第3話 登用官は歓迎される
エルナが用意していた馬車に揺られ、アルケイン王国へ向かう。
最低限の荷物だけは自宅から持ち出してきた。
玄関には立ち退きを催促する張り紙が打ち付けられていたが、家賃を滞納していたわけではない。
要するに、訳ありの人間をいつまでも住まわせたくないのだろう。
そんなことを思い出していると、帝国を出るということが急に現実味を帯びてきた。
流れていく景色をぼんやり眺めていると、
「緊張されていますか?」
隣から声を掛けられた。横を向けば、エルナがこちらを見ている。
こうして馬車に揺られているだけでも妙に絵になる人だ。
「緊張もするさ。急な話だったし、過度な期待をされている気がしてならない」
抱えていた不安を、そのまま口にする。
「アルケインの騎士団はどういう状況なんだ?」
俺が尋ねると、エルナは少しだけ口を結んだ。
「一言で申し上げるなら……騎士団としての体裁は、なんとか保てているという状況です」
思っていたより重症らしい。
「我が国の騎士団は、国境防衛、魔物討伐、王都や領地の警備などを担っています」
ふむふむ。
そこまでは、どこの国も同じだろうな。
「アルケインは小国ですが、建国以来四百年の歴史があります。騎士であることは名誉とされ、多くの権力者が子息を入団させようとします」
そこでエルナの声が少し低くなった。
「それが、今の騎士団を歪めています」
俺は黙って続きを促す。
「有力貴族や大商人からの口利きが後を絶ちません。本来なら実力で選ぶべきところを、家柄や後ろ盾だけで入団する者が少なくないのです」
「断れないのか?」
「断れば関係が悪化します。予算や装備への支援を止められることもあります」
「だから入れるしかない?」
「極力、防ごうとはしていますが……」
なるほど。どこの国にも似たような事情はある。
帝国だって家柄や血筋をありがたがっていたし、俺も散々苦労させられた。
ただ、アルケインではその度合いが違うらしい。
魅力的な就職先として騎士団があって、そこへ権力者が自分の子供を押し込んでくる。
それを断れば、今度は騎士団そのものが干上がる。
……思っていた以上に面倒そうだ。
そうこうしているうちに、窓の外に大きな城壁が見えてきた。
目的地が近いことに気づいたのか、エルナが小さく息を吸う。
「さて!」
急に明るい声を出した。
「もうすぐ着きますね。まずは騎士団の面々と顔合わせをしましょう」
……無理をしているな。
さっきまでの話を忘れたみたいに振る舞っているが、自分を奮い立たせようとしているのが丸分かりだ。俺も調子を合わせておくことにする。
「歓迎してもらえるといいけどな」
冗談半分で言った途端、エルナの笑顔が固まった。
「あー……きっと大丈夫です!」
うーむ。あまり期待しないでおこう。
せめて初日くらいは穏便に終わってくれ。
そんなことを考えていると、
「あ、あと、これを……」
エルナから革袋を渡された。受け取った瞬間、じゃらりと音が鳴る。
金だ。しかも重さからして、それなりに入っている。
「今日からの給金です。月の途中ですが、一か月分をお渡しします。最初は何かと入用だと思いますので」
ずいぶん気を回してくれる。
少なくともエルナ自身は、俺を帝国よりは大事に扱ってくれそうだった。
それに人材登用は何かと金がかかる。
まだ何の成果も出していないのは少々心苦しいが――もらえるものは、もらっておこう。
「助かる」
革袋を受け取り、懐にしまう。
それからは互いに言葉を発することもなく、馬車は王都へと入っていった。
◇
「昨今、我ら騎士団に求められる役割は多岐にわたり、一人ひとりの働きがこれまで以上に重要になっています」
広い訓練場に、百人近い騎士たちが整列している。
エルナの話を聞きながらも、鎧をまとった男女の目は時折こちらへ向けられていた。
「――そのため、新たに騎士団へ招聘した方を紹介します」
値踏みする目。
警戒する目。
少なくとも歓迎されてはいないらしい。
「エルムガンド帝国兵団において人材登用を担当され、多くの優秀な人材を見出してきた方です」
騎士たちの間にざわめきが広がる。元帝国の人間だからか。
それとも、どこの馬の骨とも知れない男をいきなり連れてきたからか。
まあ、どちらもだろうな。
「レイグ・ローウェル様は、必ずや騎士団に新しい力をもたらしてくださる方です。それではレイグ様、一言お願いします」
……どうしよう。すごくやりづらい。
ただでさえ余所者なのに、騎士団長から「様」付けで紹介されたせいで、完全に場違いな人間を見る空気になっている。
ある程度は覚悟していたけどさ。
……よし。
最低限の挨拶だけして、さっさと終わらせよう。
「あー、レイグ・ローウェルです。これから皆さんと一緒に――」
そこまで言って、口を止めた。
騎士たちの顔を眺めていて、妙なことに気づいたからだ。
俺が何者なのか知りたいわけじゃない。
どんな仕事をするのか聞きたいわけでもない。
こいつがいつ化けの皮を剥がすのか。そんな顔ばかりが並んでいる。
……なるほど。
懐かしいな、この感じ。
帝国でも何度となく向けられてきた目だ。
家柄もない、戦えもしない俺が、人材登用に口を出すたびに見てきた。
無難に済ませようと思っていた気持ちが、すっと消えた。
「訂正する」
騎士たちのざわめきが止まる。
「俺は――この騎士団の半分は不要だと思っている」
一瞬、誰も声を発しなかった。
「なっ……!」
「あいつ、今なんて言った?」
「ふざけるな!」
次の瞬間、怒号が飛び交った。
横を見ると、エルナまで目を見開いている。
「レ、レイグ様!?」
俺は構わず続けた。
「俺はこれから、この騎士団を変えられる人材を連れてくる。君たちが束になっても敵わないような奴をだ」
……うん。
だいぶ剣呑な空気になってきた。まあ、仕方ない。
言ってしまったものは戻せない。
「中途半端な騎士は必要ない。それを念頭に置いて職務に励んでくれ。できない者から切っていく。――以上だ」
言い終えて、一歩後ろへ下がる。
その時だった。隊列の最前列から、一人の男が歩み出てくる。
四十を過ぎたくらいだろうか。
屈強な体躯に、いくつもの古傷が刻まれた顔。
……怖い。
怒らせる相手を間違えたかもしれない。
「団長」
低い声が訓練場に響く。
「……ヴァルト」
エルナの声がわずかに強張った。
「我々は、国の伝統と格式を象徴する騎士団です。こいつが人材登用の実権を握るなど、納得できません」
誰も止めようとしない。ということは、こいつ一人の意見ではなさそうだ。
エルナが一歩前へ出る。
「ヴァルト副団長。レイグ様の登用は、私が決めたことです」
「それは承知しています」
ヴァルトは即座に答えた。
「だからこそです。団長がそこまで信頼される方なら、騎士たちの前で実力を示していただきたい」
……なるほど。
どうやら、俺を試したいらしい。
「そうか。なら、どうする?」
俺が尋ねると、ヴァルトの口元がわずかに緩んだ。
「今、ちょうど新人の選考をしている。候補者は五名。その中から、一人選べ」
俺は首を傾げる。
「それだけ……か?」
「もちろん、それだけではない。我々も同じように一人を選ぶ」
ヴァルトが続ける。
「あんたが選んだ者と、我々が選んだ者で模擬戦を行う。勝った者を選んだ側が、今後の人材登用を担う」
訓練場がざわつく。
「選考する時間も必要だろう。模擬戦は三日後の正午だ。もし、あんたが敗れた場合――登用の権限は返上してもらう」
エルナの顔色が変わった。
「ヴァルト! そんな条件は――」
「団長!」
ヴァルトの大声がそれを遮る。
「国民や仲間の生死を預かる騎士団において。 こいつに本当に人を見る目があるのか、確かめさせてください」
周囲の騎士たちが頷く。
あーあ。やってしまった。
最初から普通に挨拶していれば、こんなことにはならなかったんじゃないか?
……いや。
俺から喧嘩を売ったんだ。今さら引っ込めるわけにもいかない。
それにしても、ヴァルトの顔が怖い。
「レイグ様、この件は私とヴァルトで話し合いますので――」
エルナが止めようとする。
ヴァルトたちは、おそらく候補者全員の実力をすでに知っている。
対する俺は、今日この国へ来たばかりだ。
どう考えても、こちらが不利。
なのに――。
胸の奥が妙に騒いでいた。
まったく、新天地での初日から何をやっているんだろうな。
自分でもおかしくなって、小さく笑う。
「その勝負、受けよう」
再び、訓練場がざわめいた。
「な、なんでですか!?」
エルナだけが、俺とヴァルトを交互に見ながら慌てふためいていた。
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【レイグの現在の所持金】
金貨:10枚
銀貨:0枚
銅貨:3枚
借金:人生数回分
――給料って、素晴らしい。
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