第三話 留守の家には入れません
翌日の午前、インターホンが鳴った。画面に桃子さんと晃平さんが映っている。
「着替えを取りに来ました」
私は玄関に寄せてあった段ボールとボストンバッグを、扉の幅だけ開けて外に出した。
「これで全部です。財布も保険証も、中に入れてあります」
「確認する」
桃子さんはその場でバッグを開けて、中をかき回した。畳んだ下着が廊下に落ちて、晃平さんが拾って戻す。
「桃子、ここでやらなくても」
「何か捨てられてたら困るでしょ」
「で、いつ病院に来るんですか」
「病院」
「お母さん、入院したんです。三日、様子を見るって」
「火傷ですか」
「そんなの分かんないでしょ。とにかく、あなたのせいで入院してるの」
私は扉の縁に手をかけたまま、彼女の靴の先を見ていた。
「あの人には、息子さんも娘さんもいますよね」
「みんな働いてる。文哉兄さんは学校、お義姉さんも学校、晃平も仕事。私は」
そこで言葉が止まった。
「私だって、予定がある」
「私は在宅です。在宅は、いつでも空いていると思われるらしい」
「思われるんじゃなくて、空いてるでしょ」
「いま、締切の前です」
「締切って、誰かが死ぬんですか」
「誰も死にません」
「じゃあ、ずらせるでしょ」
「ずらせません」
その問いには答えなかった。答えると、その先の30分を全部持っていかれる。
「お大事に、とお伝えください」
「本当に来ないの」
「行きません」
「グループ、見てます? みんな、あなたのこと話してますよ」
「通知を切りました」
「……信じられない」
扉を閉めた。桃子さんが二度叩いて、何か言って、それから叩かなくなった。
しばらくして、廊下から晃平さんの声だけが聞こえる。
「桃子、持つよ。下で待ってて」
*
義母がこの家に来たのは、結婚式の二週間後だった。
3月の半ばに籍を入れて、その月の末に誠司は出港する。その前日の夕方、彼女はスーツケースを二つ持って玄関に立っていた。
「誠司がいない間、沙穂さんが不便でしょう」
誠司は困った顔をして、私を見た。私も困った顔をして、彼を見る。
断る言葉が、あの日の私にはなかった。
彼女は空いていた部屋に入り、翌朝には台所の棚の配置を変えていた。
最初の二週間は、本当に、よくしてもらったのだと思う。
出港の朝は、粥と、だし巻きと、漬物が並んだ。誠司が玄関を出たあと、彼女は洗い物をしながら、少し泣いていた。
その日の夜から、居間のテレビは消え、代わりにショート動画の音が始まる。
音量は最大に近かった。
耳が遠いわけではない。隣の棟から一度、窓を閉めてくれと言われたことがある。
「お義母さん、少しだけ音を」
「あら、ごめんなさいね」
「イヤホン、買ってきましょうか」
「あんなの、耳が痛くなるのよ」
小さくなる。
十分後には戻っている。それを一日に四回か五回。
昼のうちに書けたためしがない。一行書いて音が来る、直して声が来る、そのうち何を書こうとしていたのか分からなくなる。
私は夜に書くようになった。午前2時、3時まで机にいて、6時に扉がノックされる。
「沙穂さん、朝ごはん」
「いりません。寝かせてください」
「朝を抜くと、胃が悪くなるのに」
ノックは三回で終わらない。十回を超える日もあった。
4月の終わりに、仕事部屋の扉を開けられたことがある。私は画面に向かっていて、彼女は盆を持って入ってきた。
「冷めちゃうから」
「ノックしてください」
「したわよ」
「返事を待ってください」
「返事がないから心配になったのに」
「寝ています」
「こんな時間に?」
その日から、私は部屋の内鍵を使うようになった。
居間の椅子は、三か月で彼女の定位置になっていた。ベランダに面した、いちばん日の当たる場所。
そこで、彼女は郷里の知人とビデオ通話をした。
話しはじめると声が二段上がる。
言葉も変わる。語尾が伸びて、アクセントが後ろに落ちる。
「そんならあんた、ハクラの盆はどうするの」
画面の向こうの声が答える。
「うちはもう、あっちに誰もおらんから」
「それでもねえ。うちの人が生きとったら、行きたい言うたろうけど」
ハクラ。
私は椅子から立ち上がって、台所の柱の陰に入った。その地名に、聞き覚えがない。
手帳の端に、片仮名のまま書いておいた。どういう字を当てる土地なのかは、分からない。
通話の向こうで、誰かが玄関に来た気配がした。
「ちょっと待ってね、お客さんだわ」
通話はそのまま2分ほど止まり、また戻った。
来客が誰かは分からないままだ。私も聞かなかった。
同じ言葉が出たのは、それから二回。どちらも、彼女が郷里の話をしているときだった。
洗面所には、彼女の歯ブラシがある。
柄の青いもので、月の終わりに新しいものと替えられていた。古いほうは、コップの横に一週間ほど置かれたままになる。
私はその替えの日も、手帳の隅に書いた。
*
食事は、6月の初めから完全に別になった。
洗濯も、ごみ出しも。私のデリバリーの容器は、黒い袋に入れて台所の隅にまとめ、二、三日に一度、自分で捨てに行った。
そういう家になってから、私は彼女に出ていってほしいと言った。
「うちで仕事をしています。動画の音と、通話の声を止めてもらえませんか。それと、朝は起こさないでください」
「動画を見るなって、それ、死ねっていうのと同じよ」
「では、出ていってください」
彼女は三日考えて、出ていくと言った。
「でも、沙穂さんは朝を食べないから。餃子を作って冷凍しておくわ。それなら、茹でるだけでしょう」
そう言った翌朝の4時に、彼女は台所に立った。
*
入院から三日、家族のグループには動画が上がり続けた。
点滴のチューブを映したもの。
ベッドの上で天井を見ている顔。ナースコールのボタンに手が届かない、と言いながら、その手でカメラを構えている一本もあった。
退院して桃子さんの家に移ったあとも続いた。桃子さんが背中をさすりながら、こちらにカメラを向けている。
食事を運ぶ場面、靴下を履かせる場面、洗面所まで付き添う場面。
「お母さん、末っ子のほうがいい?」
「末っ子がいちばんよ」
実の母娘なのだから、それでいい。
文哉さんが「母さん、無理をしないで」と書き、絵里さんが「お大事になさってください」と書き、晃平さんがスタンプを一つ押した。
私の名前は、誰も呼ばない。呼ばれないほうが都合がよかった。
私はグループを通知オフにする。退出はしない。
原稿は、14日で上げた。
編集者に送信した翌朝、私は取材鞄に着替えを詰めた。ノートと、地図と、図書館の利用証と、予約のプリントアウト。
次の本は、山の仕事を書くつもりだと編集者には伝えてあった。
嘘ではない。宿の手配から閲覧の申し込みまで、全部自分でやった。
加工場をやっている家に二軒、話を聞かせてもらう約束がある。
昔の出荷の仕組みと、若い人が戻ってくるかどうか。それだけでも一冊分の話になる。
手帳の後ろのページに、別の書き込みもあった。片仮名の地名と、青い歯ブラシを替えた日付と、通話に出てきた言い回し。
そちらのために鞄を詰めているのだと、私は誠司にも言っていなかった。言えば、船の上で考える材料を増やすだけだ。
行き先は、楓野県の内陸のほうにある。乗り換えが三回あって、最後はバスが一日に四本しかない。
誠司に送るあてのないメッセージを一本書いて、下書きのまま置いた。
駅のホームのベンチは、座面の右半分だけ塗り直してあって、色が少し新しい。
電車を待っている間に、電話が鳴った。知らない番号だった。
「沙穂さん、わたし。この扉、開かないんだけど」
義母の声だった。
「留守にしています」
「じゃあ、番号を教えてよ」
後ろから桃子さんの声がかぶさった。
「お母さん一人の家じゃないでしょ。なんで入れないの」
「私の家です」
「お母さんの荷物が、まだあるかもしれない」
「昨日、全部お渡ししました」
「ねえ」
桃子さんの声が近くなった。スピーカーに口を寄せたのだろう。
「あなたがお母さんにしたこと、私、全部残してあるから。動画も、写真も」
電車の到着を知らせる音が鳴った。
「ネットに出したら、どうなると思う? 名前も、職業も、書く人だってこと、私、知ってるんだからね」
「桃子さん」
「なに」
「出すなら、全部出してください。途中で切らずに」
沈黙が二秒あって、電話は向こうから切れた。
ドアが開く。私は鞄を持って、乗った。




