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Ep.8


熊倉くんから提示された選択肢は逃げの一択のみ。ただこの状況。もし俺だけが逃げ仰せられたとしても、それでは熊倉くんは確実に助からない。


逃げろと言ったのは、彼の優しさから生まれた言葉で、ともすれば今の行為は彼の優しさを踏み躙るものなのだろう。


「あなたのような方に聞いても無駄だとは思いますが、一応。金輪際私を追わないのなら、あなただけは逃亡を見逃しますよ。」


「やだね。絶対逃げない。」


戦闘能力はあちらが数段上。まともに正面戦闘を繰り広げれば、百回中百回は負けるような相手。ただそれでも、熊倉くんが残していったものの大きさを考えれば話は別だ。


まず第一に、体力的なリソースの消耗。植物操作にそこまで体力を使わないことは理解していたが、それでも大技であろう傘でのガードや直接的な接触。削れていない訳がない。


次に能力の情報。ツタや茨の直接攻撃だけでなく、温存していた毒などの搦手があることを熊倉くんが暴いてくれた。これにより、初見殺しが一つ減ったのはデカい。


そして最後、精神的な緩み。本来ならもう既に殺せるはずの熊倉くんを拘束したままなのがいい証拠だ。もしも万が一があった時、保険としての人質運用。花屋は拘束し続けるリソースを割いたままで、俺に勝てると暗に思い込んでいる。


狡猾なクソ野郎だと、意識しなければ頭に血が登りそうになる。ただそんな怒りを、今自分がこの場に立てているという事実で落ち着かせた。


(熊倉くんが作ってくれた、今この瞬間。絶対、無駄にはしねぇ。)


軽率に距離は詰めない。俺は速度を捨て、甲冑を全身に纏うことで防御力を得る。そうして向かってくる茨の線を、次から次へ斬り捨てた。


速度はほぼ変わらず。しかし明確に、茨の物量が少なくなっている。随分と頭数の減ったスカスカの飽和攻撃を着実に抜け、俺は少しづつ花屋との距離を詰めた。


(相手のメインレンジが中距離なのは分かってる。とは言え、詰めれば毒は避けられない。)


必要なのは正面からの正攻法ではなく、あくまで奇襲。地力の勝負に持ち込まれれば、まだ幾分かこちらが不利。


つまり、俺がすべきは確実に一撃で相手を戦闘不能にする奇襲。失敗は許されず、チャンスは一度きり。


絶死の緊張が思考を巡らせ、脳の回転は加速し過度な集中状態へと移行。すると自然に、視界が無駄なものを排除する。観察が、あるいは死地での本能が。世界をより透明に、単純なものへと作り替える。


「悠長ですね。凌ぐだけでは、じきに限界が来ますよ。」


「...そうだな。安心しろ、三分以内に終わらせる。」


密度の下がった茨、ある程度まで潰された距離。これらの要素が噛み合うことで、俺はようやく、甲冑を脱ぎ捨てトップスピードを出しに行く。


「やはり抜けてきますか。ですが、寄ったところで無意味でしょう!」


花屋の身体中に枝垂れた花が、ふわりと顔を上げてこちらを向く。前方は花、後方からは追尾の茨。一見逃げ場のない死地。しかし俺は素早く方向転換で向きを切り返し、囚われた熊倉くんの方へと走る。


そうして彼を覆うツタ目掛けて、全力で剣を叩き込んだ。するとツタは斬撃の分だけ千切れ飛び、意識の朦朧とした熊倉くんの一部が露出する。


刹那、光を浴びた反応か、ピクリと拘束されている熊倉くんの指が動いた。本当に些細な、刹那の生存報告。


「残念。それでは、私のツタは破れない。」


ただしそれも一瞬。ツタはすぐさま熊倉くんを再び覆い隠し、俺は後ろから迫る茨の回避のため、また距離を取らされる。三度目の、絶望的な振り出し。


「もう手詰まりでしょう?...私に狩られる前に、少し話して行きませんか?」


「話?お前みたいな人殺しと話が噛み合うとは思えねぇけどな。」


「いえ何、三分に収まるよう、端的に済ませますのでご容赦を。」


番狂わせがないように、少しでも体力を回復させるための時間稼ぎ。しかしそれは、こちらにとっても好都合。俺は会話を続けながら、嵐の前の静けさに一息をつく。


「あなた方は一体なぜ、こんなことを?実際、無益どころかリスクしかないでしょうに。」


「法律って知ってるか?人を殺すのは犯罪なんだぞイカれポンチ。」


「...私も、一般的な倫理観は持ち合わせていたつもりですよ。ですけどねぇ、私たちはモルフじゃないですか。悲劇に歪んで、おかしくなって。それなのに、あなた方はまだ正気の振りをするんですか?もうとっくに、倫理観なんて失っているのに?」


今になってようやく、俺は理解させられた。黒崎さんの哀しさ、熊倉くんの優しさ、火宮という少年の無慈悲さ。そうして眼前の、花屋の軽薄さ。どれもこれも、その奥にはどうしようもない怒りが渦巻いていた。


人間の大半は、そう簡単に狂えないように出来ている。それなのに、皆が一様に人殺しというハードルを乗り越える理由。誰もが人それぞれ、固有の悲劇を抱えているんだ。


理解する。そうして同時に、黒崎さんたちの勇気を咀嚼する。哀しみを抱えながら、なお善性で在ろうとする彼女ら。あぁ、そう在れたなら、それはどれだけ尊いことか。


「...俺には答えらんないな。でも、かっこいいじゃんか。そんな風に強く生きるのはさ。」


「私たちの生は、否定されることの連続でしょうに。虚無から生まれ、生に拒まれ、虚無へと帰る。なら、自己幸福の最大化こそ急務であるべきだ。」


「...それでも肯定したいから!生きることを、自分の価値をまだ諦めたくないんだろ!どうしてもそれが分からないってんなら、お前の全部を!叩き治してやる!」


全身全霊。最後の力を振り絞って、俺は花屋に対して剣を投擲する。それと同時に、剣の軌道とは重ならないようにして、花屋へと向かって走り出した。


距離にしておよそ20メートル。疲弊が抜けぬ茨の触手、それでも無傷で通過は不能な間合い。


切っ先に鉄の重さを孕んだ剣は、切っ先を向けて真っ直ぐ飛行。ただ花屋はそれに対し、茨のリソースを割くことは無かった。


一転、全ての茨のヘイトが俺に向き、こちらの肉を切り裂かんと速度を上げる。俺はそれを出来るだけ回避しようと務めたが、やはり被弾は避けられない。


「いっ...!てぇなあ!」


足に茨が掠り、腿の肉が少し削がれる。しかしそれでも怯むことなく、俺は花屋へと迫った。そうして脇腹を軽く抉られ、頬が切り傷を宿し、左腕がざっくり裂傷を受けた頃。


一足先に剣が花屋へと到着。銀を帯び、当たればタダではすまない一撃が、とうとう相手の眼前に迫った。


「投擲。悪くはない手段だとは思いますが、やはり足りない。」


花屋は攻撃用に差し向けていた茨を全て回収し、それを防御へと転用する。地面から立ち上り、太くせり上がった茨の塊は、いとも容易く鉄の剣を斜め上方向へと弾き飛ばした。


「待ってたぜ、クロスレンジ...!こっちの間合いだ!」


茨による妨害が無くなった事を皮切りに、俺は加速して一気に花屋への距離を殺す。徒手空拳。剣も持たず、空を握った右拳。それが花屋の顔面に目掛けて、迷いなく打ち出される。


「根本的な解決になっていませんよ。ほら、もうすぐ三分です。」


そう花屋が言うと、またあの時のように花が揺れる。そして一息。たった一呼吸しただけで、視界は歪み狙いはブレる。従って俺の拳は空を切り、体は倒れ込むように花屋へともたれかかった。


「...ほら、そうやって。人生はいとも容易く、私たちを否定する。」


「...足りないのはお前だ...否定されても、そっから力づくで肯定すんだよ...!こんな風に...!」


空を切った右の腕。それが花屋の胸ぐらを掴み、決して逃がすまいと位置を固定する。花屋はそれに対し、なんら意味のない足掻きでも見るように哀しい目をこちらに向けた。


「合図だ...!逆にはなったが、真下!声の方に力を!!」


毒の効果時間は不明瞭。それはまさに、分の悪すぎる酷い賭け。だがそれに、僅かの祈りと信頼がベッドをさせた。


(少しでも、指が動いてた。なら可能性はゼロじゃない!)


俺の声が響いたその直後、周囲の重力がズンと重みを増して、俺と花屋は組み合ったままその場に固定される。


「...きこえ...たよ...。まったく...逃げろって...言ったの...に...!」


地面に引かれる力はどんどん、強さを増していく。ミシミシと、地面が悲鳴を上げて今にも倒れてしまいそうだ。


「これは予想外...!ですが膠着...これも長くは持たないでしょう...!」


「はっ...!見落としてるぞ。お前が飛ばした剣、どこに行ったっけ?」


上。顔を見上げ、気づいた時にはもう剣が花屋の背中をバッサリと切り裂いていた。直後、花屋は引力に倒れ、熊倉くんも限界だったのか能力を解除する。そうして一人、立っているのは満身創痍でフラフラの俺だけ。


「...きっちり三分。俺は...時間を守る男だ...。」

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