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Ep.6


「あっかっ、彼氏じゃない...?あぁあ、よかった...。」


インターホンから姿が消えた直後、俺はダッシュで部屋を出て彼のいる玄関まで階段を駆け下り、何とか誤解を解くことに成功した。


「えっと、とにかく黒崎さんに助けられて...。そういえば話途中で終わっちゃったから、まだ何すればいいとか分かんないな。」


「じゃあ一旦、向かいながら話しますか...。僕たちも、急いで現場に向かわなきゃだし。」


彼はマンションの外に出て、すぐ近くの道路の脇に停めてあった車に乗り込んだ。小さめの、あまり人が乗れないような可愛らしい車。


俺はそれを見て、なんだか親近感が湧き上がってしまった。そのせいもあってか、車内に入り込んだ瞬間につい緩んだ質問が出る。


「あ、俺北島白秋って言います。もしかして...大学生ですか?」


「あ...うん。三年、今年で21の代。あぁ、名前。僕は熊倉重(くまくらしげる)です。...よろしくね。」


「俺も今年21の代なんで...じゃあタメじゃないですか。敬語、やめましょうよ。」


彼はまだあまり馴れていない手つきで車のエンジンをかけ、目的地へと車輪を走らせた。熊倉が言うには、目的の場所まではおよそ20分。その間、俺と彼は二人きりで会話を続ける。


少しの間、アイスブレイクにも似た他愛のない会話をして、その後ようやく俺は気になっていた質問を繰り出す。聞くのは当然、花屋についてのこと。


「花屋はね、随分大喰いなんだ。もう既に十人以上は喰ってる。それに、食べ終わった死体には必ず花を一輪添えていくんだ。血よりも鮮やかな、真っ赤な薔薇。」


喰い荒らされた死体の傍ら。そこには必ず赤い薔薇。そんな現場が度々目撃されるようになると、モルフの界隈の中でも次第に有名になってくる。


そうして最終的に、着いたあだ名は通称花屋。野良のモルフの中では、上澄みと言っていいほどに殺しを嗜んでいる個体。


「モルフってのは基本、リスクを恐れて群れたりはしないからね。『シャーデンフロイデ』やウチみたいな例外もあるけど...だから界隈ってのは大体、レアでクローズドなものなんだよ。」


いつ背中を刺され、自分が喰われるかもしれないリスクを抱え込む。そんな危険に自ら飛び込んでいこうとする奴は、いかにモルフと言えど少数派。


故に自然と、コミュニティは狭くなる一方だ。噂は簡単には流れず、情報も希少性を帯びてくる。だと言うのに、そんな界隈の中でネームドになる事の異常性。


「強さに自信があるんだろうね。白昼堂々、人を喰うのがいい証拠だよ。」


熊倉くんが言うには、モルフは基本夜にしか人を襲わないらしい。国家権力。警察に目を付けられるのは、誰もが得策ではないと考えるからだ。


ここまで聞いて、俺はまた額に脂汗が浮かぶ。今から足取りを追っていく相手。そうしてこの先、もしその相手に追いつくことが出来たとして。


判明しているだけで十数人は手に掛けている強力なモルフ。それに、俺は対抗すらことが出来るだろうか。ピリッと、車内の空気がどんどん強ばっていく。


「あ...北島くん着いたよ。ここの路地をまっすぐ進めば見えるはず。僕は車止めてくるから、先に向かってて。」


「分かった。...ありがとう、行ってくる。」


緊迫感が時間感覚を忘れさせたのか、いつの間にか俺たちはもう現場に到着してしまっているようだった。


そうして緊張で高鳴る心臓を何とか抑えつつ、車を降りてすぐに現場へと向かう。住宅街の狭い路地。進めば進むほどに、どんどん血の匂いが濃くなっていく。


路地を抜けた先、少し開けた視界の向こうには、片足を喰い千切られて気絶している血まみれの女性。そのすぐ隣には黒崎さんが既に居り、彼女の右手には真っ赤な薔薇が握られている。


「黒崎さん...!この人は...!」


「まだ死んでないわ。...でも出血が酷い。この出血量じゃ、救急車を呼んでも間に合わない。」


むせ返るような、鼻を刺す鉄の酸っぱい香り。グロテスクな噛み跡からはひょっこりと、無造作に喰い荒らされた骨やら血管やらが顔を出している。


20代ぐらいの女性だろうか。その顔は血が足りないのか、酷く青白い色をしていた。もう、何をやっても助からないのは明白。俺はただ、人の命が消える直前を目の前に、何も出来ず立ち尽くしていた。


「...っ!死なせない...!『売買売血(ペイン・トゥ・ウィン)』!」


刹那、彼女が倒れている女性の患部に触れると、触れた部分から光がぶわっと湧き上がる。その直後、光が女性の欠けた足の輪郭を形作り、薄らと実態を帯びてきた。


本当に魔法のように、淡く優しい光。春の日差しの中で、赤ん坊が太陽に手を伸ばしていく光景。そんなものを幻視してしまうほどに、暖かな力。


欠けた所から骨が伸び、それを覆うように肉が産まれ、神経が間を塗って差し込み、血が少しづつ流れ始めて、最後に皮で丸っと蓋をする。


辺りに血が撒き散らされているのが不自然に思えるぐらい、一瞬で倒れていた女性の足は元通りになった。


「す...すごい。こんな力があれば、もう誰も死なずに...。」


「...そんなに良いものじゃないのよ。私たちの力なんて、所詮は昏腑(コンプ)だもの。」


彼女はそう言って、まだ目の覚めない女性をお姫様抱っこの要領で抱き上げた。そうして俺が来た方向へと向かい、こちらに走ってきた熊倉くんと合流する。


「く、くく、黒崎さん!その人は...。昏腑(コンプ)、使ったんですか?」


「えぇ。五年、いや八年かそこらって所かしら。とにかく、私は彼女を病院に連れていくから車の鍵、貸してくれる?」


「あ...はい!もちろんです!」


助かるわ。と言って彼女は鍵を受け取り、そのまま病院へと車を走らせて行った。残ったのは血まみれの地面と、俺と熊倉くん。それからもうほとんど落ちかけの太陽だけ。


黒崎さんは鍵を受け取ってから車に乗りこみ、俺の視界から消えていくまで、やっぱりずっと哀しそうな顔をしていた。


俺はそれがどうにも引っかかって、現場を後にしている徒歩の帰り道の中、思わず熊倉くんに聞いてしまう。


「あのさ、黒崎さんの昏腑(コンプ)...。能力ってどんな...?」


「...あんまり人の昏腑(コンプ)を聞くものじゃないよ。でもまあ、そうだね。あの人のは...治癒。と言っても、寿命の前借りに近いんだ。」


人間には通常、自己治癒能力が備わっている。だから怪我をしても数日後にはカサブタになるし、数週間もしたら綺麗さっぱり傷は無くなる。


彼女の能力は、その人間が持つ自己治癒能力を極限まで増幅させるものだという。だから致命的な欠損でも、瀕死の重症でも治すことは出来る。


問題はその後だ。人間の細胞にも、自己治癒の限度がある。人体に無理をさせればさせるほど、細胞は消耗して擦り切れ、結果としてそれは寿命の消費に繋がる。


「優しい力だと、僕は思うよ。でも仕方ないとは言え、彼女が命を救う時、それは同時に命を奪うことでもあるんだ。...そんなの、しんどいだろうね。」


ズンと足取りが重くなる。彼女の哀しさは、これから善意を募らせる度に更に体にへばりつくのだろう。そう思うとやるせなくて、俺は黙って空を見上げた。


いつの間にか、太陽はすっかり沈んでいて辺りは真っ暗。元々人通りの多くない住宅街だからか、静けさが遠くから鳴るサイレンの音を強調している。


「それにしても、なんで花屋はわざわざ片足だけ喰べて逃げたんだ?今までに、なんかそんな事とかあった?」


「うーん...。多分、あんまりないと思うけど...。あ、ちょっと待って電話。く、黒崎さんだっ!」


熊倉くんは急にルンルンとステップを踏んで、ご機嫌な高めの声で電話に出る。けれどすぐに、その上機嫌な表情は消えて彼は電話を切った。


「...逃げよう北島くん。まずい、罠だった。」


「...え?罠ってそれはどういう...。」


瞬間、俺たちの前方の地面が隆起し、アスファルトの下からすごい勢いで植物が飛び出してくる。そうしてその植物は鋭い棘を持って、俺たちの方へ追尾を始めた。


俺は右、熊倉くんは左に避ける。何とか急襲を回避し、追撃の予感が無いことを確認して一息呼吸を整えた。すると後方、暗い路地の隙間から足音が聞こえる。


「君たちですよね?私の事を付け回すの、出来ればやめて頂きたいんですけど。」


眼鏡をかけている、すらっとした背丈の高い優男が暗闇から現れる。柔和な顔の造形をしているはずなのに、体が自然と殺伐とした空気感を感じ取った。


「...北島くん。花屋だ。......来る。」

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