Ep.10
「ちょっと、花屋が死んでるならもうリサは関係ない。こっからはアンタの趣味でしょ。ならアンタ一人でやんなさい。」
「マジでお願い!一匹だけでいいからさぁ〜。ヴィヴィちゃん!ヴィヴィちゃんだけ貸して!」
男は軽い口ぶりで、ペコリと女の方に頭を下げる。すると女は少しのため息をついてから、顔の半分を覆っている黒いマスクを僅かにズラして口を開く。
「...たく、貸一つ。『お化生道具』。ヴィヴィアンちゃん、やっちゃって。」
女の背後。空間が黒く歪んで裂け、その裂け目の深淵から怪物が出現する。大きさは約2mほどの人型。頭部には十字架のようなものが突き刺さっており、その様相からは自ずと、フランケンシュタインが想像させられる。
「熊倉。そいつと一緒に下がってろ。燃えると危ねぇ。」
しかし、そんな怪人と相対しても尚、火宮は動じない。怪人が咆哮を吐き、雄叫びが俺の耳を鋭くつんざく。
単純な、何の意味もない動物的な威嚇。されど生物としての本能が、生命としての理が、体の髄から震え出す。
「声がデカいだけか?」
ポケットに片手を突っ込んだまま、火宮が右手で百円硬貨を弾く。怪人はこれを掴もうと、両手を前に強く突き出した。
閃光のように、あるいは落雷の如く、硬貨は宙を突き進む。そうして光は怪人の両手によるガードをそのまま貫通し、最終的に相手の顔面まで炎を灯し続けた。
両腕が燃え、ガードのおかげで勢いが衰えたとはいっても、顔に伝わる強打の一撃。それなのに、怪人は痛がる素振りも見せず火宮へとまっすぐ向かう。
「Gyaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!」
「元気がいいな。いいぜ、お小遣いでもくれてやる。」
すると火宮は辺りに一円玉をポロポロ零し、回避行動のため後ろに跳ねる。迫る怪人、下がる火宮。そうして、地面に広がる銀の庭。
怪人が火宮に向かってただ直進を続けると、当然足元に散らばった一円玉をそのまま踏むことになる。
そうして怪人が一円玉を踏んだその瞬間。辺りに撒かれた一円玉が一斉に火を吹き上げ、怪人を取り囲むように炎が周囲を包んだ。
「gyaooooooooooooo!!!!」
怪人は呻きながら、炎を全身に受けて転げ回る。体格から察するに、膂力もタフさも一級品であろう化け物が相手。それなのにこうも、容易くあの怪人を処理出来てしまうのか。
俺はその事実に戦慄しながら、目の前でパチパチと音を立てて光を放っている炎を見た。圧倒的。たった一瞬でさえも、俺と火宮の戦力差が隔絶していることを分からせるような一息。
「...さっきの男がいねーな。おい、アイツどこ行った。」
火宮は炎の中で蠢く怪人にはもう目もくれず、炎の先でつまらなそうに自分の爪をいじっている女に声をかける。
「さぁ?アイツなら、どうせ墓荒らしでもしてんでしょ。」
「お待たせぃ!あら、あらあらら。ヴィヴィちゃん負けてんじゃん。もしかして、アイツ結構強め?」
俺たちが抜けてきた路地。いつの間にか姿を消していた男は、再度そこから顔を出した。そうしてニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら、男は荒々しく自分の影を踏む。
「なら試運転にはちょーどいいかぁ。さぁ、見せてみろよ花屋。『眼開かぬ死者の視野』。」
踏まれた影の足跡。そこに深いシミが出現し、そのシミの中からゆっくりと人間が浮かび上がる。それは、先程までよく見ていた顔。
戦い、言葉を交わし、そうして斬り伏せた。俺の、人生で初めて殺した相手。そんな相手が、今目の前に、俯きながら立ち上がっている。
人殺しはいけないことだ。許してはいけないことだ。理由があって許されることでもなければ、自分のエゴのために殺すなんて論外にも程がある。
でも、それでも花屋は殺さなきゃいけなかった。俺が、殺さなきゃいけなかった。だから殺した。
ただそれで全部が消化できる訳じゃない。これからもきっと、俺は悩んだり苦しんだり、色々な思いを心の中で引っ掻き回すんだろう。
それでもやっぱり、これは違う。花屋は人殺しだった。けれどそれが、こんな風にされる理由なんか無いはずだ。
「花屋ぁ!調べはもうついてんだ、そのご自慢の植物操作!存分に奮ってくれ!」
花屋はそれに対し、顔を俯かせたまま腕だけを天へ向ける。そうして先刻の死闘のように、また指先を使って植物を操作しようとしていた。
「...あ?どうした?早くやってくれよ花屋。」
しかし、植物は産まれない。辺りは炎の音だけが木霊する、夜の静寂をひたすらに纏っていた。
花屋は紛うことなきクソ野郎。その事実は揺らがない。ただそれ以上に、目の前のこいつは腐りきった正真正銘最悪のクソ野郎だ。
「...趣味が悪ぃな...!終わってるよお前...!」
「...なんだって?」
「趣味が悪いって言ってんだよ腐れ野郎!そいつは俺が殺したんだ!もう死んでるんだ!だから大人しく、死んだままにしておけよ!!」
葛藤も後悔も未消化のままだ。それなのに、勝手に掘り起こして、死人をいいように使うな。俺は全身が痛むのなんか忘れて、指先を男の方へ向ける。
そうしてただ、俺は胸に薔薇の花を思い起こさせた。本当に真っ赤な、幾重にも咲く脆い薔薇。加えて、それを守護する鋭い茨。それを、地面から生み出し男へ向ける。
凄まじい速度で打ち出された茨は、そのまま花屋を貫通。彼の体に大量の薔薇を残して、勢いを殺さぬまま男へと直進し続けた。
しかしそれを、男は驚き顔で間一髪回避する。その直後、薄ら寒い笑みとはまた一味違う、もっとどす黒い攻撃的な笑顔が顔を出す。
「...お前、お前か!お前が盗ったのか!なんって、滅茶苦茶な能力だ!欲しい、あぁ欲しいなぁ!決めた。お前は、絶対におれの物にする!」
視線が交わる。怒りで頭が沸騰しそうになるのを抑えないまま、俺は男に向かって一歩を踏み出そうとした。
しかし体はとっくに限界。俺は地面に倒れ込んで、大地に激突しそうになる俺を熊倉くんがギリギリでキャッチ。それを皮切りに、睨み合いはプツンと終了する。
「そっちの炎使いも強キャラだろ?おいリサ、こいつら全員おれのモノにする!!!」
「まだ目覚めたばっかの新人の癖して、馬鹿言わないで。炎使いに...多分だけど能力強奪。それからあと一人は不明。どう考えても引くべきでしょうが。」
女の方が逸る男を静止し、冷静に状況を俯瞰した上で撤退を宣言する。そうして一瞬、男はそれに眉を顰めつつも了承。渋々といった雰囲気でくるりと俺たちに背を向ける。
「オマエ、名前は?」
「カスに名乗る名前は...ない...!」
「...まあいいや。おれはルイ。死屍累ルイ。また会いに来る。だから、それまで死なないでくれよ?」
そうしてそのまま、男たちはその場を離れようとした。しかし、長々と静観を決め込んでいた火宮がついに沈黙を破る。
「バカか?火葬がまだだ、逃がさねぇよ。」
「確かに、火葬は済んでないみたい。気をつけて?タフって言葉は、リサのヴィヴィちゃんの為にあるから。」
「gyoaaaaaaaaaa!!!!!!!」
再び、炎の中から怪人が回帰する。そうして逃走する二人を守るように、火宮の眼前に超人が立ちはだかった。
俺はそのまま、何も出来ずに逃げていく二人を目で追い続ける。悔しさに歯噛みして、視界の奥に溶けていく二人の背後を、ずっと食い入るように。
それから火宮が怪人の膝を再び地面に付かせた時には、もう既に二人はどこかへ消えてしまっていて、しばらくすると怪人もまた黒い歪みに吸い込まれていった。
「...死屍累ルイ......!」
俺は男の名前を呟きながら、右の爪を手のひらに食い込ませる。次に会った時は、絶対にぶん殴る。そう心に刻んで、俺はゆっくりと目を閉じた。
一旦ここで描き止めです!
普段は純文を書いているのですが、色々なことを学ぶためにライトなものも書いてみました。好評だったら続けるかもしれません!(2026年5/14時点)




