。


「4月3日。水を足して伸ばしたものです。二人で四杯になりました」


「4月4日」


画面の中で、弘子さんが茶色い粉の袋を開けた。椀に入れて、電気ポットの湯を注ぐ。


『これね、炒ってあるオートミールなの。お湯で溶くだけ。1キロ500円で、半月は持つのよ』


『これ、お腹が空きませんか』


『腹八分がちょうどいいって、専門家が言ってた。若い人は食べすぎなのよ』


映像が止まった。


「お義母さん」


私は言った。


「この日からのぶんも、全部あります。何日まで出しましょうか」


弘子さんは答えなかった。


「健康の話じゃない」


誠司が言った。


「俺が家にいた二週間は、卵が出ていた。俺が出港した週から、消えている」


「……たまたまよ」


「三か月、たまたまが続いたのか」


「粥が悪いわけじゃないでしょ」


「お義母さん」


絵里さんだった。


「うちに来てくださるときは、朝、必ず杏奈に卵を焼いてくださいましたよね」


「……そうだったかしら」


「毎回です。冷蔵庫の場所も、私より覚えていらっしゃいました」


桃子さんが口を挟んだ。


「お母さんだって同じものを食べてたんだから。差別じゃない」


「その話です」


私は次のファイルを開いた。


    *


4月の第2週。私がデリバリーの袋を持って台所に入ってくる。


『お義母さん、唐揚げ弁当を二つ頼みました。一緒に食べませんか』


『わたしはいいの。お粥があるから』


『生姜焼きもあります』


『いいのよ。もったいない』


画が止まる。


「ここで私は、一人で肉を食べる嫁になりました」


「実際そうでしょ」


桃子さんが言った。


「お母さんにお粥を食べさせて、自分は弁当。ひどいと思わないの」


「その前に、一本あります」


私はスマートフォンの別のフォルダを開いた。今度は、家の映像ではない。


店の中を斜めに撮った、手ぶれのある画だった。窓際の席に、弘子さんが座っている。


前には、とんかつと、味噌汁と、山盛りの飯。


箸が動いている。よく食べている。


「駅前の定食屋です。私が外で打ち合わせをした帰りに、通りがかりました」


「……お母さん」


「撮影は4月9日の12時14分。私が最初にデリバリーを頼んだのは、その二日後の11日です。注文の履歴に残っています」


私は画面の隅を指した。時刻の表示が、撮影データのまま出ている。


「順番が逆なんです。私が先に肉を食べたから、あの人が外で食べたのではありません」


桃子さんが何か言おうとして、言葉が出なかった。


「わたしだって、たまには」


弘子さんが言った。


「たまにはいいと思うのよ。ずっと我慢してたんだから」


「私も、そう思います」


私は言った。


「外で召し上がるのは自由です。ただ、それなら、家で私に食べさせていたものを『二人分の節約』と呼ぶのはやめていただきたかった」


「年金を全部あなたに使ってるって、お母さん言ってたよね」


桃子さんが母親を見た。


「それはそうでしょ、そうじゃなきゃ」


「母さん」


誠司が言った。


「出港の前に、100万円を振り込んだ。3月24日だ」


部屋が静かになった。


「三か月分の生活費として渡した。足りなければ言ってくれと書いて送った。返事はなかった」


「……使ったわよ」


「何にだ」


「いろいろよ。食べるものだって、洗剤だって」


「レシートは」


「そんなの、いちいち取っておかないわよ」


「100万円だ」


「粥と漬物に、100万円か」


誰も笑わなかった。


桃子さんが、母親のほうへ体を向ける。向けたまま、何も言わずに戻した。


    *


「最後に、6月20日の映像を出します」


私は言った。


「お昼に、みなさんが召し上がったものが、どうやって出来たかです」


「もういい」


弘子さんが初めて声を上げた。


「もうやめて! なんでそんな、人の家を撮って」


「カメラは、俺が結婚の前につけた」


誠司が言った。


「居間と台所に一台ずつ。外から家の様子を見るためと、コンロの消し忘れを知らせるためだ。隠してもいない。母さんも見ている」


「知らなかったのよ、そんな」


「知っていた」


彼はそれ以上言わない。


去年の秋に取り付けたとき、彼女はその下を通って、何の箱かと聞いた。


誠司が説明して、彼女は「便利ねえ」と言った。そのやりとりも残っている。


出さなかった。今日必要なのは、そこではない。


私は再生した。


午前4時03分。台所の照明がつく。


弘子さんが入ってきて、袖をまくる。まな板を出し、肉を出し、包丁を握る。


音が始まった。


規則正しい、重い音。それが12分続く。


画面の時刻が4時17分になったとき、彼女は包丁を置いた。


流しの横の、黒い袋のほうへ行く。


私のデリバリーの容器をまとめて入れてある袋だ。二、三日に一度、私が自分で捨てる。


彼女は袋を開けて、中から容器を一つずつ取り出した。


ラーメンの丼型の容器。底に汁が残っている。


それを、餡のボウルの上で傾けた。汁と、切れた麺が落ちる。


次はカレーの容器。ルーと、へりに寄った米粒を、匙でこそげ落とす。


揚げ物の容器。底の油と、剝がれた衣。


丸まったティッシュが、容器の中に入ったままになっている。彼女はそれを指でつまんで、見て、そのままボウルに落とした。


客間で、誰かが息を吸う音がした。


「待って」


晃平さんの声だった。


「これ、いつの」


「6月20日です。あなたが食べた日の、8時間前です」


画面の中で、彼女は木べらを取って、混ぜはじめた。


『食え』


低い声が入っている。


『食え。腹を下せ』


混ぜる手が止まる。彼女はボウルの上に顔を寄せて、唾を吐いた。


それから、粉のボウルを引き寄せた。


台所の画面が切り替わり、居間の画面になる。時刻は4時31分。


彼女はベランダの掃き出し窓を開け、観葉植物の鉢に手を入れて、土をひとつかみ取った。


台所の画面に戻る。4時32分。


その手が、粉の上で開いた。


    *


桃子さんが走った。


二度目の、洗面所の扉の音。


今度は晃平さんが立たなかった。彼は自分の膝を見て、両手を握っている。


文哉さんは、湯呑みを口に運んだところだった。


飲んだ茶が、そのまま口から戻った。


手が震えて、湯呑みが畳に落ちる。転がって、カーテンの裾のところで止まった。


絵里さんは口を押さえて、壁際に座ったまま、画面から目を離さない。


映像はそこで終わりにした。


私はテレビの入力を戻した。画面が黒くなる。


弘子さんは、膝の上で両手を重ねていた。指が動いていない。


顔は上げなかった。


そのまま、頭が下がった。


    *


誰も三十秒ほど何も言わなかった。


最初に口を開いたのは、文哉さんだった。


「なぜあの日、映像を出さなかった」


声は掠れていた。


「見せれば済んだ話だろう。あれを見せてくれていたら、僕たちだって」


「誰か一人でも聞いてくれたら」


私は答えた。


「私が話し始めるたびに、止めましたよね」


「……聞いた。僕は理由を聞いたはずだ」


「聞いて、答えを待ちましたか」


文哉さんの口が動いて、止まった。


「あなたは質問をしました。でも、返事を受け取るつもりはなかった。だから、出す機会がありませんでした」


「そんな言い方は」


「言い方の話ではありません」


私は膝の上で手を重ねた。彼女と同じ形になっているのに気づいて、下ろした。


「あの日の私は、あなたたちに信じてもらえるとは思っていませんでした。今日は、信じるかどうかを聞いていません。見たものについて、話してください」


文哉さんは答えなかった。


絵里さんが立ち上がって、落ちた湯呑みを拾う。それを盆に置いてから、弘子さんのほうを向いた。


「お義母さん」


その声は、この家で聞いたどの声よりも静かだった。


「お義母さんは、どうして、うちには来てくださらなかったんですか」

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