出来レースと金具売り
エルナに引っ張られるように訓練場を後にする。
「どうして、あんな勝負を受けたのですか!?」
連れてこられた団長室で、俺は説教を受けていた。
机と椅子が置かれただけの簡素な部屋で、あれは俺を追い返すための口実だったのだと言われる。
分かってはいたが、あそこまで言われて引き下がるのも気が引けたんだよな。
「私とヴァルトを含む数人で、すでに登用する人材の目星はつけているんですよ!?」
出来レースにまんまと乗せられたことを指摘される。
十歳以上も年の離れた異性に説教され、構図だけ見ればなかなか情けない状況だった。
俺は黙っていた。今はエルナに言うべきこともない。
それにしても、さすが騎士団長だけあって、怒ったときのエルナは怖いな。
これからが心配になる。
彼女は大きなため息をついたあと、気持ちを切り替えるように資料へ目を落とした。
「とにかく、受けてしまった以上は仕方ありません。日もありませんので、こちらも一人、選びましょう」
そう言って、五人の経歴が書かれた資料を机に並べる。
「この中で、次点の評価だった人物にしましょう。あまり期待はできませんが、当日、相手の調子が悪ければ……もしかしたら」
眉間に皺を寄せながら提案してくる。
その様子を見るかぎり、採用予定の者との実力差は歴然なのだろう。
資料を手に取って眺めてみるが、目は滑っていくばかりだった。
こういうのって、見ているうちに全員同じに思えてくるんだよな。
それに呼応するように、部屋の空気まで徐々に沈んでいく。
俺はそれを紛らわせるように口を開いた。
「今回の目的は? 単なる人手不足になるのか?」
「……今月に入り、北にある領地が魔物による被害を受けています。今の人員では厚みが足りないので」
まあ、よくある理由ではあるが。
「へー、どんな魔物なんだ?」
「被害の特徴から、グレイウルフだと思われます」
エルナは持ってきた地図を広げる。
アルケイン北部の森林地帯を指先でなぞり、三つの村が集まる一帯を示した。
王都から離れた小さな村々で、大人の脚でも一日ほどかかる距離だろうか。
「ここの二つの村で被害が深刻です。恐らく、狼系統の魔物でしょう。夜になると、家畜だけでなく村人まで襲われています」
「討伐隊は送らないのか?」
「今は王都を手薄にしたくないこともあり、大々的には送れません。なんとか小隊規模で対応したいのですが」
北の村までの距離や、動かせる人材の数なんかを考えると、仕方のない判断なんだろうな。
そんな重たい空気を破ったのは、扉を叩く音だった。
「どうぞ」
エルナが返事をすると、鎧を纏った小柄な女性が入ってきた。
感情の読めない目で俺を一瞥すると、すぐに用件を切り出す。
「団長、明日の訓練の件ですが」
「そうだったわね。今、そっちに行くから」
どうやら、別件でエルナは席を外すようだ。
それを聞いた女性騎士は俺を見て、「こいつを部屋から出せばいいのでは?」とでも言いたげな顔をしていた。
他国では外様の肩身が狭いよう。
「レイグ様。少しの間、失礼しますね」
「ああ。行ってらっしゃい」
バタンと扉が閉まり、女性二人が部屋から出ていく。
途端に緩んだ空気に安堵しながら、天井を見つめた。
ぐぅ~~っと、腹の虫が鳴る。
酒場でもつまみを食べ損ねたもんな。
この建物には、騎士用の食堂くらいあるだろうか。
探してみようかとも思ったが、さっきの女性騎士の視線を思い出す。
ああいう空気の中で腹を満たす気にはなれなかった。
「よし。ちょっと行ってみるか」
独り言ちて椅子から立ち上がる。
王都の見学がてら、何か食べてくることにした。
どうせ騎士団長が関わる話なんて、長引くものと相場が決まっている。
腹が減っては何も考えられん。
そう自分に言い聞かせながら、俺も部屋を出ることにした。
◇
騎士団本部を出ると、大きく背伸びをした。
帝都ほど巨大ではないが、石造りの建物が整然と並び、行き交う人々も多い。
露店からは焼きたてのパンや香辛料の香りが漂い、通りには商人たちの威勢のいい声が響いていた。
「腹が減っていると、何でも美味そうに見えるな」
しかしだ……。
こういうところでは、むしろ裏路地に絶品が隠れていたりするものだと、俺の長年の勘が訴えかけていた。
肉や魚の香りを漂わせる店を横目に歩きながら、細い路地へ入ってみる。
すると、不意に見慣れない露店が目に飛び込んできた。
表通りより薄暗いはずなのに、なぜかその店だけが妙に目についた。
「これは……金属か」
並んでいたのは剣や鎧ではない。
大小さまざまな金具だった。
鎖、鉄杭、輪になった金属部品。
どれも一目では用途の分からないものばかりだ。
いくつか手に取って眺めてみる。
装飾品の類ではなく、どれも実用品らしく、かなりの強度がありそうだった。
「いらっしゃいませ」
声をかけてきたのは、若い青年だった。
煤で汚れた革の前掛けを身につけ、腰には小さな金槌を差している。長い前髪が目元を半分ほど隠していたが、口元には人懐っこい笑みが浮かんでいて、どこか気の弱そうな印象を受けた。
「珍しいですね。この店に興味を持ってくださる方は」
青年は少し照れくさそうに笑う。
「ああ。武器屋なら分かるが……金具だけを並べているのは珍しくてね」
俺は輪状の金具を指先で転がした。
継ぎ目一つなく、きれいに仕上げられている。
見た目は地味な青年だが、もしかして凄腕の職人なのだろうか。
「これは全部、君が?」
「はい。自分で鍛えています」
ほう。それはすごい。
そのまま武器として使うようなものではないが、素人目にも技術の高さは窺えた。
「どれも随分と頑丈そうだ。それに、これだけの数を作っているのもすごい」
「ありがとうございます。村にいたときの癖で、数を鍛えても強度だけは落とさないようにしているんです」
その言葉に引っ掛かりを覚えた。
村にいたことと、数を作りながら強度を保つことに、何の関係があるんだ?
「君は、どこの村から来ているんだ?」
「北の村ですね。歩くと王都から一日くらいでしょうか。農業と畜産が盛んなところです」
答えた直後、青年は少し寂しげな顔をした。
「でも、この露店は今日で終わりにするつもりです。あまり……売れるものではありませんから」
こういうのは需要と供給だからな……。
彼の技術がすごいのは分かるが、この金具を誰かが大量に買っていく光景は、正直なところ想像しづらい。
「露店は、技術を披露したくてやっているのか?」
青年は首を横に振った。
「半分はそうですね。僕はこういうものを作ったり、加工したりするのが好きで、得意なんです。ですが――ここの稼ぎは全部、妹の治療費に充てています」
ぽつりぽつりと、青年が事情を話し始める。
好きなことをしながら少しでも稼ぎ、その金を妹の治療費に充てている……か。
話しぶりから察するに、長く治療を続けなければならず、それなりに費用もかかる病なのだろう。
「ですが、さすがに露店の実入りだけでは苦しくなってきたので、丁稚奉公に出ようと考えていました。それなら、安定して治療費を送れるかなって」
そうだったのか。
こればっかりは仕方ないよな。
誰もが好きなことで食っていけるわけじゃない。
家族のことを考えれば、なおさらだろう。
そのとき、夕刻を告げる鐘が鳴り響いた。
青年は何かを思い出したように顔を上げる。
「あ、そろそろ店を閉めます。今夜中には村の近くまで行っておきたいので」
何か買うわけでもないのに、随分と無駄話をさせてしまったな。
申し訳なさを覚えながら、せめてもの老婆心で忠告しておく。
「夜に戻るのはやめたほうがいい。今、騎士団も動いているが、北のほうは魔物が活発みたいだ」
青年は木箱を抱えて片付けを始めようとしたところで手を止め、きょとんとした顔をした。
「魔物、ですか?」
「ああ。狼の類だと思うが、村の家畜だけじゃなく、人まで襲われているらしい」
すると青年は、「……そういうことか」と一人で納得している。
どうやら分かってくれたみたいで良かった。
しかし、次に出てきたのは不可解な言葉だった。
「僕の村も北ですが、一度も狼の魔物に襲われたことはないですね。ですが念のため、急いで帰ります」
ぺこりと会釈をして、そのまま店じまいを再開する青年。
俺の言いたいことは微塵も伝わっていないようだった。
苦労人の好青年だと思っていたのに、人の話を聞かない系の若者なのか?
年長者としての義憤に駆られる。
嘘だ。
本当は親切な忠告を軽くいなされ、ちょっとカチンときた。
「おいおい。俺が言いたいのは――」
店じまいを遮るように、俺は青年との会話を続けた。
結果――。
なぜか俺は、この青年と一緒に、魔物が現れている北の村へ向かうことになった。
青年の名前は、エルニックというらしい。
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