第2話 清貧という名の鎖
王都に来て、数日が過ぎた。
私の体は、もう悲鳴を上げていた。
膝には、いつも痣がある。
腹は、いつも空いている。
眠りは、いつも浅い。
それでも祈れと言われる。
聖女だから、と。
あの夜のことが、頭から離れなかった。
倉庫から運び出された、重そうな荷。
布で隠されていた、あれは何だったのか。
確かめたかった。
だから、その夜。
私は水汲みを口実に、こっそり裏庭へ出た。
月明かりだけが頼りだった。
物陰に身を隠す。
息を殺して、待った。
しばらくして。
小さな灯りが、揺れながら近づいてきた。
神官が二人。
木箱を、慎重に運んでいる。
向かう先は、奥の建物。
大司祭オルゲン様の私室だ。
箱の蓋が、わずかにずれた。
その瞬間。
月の光が、中身を照らした。
金貨だった。
びっしりと詰まった、金貨。
それと、宝石のついた燭台。
私は、口を手で押さえた。
寄進だ。
信徒が神様に捧げたものだ。
それが。
大司祭の部屋へ、運ばれていく。
清貧であるべき、と説く人の部屋へ。
足が、震えた。
怒りなのか、寒さなのか。
自分でも分からなかった。
翌朝。
朝礼で、オルゲン様は穏やかに微笑んでいた。
恰幅のいい体。
柔らかな声。
「聖女たちよ」
その人は言った。
「物欲は、信仰を濁らせます。清く、貧しくあれ」
私は、拳を握った。
昨夜の金貨が、目に焼きついていた。
よくも言える。
そう思った。
祈りの合間に、私はコラリーに話しかけた。
倒れたあの子の名前は、コラリーというのだと、昨日知った。
聖女になって、もう三年になるという。
「ねえ」
私は声を潜めた。
「昨日の夜、見たの。寄進が、大司祭様の部屋に運ばれてた」
コラリーは、咳をしながら答えた。
「……知ってる」
知ってる。
その一言に、私は固まった。
「知ってて、何も思わないの?」
コラリーは、力なく笑った。
「そういうもの、だから」
そういうもの。
その言葉が、胸に刺さった。
諦めだ。
この子は、とっくに諦めている。
「おかしいよ」
私は言った。
「私たちが祈って集めたものを、あの人が独り占めしてる」
「しっ」
コラリーが、私の袖を引いた。
怯えた目で、周りを見回している。
「聞かれたら、罰を受けるよ」
罰。
その言葉に、私はぞっとした。
ここでは、おかしいと言うことすら罰なのか。
そのときだった。
「気づいたのね」
低い声が、後ろからした。
振り返ると、赤毛の女性が立っていた。
腕を組んで、私を見下ろしている。
私より、ずっと年上だ。
二十歳は、超えているだろう。
「賢いわね、新入り」
その人は、唇の端を上げた。
「でもね。賢い子ほど、早く壊れるのよ」
「あなたは」
私は聞いた。
「マレナ。ここの、古株よ」
マレナさんは、ふっと鼻で笑った。
「金貨を見たくらいで、怒ってるの?
そんなの、ほんの入り口」
「入り口?」
「黙って祈ってなさい」
マレナさんは、背を向けた。
「波風立てると、消されるわよ」
消される。
その言葉が、引っかかった。
去り際。
マレナさんは、肩越しにこう言った。
「……本気で怒りたいなら。
地下の記録室を見てから怒りなさい」
地下の記録室。
その一言を残して。
マレナさんは、薄暗い廊下へ消えていった。
私は、その背中をじっと見つめた。
金貨の山。
諦めたコラリー。
意味深なマレナさん。
そして、地下の記録室。
知らなければいけない。
この神殿が、本当は何なのかを。
胸の奥で、何かが固く決まっていく音がした。




