第3話 歴代聖女の墓標
マレナさんに呼ばれたのは、次の日の夜だった。
「来なさい」
そう言って、彼女は私を地下へ連れていった。
階段を、下りる。
下りる。
ひんやりとした空気が、頬を撫でた。
蝋燭の灯りだけが、足元を照らしている。
着いたのは、古い部屋だった。
棚に、ぎっしりと巻物が並んでいる。
埃の匂いがした。
「これが、記録室」
マレナさんが言った。
「歴代の聖女が、どうなったか。全部ここにある」
私は、一つの巻物を手に取った。
開く。
そこには、名前が並んでいた。
たくさんの、女の子の名前。
その横に、短い記述。
『神気枯渇により死亡。十九歳』
『神気枯渇により死亡。二十一歳』
『廃人。故郷不明』
『行方知れず』
私は、息を呑んだ。
「これ……」
声が、震えた。
「みんな、若い」
「そうよ」
マレナさんは、淡々と言った。
「祈りすぎると、神気が尽きる。
尽きると、死ぬ。
それか、二度と立てなくなる」
巻物を、次々とめくった。
どれも、同じだった。
二十代で死ぬ。
故郷を失う。
名前だけが、ここに残る。
「祈るって」
私は呟いた。
「そんなに、命を削ることなの?」
「神気は、寝て食べれば戻る」
マレナさんが答えた。
「でも、戻る前にまた絞り取られたら?
戻る暇もなく、毎日祈らされたら?」
私は、自分の体を思った。
膝の痣。
空いた腹。
浅い眠り。
戻る暇なんて、なかった。
ずっと、絞り取られてばかりだった。
「これは、不運じゃない」
私は、確信した。
「わざと、使い潰してるんだ」
マレナさんが、私を見た。
その目に、初めて何かが宿った気がした。
「あんた」
彼女は言った。
「ちゃんと、見えるのね」
私たちは、記録室を出た。
裏手に、小さな墓地があった。
質素な石が、いくつも並んでいる。
名前すら、刻まれていないものもあった。
「ここに、みんな眠ってる」
マレナさんが言った。
風が吹いた。
寒かった。
「あたしもね」
マレナさんが、ぽつりと言った。
「貴族の娘だったの。次女だけど」
私は、黙って聞いた。
「婚約してた。
でも、相手が姉を選んだ。
あたしは、邪魔になった」
彼女は、墓石を見つめていた。
「だから、神殿に放り込まれた。
体のいい、厄介払いよ」
その横顔は、笑っていた。
でも、笑っていなかった。
「あたしも、いつかここに入る。
そう思って、生きてる」
私は、何も言えなかった。
そのときだった。
物陰で、小さな音がした。
「だれ?」
私が声をかけると。
細い人影が、おずおずと出てきた。
小柄な、子どもだった。
中性的な、整った顔。
「ぼく……ノエル」
その子は、震える声で言った。
「男だけど、神気があるんだ。
だから、ここにいる」
男の聖女。
そんな子もいるのか。
ノエルは、墓地を見つめた。
「ぼくも」
小さな声だった。
「ここで、終わるの?」
その問いに。
胸が、締めつけられた。
十四歳くらいだろう。
こんな子が、自分の死を覚悟している。
私は、拳を握った。
おかしい。
ぜんぶ、おかしい。
頭の中で、ずっと回っていた言葉が。
ついに、口から出た。
「ねえ」
私は、二人を見た。
「祈りを、辞めることって……できないの?」
マレナさんが、目を見開いた。
ノエルも、私を見た。
辞める。
その言葉を、私は初めて声にした。
誰も、考えたことのなかった言葉。
冷たい墓地に。
その四文字だけが、静かに響いた。
マレナさんが、ゆっくりと口を開いた。
「あんた……本気で言ってるの?」
私は、まっすぐ彼女を見返した。
「本気だよ」




