第7話 登用官は登用する
帰りの道中、少し離れた距離でヴァルトが先頭を行く。
俺は後ろでエルナと二人きりになった時、質問が投げられた。
「どこで彼のことを知ったのですか?」
神妙な顔をしている。
「王都の露店だな。小腹を満たそうと外に出て、あいつが出している露店を見つけた」
「露店……ですか」
信じられないといった様子。この様子だとエルニックが露店を出していたことも知らないのだろう。
「あまりに大小さまざまな金属類が並んでいたから、気になったんだ」
「でも……それだけで北の村まで向かうなんて」
エルナの疑問は至極当然だ。
「あいつの村も北にある。だが、エルニックの村はグレイウルフの被害がないと話してくれた。詳しく聞いていくと、過去にこさえた罠で討伐して以来、群れが来ることはなくなったそうだ」
「それで……」
「そこからは、一緒に夜通し歩いて、罠を張ってから戻ったというわけだ」
だいぶ繋がってきたのだろう。うんうんと頷く仕草を重ねている。
騎士団のトップに納得してもらえたなら、何よりだ。
俺は大きく息を吐く。睡眠不足と疲労感が心地いい。今夜はゆっくり眠れそうだ。
「それだけですか?」
「え」
まだ話は終わっていないと。エルナの視線は訴えかけてくる。
やれやれ、真面目な団長さんだ。
「それだけじゃないな。あいつは異常なくらい特別だった」
「というと?」
エルニックと一緒に歩いた夜のことを思い出す。
「北の村まで歩くと、かなりの距離だろ? その時、あいつはずっと金属と加工について話していたんだ。それこそ、俺がうんざりするくらいに。最初は面白かったんだが、途中からはこっちがギブアップだ」
エルナは目を瞬かせる。
「その時に思ったんだよ。こいつは、『好き』と『得意』の二つを持っているなって。あとは、それが輝く環境を与えることができれば、さらに化けるだろうと」
エルナがどんな感情で聞いていたか分からない。
「ですが、騎士団に入るとなると生活も大きく変わります。彼が、それを望んだのでしょうか?」
そうだな。国に仕えると私生活も制限を受ける。
でも、あいつにはそれでも叶えたいことがあるからな。
「そのことだが、エルニックの妹は難病を患っていてな。安定した職に就いて、それで治療費を出せるなら『自分はどんなことでもする』と言ってくれたよ」
人材の覚悟も適正も確認できた。俺にできることは、ここまでだ。
俺は最後に大事なことを伝える。
「ここから先は、エルナの仕事だ。あいつに、いろんな現場を経験させてやってくれ。不確実なことが起きる場面で、あいつを磨いていきたい」
俺の意図を受けとったエルナは、しっかりと頷いてくれた。
◇
王都に戻ると団長室でエルナとヴァルトの三人になる。
エルニックには、それなりに重たい革袋を強引に押し付けて宿に行かせた。
部屋の中は重たい空気が満たしていた。誰が口火を切るかといったところだが、意外にもエルナの前に立ったヴァルトが、ゆっくりと口を開いた。
「団長、今回の件は俺の失態です」
「ヴァルト……」
拳を握り締め、次の言葉を探しているのが感じ取れた。
次の瞬間、エルナに深く頭を下げたと同時に、
「苦しんでいる国民がいるのに、手を打てなかった。だから、責任をとって騎士団を辞職します」
責任感の強い奴だろうと思ってはいたが、今回の件でそこまでするのか。
もっとも騎士らしい気質だ。
「ヴァルト、待ってください! そんな急に」
「団長……ずっと考えていたんです。騎士団が少しずつ弱くなっていくのを。なんとかしたい気持ちはあったんですが……」
一段と重苦しい空気が流れていた。
ここにきて、副団長の辞任沙汰になるなど誰が想像しただろうか。
「今回の件で実感しました。それに、どこかで登用官を見くびっていました。そんな騎士はアルケインに必要ありません。どうか、認めてもらえませんかね?」
あれだけ威圧感を放っていたヴァルトからは、疲弊した様子が見て取れた。
こいつも悩んでいたのだろう。外部から登用を招くことになった責任も感じていたということか。
「……決意は固いのですね」
「はい。 帰路でずっと考えていました」
エルナの顔は苦悩に包まれていた。上に立つ人間に何度も訪れる残酷な瞬間。
やがて、ヴァルトの心境を慮るように言葉を発した。
「これまでの尽力、誠に感謝します。 あなたとガーディア家が代々騎士として、アルケイン王国を支えたことを、私は忘れません」
頭を上げたヴァルトはエルナを見つめる。俺の知らない騎士団で過ごしてきた時間を振り返るように。
その表情は、穏やかなものに変わっていた。まるで禊を済ませたかのように。
あまりにも空気になり、存在感を出せない俺は寂しくなっていた。
武士同士のやり取りに嫉妬したわけでは決してない。
「話は終わったか?」
「ああ。お前の見る目は確かだったな。これから、騎士団のために辣腕を振ってくれ。俺がいないことでお前もやりやすいはずだ」
巨躯の男が俺の前から去ろうとする。これ以上、話すことはないということか。
だが、俺の話は終わっていない。
「ヴァルト・ガーディア」
「……なんだ?」
「お前をアルケイン騎士団の副団長に登用する」
それを受けてヴァルトは驚きの表情を浮かべた。
「な、なにを言っている!? 団長との話を聞いていなかったのか」
「聞いていたさ。つまり、今のお前は無所属の身だ。だから、騎士団へ登用する」
呆れたように鼻で笑った。
「馬鹿を……言うな」
「お前は騎士団に必要な人材だ」
淡々と返すと、ヴァルトは言葉を失ったように口を閉じる。
エルナも驚いている。当然の反応だ。
「レイグ様」
エルナが困ったように俺を見る。
「ヴァルトは責任を取ろうとしたのです。私も、それを受け入れました」
そんなことは分かっている。俺は――必要な人材しか採らない。
「同情でもなんでもないぞ。帝国にいた時から、お前の武勇は耳にしていた。そして、村の連中も口にしていたよ『ヴァルト様が来てくれればって』、それだけの騎士ということだ」
俺は一歩近づいた。
「騎士として、お前の実力を疑っていない。統率力もある。部下からの信頼も厚い。戦場では誰よりも前に立ち、命を懸けてきたはずだ」
「だが、俺は……才のあるエルニックを軟弱者と侮った」
沈黙が流れる。
「俺の目には、副団長に相応しい人材としてお前が映っている」
右手を差し出す。
やがて、ヴァルトはゆっくりと顔を伏せた。
大きな拳が震えている。
「……登用官、お前は」
絞り出すような声だった。
「本当に、変な男だ」
その声には、敵意はなかった。代わりに、苦笑いと――ほんの少しの喜びが混ざっているようだった。




