Ep.7
植物のツタが地面を這い、そこそこの速度でこちらを拘束しようと迫る。俺はそれに対して、剣を召喚し迎撃。熊倉くんは上に飛んで回避する事で、花屋の攻撃をいなす。
「追われてるのは少し前から分かっていました。ですので少々、おびき寄せるための罠を。」
「だから殺さず...痛めつけたまま放置したのかよ...!」
「おや、あの方まだ生きているんですか?驚いたなぁ。いや何、生かすつもりは無かったんですよ。ただ、キツい香水で分からなかったんですが、あの方喫煙者でして。タバコは健康に悪いでしょう?」
ふんわりと花が咲くように、花屋は軽く微笑む。まるで日常のことだとでも言わんばかりの、軽快な話口調。俺はそれに、喉の奥からせり上がってくるような不快感を覚えた。
剣に鈍色を充満させて、腕の先がじっくりと重さに支配されていくのを感じたあと、俺は花屋に向かって一直線に走る。
俺へと放たれた植物に捕まらないよう、最低限の速度を維持するため甲冑は使わない。しかし剣を握っている都合上、身軽とは言えず回避は全てギリギリ。
(剣が意外に重てぇ...。それでも、植物は避けられない早さじゃない。)
地面からの急襲、大地を這うツタ。散々、理解させられてきたこと。昏腑は魔法じゃない。あくまで生み出される植物たちは物理法則に殉じるし、今のところは地面を媒介にしてのみ発生している。
その媒介を必要とするワンテンポが、花屋本来の速度であれば幾分か当たるはずの攻撃を回避させていた。
そうして初めから空いていた距離が十分に殺され、花屋が剣の間合いに入る。それから剣を振り上げ、振り下ろすまでの一瞬。
(流石に鉄の剣で斬れば...モルフだって死ぬんじゃないか?死なずに戦闘不能にできる部位、足?腕?クソっ...どこだ...!)
戦闘経験の浅さから出る悪癖が、思考を生み出し邪魔をする。戦闘において一瞬とは、あらゆる逆転を生み出すことのできる値千金の時間。花屋は当然、これを見逃さない。
「私を追う以上、あなた方はモルフであるのに、殺人を看過できないような集団なのでしょう?随分、余裕がお在りのようで。」
その時になってようやく、俺は自身の足元にヒビが入っていたとこに気がついた。そのヒビの奥。地面の小さな割れ目からは、植物の鋭い棘が今か今かとこちらを睨んでいる。
(やられた...!こいつ、最初からカウンター前提で...!)
言葉の挑発で攻撃を誘い、這い寄るツタで自分の直近までコースを絞り、そうして罠まで誘い込む。全てが術中。俺はまんまと、相手の思考に嵌められてしまった。
「まずは、一人目。」
(甲冑を出せば防御は出来る...。でも、間に合わない...!)
足元から、棘まみれの茨が俺を串刺しにしようと伸びる。不意のカウンターに咄嗟に取ることが出来たのは、ただ少しその場から身を捩って後ろに飛び上がることだけ。
確実に串刺しにされる。そう直感した後、俺は何故か自分が思ったよりも空へ飛び上がってしまったことに気づく。それはまるで、空に向かって落下していくような。
「『蛮勇引力』。...軽率に距離は詰めない。まずは様子見から始めよう。」
何とか引き上げられ攻撃を避けた直後。重力は再び正常に戻ったのか、俺はそのまま地面に転がり、花屋からは一定の距離を取る。
「ごめん!ありがとう助かった!」
「無事なら...よかった。それと、北島くんはその剣が昏腑?」
「他にも甲冑とかが...出せ...るっ!」
距離が空くと、また地面からの植物攻撃が再開される。俺は迎撃、熊倉くんは回避。盤面は振り出しに戻され、状況はジリ貧へと転がされた。
こちらには有効打が無く、打開の一手さえも浮かばない。完全に手詰まりとなった状態の中、熊倉くんがこちらを向いて声を出す。
「...ごめん、僕らはまだ即席のチーム。連携以前に、お互いが何を出来るのかも知らないんだよ。だから、まずは僕にやらせて欲しい。」
それは言外に、熊倉くんから通告される俺への待機指示だった。俺はそれに、悔しさを奥歯で噛み潰しながら無言で同意する。
言われるまでもなく、わずか数分の時間が突きつけた戦闘力不足。この場に居ては足手まといだと、俺が誰より理解していた。
「ありがとう。じゃあ僕が合図をしたら、戦闘に合流して欲しい。あと、万が一僕が戦闘不能になった時...その時は構わず逃げるんだ。」
そう言って彼は俺を後方に引かせ、息を整えて花屋を睨みつける。花屋はそれに対し、舌戦を持って熊倉くんに応じた。
「戦力の逐次投入は愚策ですよ。今からでも、あちらの彼を合流させた方が良いのでは?」
刹那、熊倉くんが空へと飛び上がり、宙に向かって落ちていく。そうしてある程度の高度になると、彼は天に浮かんだまま停止し、見下ろすように花屋へ応酬を返した。
「大丈夫。僕一人でもなんとかなる。それを、今から証明するよ。」
「えぇ、それはとても楽しみです...ねっ!」
地面を介し、ツタが空に向かって伸ばされる。それを視認した後、熊倉くんは空の中を何かに引っ張られるような高速機動を見せた。
右へ左へ、それから上へ。地面にいる時よりも遥かな自由度で、彼は悠々とツタを回避し、花屋のほとんど真上まで到達する。
すると突然、今まで飛行していたのとは売って変わって、熊倉くんが凄まじい勢いで花屋目掛けて自由落下を開始した。
隕石を幻視してしまうほどの、凄まじい勢いを持った飛び蹴り。それが花屋の脳天を狙って繰り出される。
「そちらから捕まりに来てもらえるなら、こちらも手間が省け...!」
その攻撃に即し、花屋は頭上に茨の傘を展開。熊倉くんの飛び蹴りを防御し、なおかつ彼を拘束しようと植物の罠を貼る。
しかし傘を作った直後、その傘が詫びるように頭を地面にへたれさせていく。それはまるで、植物が重力に耐えられず押しつぶされていくみたいに。
「重力...?いや、引力ですか...!」
「...油断したね。」
傘の防御は耐えきれず、一筋の穴を作り出す。ただ、ほんの小さな穴だとしても、隙間があれば傘は小雨も凌げない。
隙間から抜けた熊倉くんが、花屋に向かって飛び蹴りをクリーンヒットさせた。しかし一方、花屋もただではこれを受けず、ツタを自身の腕に巻き付けて蹴りをガード。
ダメージを最小限に抑え、距離を取ろうと熊倉くんから一歩飛び退く。だが、彼は簡単に獲物を逃さない。
「得意なのは中距離でしょ。なら近距離はこっちのレンジだ。」
相手が踏み込んだ分、彼も踏み込み距離は相殺される。同じ距離。されど花屋は逃げの一手、熊倉くんでは攻めの一手。
面白いように熊倉くんの打撃が花屋にヒットし、形勢は一気に防戦一方へと顔を変える。そんな中、不穏にも花屋の口角は未だ上を向いていた。
「お見事です。流石にここまで近距離に迫られては、ツタも茨も出す暇がない。」
「...地面を通さなきゃ植物は出せないでしょ。このまま押し切る...!」
「流石の慧眼、感服いたします。その知性に敬意を表し、こちらも少々、本気をお見せいたしましょう。『ある邪道に花束を』」
花屋の顔、腕、胴、足。その全てから、黄色いとんがり帽のような垂れ下がった花が咲く。その身体中から花が生え始める不気味な光景に、熊倉くんは一瞬攻撃の速度が落ちた。
そうして今までは百発百中だったはずの拳が、一発また一発と打つ度に外れ、足元が覚束無くなる。
「毒...!」
「ご名答。正確にはエンジェルストランペット。ブルグマンシアの植物系アルカロイドです。いや何、わざわざツタと茨だけを使い、あなたからそれ以外の選択肢を消した甲斐がありましたよ。」
「北島...くん!...逃げ...!」
ツタが熊倉くんを一瞬にして飲み込み、その全身を拘束して彼を戦闘不能状態にする。そうして俺はたった一人、花屋を前にして取り残された。




