Ep.3.5『騎士念慮』
〜.5系の話は読み飛ばし可能です
机に両手を組み伏せて、息を殺して寝たフリをする。視界は細く区切られて、怠さは体を重くした。
面白くてやってんじゃない。これが俺の、今を生きる処世術なんだ。その証拠に、細い視界からでも酷い景色が見えてくる。
「やめてっ!やめてよ!痛い、痛いってば!」
「キャハハハ!ちょっと冗談じゃん!何マジになってんの?」
派手な女数人が、地味めな女を寄ってたかって好き放題。今どき珍しくもない、どこにでもある休み時間の風景だ。
「...あ、あの!その子、嫌がってるじゃないか!」
現実とアニメの区別が付いていない、ヒーロー気取りのバカが一人。あーあ、やめとけばいいのに。
「は?マジで誰こいつ?ねー、なんかキモイやつに絡まれたんですけど。」
派手な女がそう言うと、教室の奥からガタイのいい男がやってきて、すぐさまヒーロー気取りをボコボコにし始めた。だから、言わんこっちゃない。
見て見ぬふりしとけば、なにか行動を起こさなければ、ターゲットにされることはほとんどない。目立てば目立つほど、やっかむ奴らは増えてくる。
何もしないが正解だ。それを、どいつもこいつも理解していない。俺はそんな風に、毎日をダラダラと第三者視点で覗き込んでいた。
そうしてある日、寝たフリがつい本当に眠ってしまった日のこと。
「あ、やっべ。もう放課後じゃん。...さっさと帰るか。」
俺は廊下に出て、一直線に帰路に着こうとした。ただそんな時、背後からぴちょんと水音が跳ねる。それに驚いて、俺は反射的にビクッと後ろを向いた。
「...うお、マジでビビったわ。」
「...ごめんなさい。」
振り返った先には、いつも虐められていた女がびしょ濡れで立っていた。多方、バケツで水でも掛けられたのだろう。とにかく、関わらないのが吉。触らぬ神に祟りなし。
「...ジャージ。明日は体育とか無いし、使うか?」
俺も、またバカの一人だった。その日をきっかけに、俺とその女は放課後、なんとなく時々話すようになった。
本当に、なんでもない話ばかりしていたような気がする。ゲームのこと、アニメのこと。最近読んだ本、推してる配信者、嫌いな先生の授業。意識してか、それともしないでか、俺たちはシリアスなことについては何も言葉を交わさなかった。
助けられる気もしなければ、実際どうすることも出来ない。でも、下らない話の軽さが、俺は結構気に入っていた。それは多分、向こうも一緒で。
「...なぁ、今度...なんだけど。水族館とか、行かね?ほら、お前の好きなアニメあったろ、あれ俺も見てさ。んで、この水族館。今コラボしてんだって。」
「え、いいの...?いきたい!」
俺にしては勇気を出して、そいつのことを誘ってみた。俺が誘った時の、心底嬉しそうな顔。その時、人生で初めて。あぁ、俺もこういうの、望んでいいんだって思えた。
その水族館の日のことは、もうあんまり思い出したくない。ただ一つだけ。俺は今でも、お揃いで買った、いつの間にか無くしてしまったメタルキーホルダー。その影を探している。あいつが好きなアニメキャラ。いぶし銀な活躍をする、サブキャラだが人気の高い甲冑のヒーロー。
水族館に言った次の日、学校に行くと黒板にはでかでかと、俺の名前といじめられてる女の名前が、相合傘で書かれていた。
そうして必死に、俺の隣に書かれたもう一方の名前。その女の影を探した。しかし、それは微塵も見つからず。結局、そいつはこの日、学校には来なかった。
放課後、いつもより味気ない帰り道を進んでいると、派手な女から背中を叩かれた。女は俺を見て、ニヤリと楽しそうに笑った。
「あんた、今からいいとこ連れてってやるよ。」
そうして半ば強引に連れてこられたのは、学生なんかには縁もゆかりも無い繁華街。そうしてその奥、薄暗い路地を抜けた先にあるホテルの群れ。
「ねぇ、あんたアイツと付き合ってんでしょ?彼女の晴れ姿、見てやんなよ〜!」
視界の先。何の表情も張り付けていない、俺と同じアニメが好きなあの女。そいつが、10は歳の離れたおっさんと手を組みながら歩いていた。
水に流されるみたいに、ホテルの中へ入っていくあいつ。そうして俺の隣にいた派手な女が、大きく声を上げた。
「おーい!彼ピ連れてきたよ〜!」
周囲の目線が、一気にこっちへ向く。その時、初めて女の顔が動いた。見られたくなかった。耳を塞いでいてもそんな声が聞こえてくるような、酷い顔。
この時俺は水族館のことを、彼女の言葉をただ頭の中でひたすら思い出していた。
「なぁ、なんでお前、こんな地味なキャラ好きなの。めっちゃ余ってたじゃん、この甲冑騎士のキーホルダー。」
「えー。かっこいいじゃんこの人。そりゃあ、派手な技も目立つ行動もしないけどさ。影で一人、ひっそり主人公を助けてるんだよ。それってすごく、主人公にとって嬉しい事だと思うから。」
彼女がホテルに入っていく。俺はその後ろ姿を、ただ何も言わずに見ていた。何もしなかった。何も、出来なかった。
「...いつから?」
「あー援交のこと?いつからって、だいぶ前からだよー?もしかして、知らんかったん?ウケる。」
手の中には、メタルのキーホルダー。俺は、こいつのように影で誰かを助けるなんて、しようともしなかった。そう思うと、なんだか笑えてくる。
気がつくと、俺の手には剣が握られていた。体には重く鉄がのしかかり、視界はいつものように狭い。
派手な女の耳を切り捨て、足を斬って逃げれなくしてから喰べる。クソ野郎の肉なのに、絶頂するほど甘くて美味い。そうしてそこで知った事実だが、こいつらは援交で得た金をほとんど奪い取っているらしかった。どこまで行っても、クソはクソだ。
取り巻きも殺した。いつもは強さをアピールしてる、派手女の彼氏らしい男も殺した。どいつもこいつも、クソみたいに美味い。
最後に、俺はホテルに押し入って、彼女を抱いている最中のおっさんを殺した。無理やり服を剥がれたような彼女は、静かに泣きながら血まみれの俺を見てハグをする。
肌は鉄にぶつかって、彼女の柔らかさなんて微塵も感じない。もっと、視野を広くしていれば。なにか動いていれば。こうなる前に、どうにかなったんじゃないか。
彼女は抱擁を終えたあと、一歩後ろに下がってから、また両手を開いて俺に体を差し出した。ひどく安らかな、血にまみれた笑顔。
「殺して。」
鉄の体じゃ、誰も抱きしめられない。俺は彼女を斬り殺して、それから丁寧に喰べた。それが人生で、最初で最後の彼女と一つになった夜。
喰べた人間のことは、まるで自分のことのように理解できる。だから俺は、理解した。理解できてしまった。彼女は、俺のことが好きだった。そうしてずっと、俺に救われたがっていた。




