Ep.3
剣戟の反動、鋭い刃は防げても衝撃までは殺せない。俺は攻撃を受けた分、不格好に後ろへと跳ね飛ばされた。
(うおっ...手がビリビリする。転けないようにするので精一杯だな...!)
自分の右腕に握られている、正体不明の剣。俺はそれをすぐさま、前方に構えながら手堅く臨戦態勢を取る。
刃渡りは大体80cmほど。重すぎず、軽すぎず。確かな重みは感じるものの、それでいて振り回すのには無理がない丁度いいサイズ。
呼吸は深く、視野は広めに。猛り昂る心臓を何とか押さえつけ、俺はアドレナリンで高揚した脳みそを酸素で冷やしていく。
「...おい。一つ、聞いておくぞ。テメェに人が、殺せんのか。」
初めて手にする、人を害するための刃物。言葉一つ、その形のない力の塊が、確実な緊張感を持って両腕を縛る。
相手はイカれた食人鬼のモンスター。それに加えて、殺人など一切の躊躇無く行えるだろう。殺してしまっても、それは正当防衛というものだ。
理解はしている。ただ、心がそれに追いつかない。そんな一瞬の迷いが、俺の視線を少しだけ地面に向かわせる。
「バカがっ!甘ぇんだよ!」
こちらの脳天に向かって、一直線に鋼鉄が振り下ろされる。当たれば必死、掠れば重症、一太刀浴びれば四肢が飛ぶ。
そんな豪快な一撃を、俺は姿勢を低く下げ、前方に刃を持って斬り走る事ですり抜ける。すると金属同士がぶつかるような鈍い音が響き、ベコッと甲冑の腹部が凹んだ。
「がっ...!」
思ってもみなかった反撃に対し、甲冑は体から一瞬力が抜けたのか片膝を着く。しかし、あくまで与えたダメージは甲冑越しの衝撃のみ。
相手は地面に倒れそうになるところを、地面に剣を突き刺して体幹のバランスを維持。それから腕の力を使って、ゆっくりと体勢を立て直した。
「そんな着込んでんなら、剣とかじゃ死なねーな...多分。」
殺す勇気も、命を背負う覚悟も、生憎今は持ち合わせがない。ただそれでも、死にたくは無いし後ろの命も守りたい。
「クッソ...!舐めるなよ三下ぁ!」
振り返りざま、甲冑は力任せの横薙ぎを繰り出す。俺はそれを後ろに逸れて回避し、今度は思いっきり体重を乗せて袈裟斬りをお見舞いした。
初手の追いかけっこと数度の撃ち合い。その二つから得た情報が思考に組み入れられ、ある程度の仮定を弾き出す。
(当たり前だ。甲冑なんか着てるんだもんな、動きが早いわけないか。)
襲撃する際、こちらはほとんど止まっていたのに、追いつくには時間が掛かりすぎていたこと。攻撃の出だしを見てから回避が可能なこと。
一度攻撃を受けた実感としても、威力に関しては背筋が凍るものがある。ただやはり、速度はお粗末。
剣を握る力をぐっと強めて、俺は反撃を食らわないギリギリの射程を見定める。そうしてこの距離なら避けられると判断した間合いにて、ヒットアンドアウェイを繰り返した。
「ちょこまかと...!」
先程までは明らかに、格下だと舐めきっていた相手。そんな奴にしぶとく粘られれば、誰だってストレスが溜まる。
甲冑は頭に血が登ったのか、腰と上半身を使って、力一杯剣をこちらに叩きつけに来た。視界不良の、凡そ20〜30kgはあるだろう甲冑。
そんな重量を身に纏って、尚且つ不安定に上半身に力を入れたとするならば、当然下半身の衝撃からは脆くなる。
俺は身を横に捩って剣を躱し、逆に相手の足元へこちらの武器を叩きつける。するとドミノ崩しのように体勢は崩れ、甲冑は呆気なく地面へと仰向けに倒れ込んだ。
地面に伏し、立ち上がろうと藻掻く相手の背中を目掛け、俺は乗りかかるように足を乗せる。甲冑+人一人分の体重。すぐに起き上がれる訳もなく、体力が削れていた事もあってか、相手は為す術なく地面に転がった。
「確かに、魔法みたいになんでも出来るって訳じゃなさそうだな。この昏腑って力は...。」
「畜生...!テメェみたいな...テメェみたいなヤツに...!!」
俺はくるりと剣を水平方向に持ち替えて、それから全力で甲冑の頭部分を剣の腹で殴り続けた。
ガンガンと金属音が数十回鳴り響き続けて、しばらくすると泡のように甲冑が解ける。そうして甲冑の中からは、俺と同じぐらいの年齢に見える男が顔を出す。
男は衝撃で気絶しているのか、涎をだらりと垂らしながら白目を向いており、一向に動く気配は感じられない。
終わった。不審者に追いかけられて、殺し合いにもなったけれど、何とか誰も殺さずに生き延びられた。そう思うと、なんだか一気に緊張の糸が解けて体が緩む。
「終わり...ましたよ。もう、多分大丈夫です。」
甲冑を殴り続けたせいか、手が痺れてもう握力が死んでいる。そうして自然と手から剣が滑り落ちて、ふわっと宙に溶けていく。
どっと汗が流れ、今まで平気だった心臓が突然暴れ出す。臨戦態勢が解けたアドレナリン切れ。俺は今になって初めて、自分の体力が案外ギリギリだったことを悟った。
「...あなた、名前は?」
「えっと...北島白秋です。」
「私は黒崎、黒崎あかね。助けてくれてありがとう。白秋。」
ぺたんと地面に座っている彼女から、真っ白な指がこちらに伸ばされる。その所作が、指先が、あんまりにも綺麗なものだから。俺はつい緊張して、ドギマギしながら目を少しだけ逸らしてしまう。
それでも、伸ばされた手には答えなければならない。俺は握手でもするみたいに彼女の手を取って、座っていた彼女を引っ張って立ち上がらせた。
「ねぇ、白秋。一つ、提案をしてみてもいいかしら?」
「...あ、はいっ!なんでしょう!」
俺は一瞬、惚けていて彼女の言葉の意味を理解するのが遅れてしまう。そうして素っ頓狂な声を上げ、俺は慌ててまだ握っていた彼女の手を離した。
「もし...あなたさえ良ければ、私たちと一緒に...」
その瞬間、背後からドンっと地面に金属がぶつかる音がした。その音に反応し、俺たちは二人同時に音の発生源へと視界を向ける。
「まだ...まだだ...。そう上手く...俺に勝ったつもりかぁ!!」
ぐちゃぐちゃにひしゃげた、けれどまだ鈍く光る甲冑。そしてその奥からは手負いの、であるからこそ血に飢えた獣がそこに立ち上がろうとしていた。
「マジか...!黒崎さん下がって!俺がまたっ...!」
全身に力を入れ、再び剣を空から呼び出そうと試みる。しかし力を入れた瞬間、疲労からか体が痺れて動かない。
(クソ...なんでまだ立てるんだよ...!力も入んねぇし...どうする、どうする...!)
「...なぁ、分かるか?昏腑ってのは、自己解釈でもあるんだ。俺が、俺自身をどう思っているか。そいつがよーく、能力に現れやがる。」
「へぇ、随分大人しくなったな。」
「食事の前の礼儀さ。俺なりの、頂きます。だよ。」
一秒でも体力を休め、僅かな復活の可能性に賭けるべく、俺は会話を長く続けようと時間稼ぎを試みる。しかし、眼前に向けられた刃はそれを許さない。
「守れなかったもん。守りたかったもん。...大丈夫さ。この世の中は大抵、上手くいかないように出来てる。お前も良く、頑張った方だ。」
ブンと、剣が風を切って振り上げられた。けれど終ぞ、刃は払われずに甲冑は空を見上げる。そうして俺もまた、同時に空を見上げていた。
それは以前のような諦めからでは無く、ただ摩訶不思議な光景に視線を引かれて。緑色の流れ星。空を引き裂く一筋の炎が、こちらに向かって落下してくる。
流れ星はそのまま、甲冑へと着陸。すると炎は一段と、また勢いを強めて甲冑の男を焼き焦がした。
「詰めが甘い。モルフが相手ならきちんと殺せ。」
コツコツと、ローファーの靴音が聞こえる。悲鳴を上げ、緑の炎に包まれたままの甲冑の背後。少し背の低い、学生服を羽織った少年が姿を表した。
「雑魚あかね。ったく何考えてんだ、弱い癖に出しゃばって。イカれちまったのか?」
少年はそのまま甲冑を通り過ぎ、俺の目の前でようやく足を止める。そして手に持った十円玉を親指で弾きながら、値踏みするようにこちらを下から覗き上げた。
「んでさぁ、聞き間違いだよなあ。コイツを、この雑魚を!オレたちの輪に入れるって?」




