第2話② 捨てる国あれば、拾う国あり
街の中心から離れ、木々が生い茂る場所までやって来た。
人の多い広場では話しづらく、かといって喫茶店に入る金は俺にはない。
芝生の上に座ると、エルナと名乗った女性も何も気にする様子なく隣に腰を下ろした。
「えっと、エルナさん?」
「はい」
「招聘の件は、何かの間違いではないかな?」
単刀直入に尋ねる。
一国の騎士団長が、わざわざ敗戦の責任を押し付けられた文官を迎えに来るなど、どう考えてもおかしい。
「俺は戦えない。剣も振れない。魔術も使えない。それどころか、少し前からは罪人だ」
「……はい」
「そんな人間を雇えば、あんたまで笑われることになる」
エルナは俺の話を最後まで聞くと、小さく首を横へ振った。
「いいえ。先ほどもお伝えしたとおり、私が必要としているのは剣や魔術の腕ではありません」
「……え?」
「レイグ・ローウェル様。あなたは帝国兵団で、百七十三名もの人材の登用にこぎつけました」
「……!」
「その中には『西の守護者』『帝国魔術師団の心臓』『千里眼の軍師』といった、英雄と評される者も含まれています」
背筋が冷える。
その数字も、俺が誰を登用したのかも、帝国では一部の人間しか知らない。
「それ以外にも、家柄や縁故といった慣習と戦いながら、有用な人材を推薦し続けた」
思わず唾を飲み込む。
「あなたは戦えない」
エルナは立ち上がった。
「ですが、あなたには、他の人には見えないものを見る目があります」
裁判では何の価値もないと切り捨てられた俺の仕事を、彼女は価値があるものとして語っている。
「間違いではありません」
はっきりと言い切られた。
木々を揺らす風の音だけが、しばらく二人の間を抜けていく。
「もう……過去の話だよ……」
ようやく絞り出せたのは、それだけだった。
「それに彼らが努力した結果だ。俺は最初の書類に判を押して、上申を続けただけに過ぎない」
「違います」
エルナは首を横に振る。
「誰も見向きもしなかった原石を見つけたのは、あなたです。才能を信じ、機会を与えたのも、あなたです」
胸の奥が痛んだ。
俺が登用した連中は、ずっと慕ってくれていた。
有能な奴ほど忙しくなって、最後のほうは顔を合わせることすら減っていたけれど。
一方で、組織や上の連中は――誰もそんなことは言ってくれなかった。
「……それでも」
俺は小さく息を吐いた。
「裁判の結果は覆らない。俺は追放された罪人だ。多額の賠償金しか残っていない。自由に国を出ることもできない」
すると、エルナは穏やかに微笑んだ。
「だからこそ、お迎えに参りました」
そして、俺へ右手を差し伸べる。
「あなたの賠償金は、アルケイン王国が肩代わりします」
「え……?」
「身元引受人となることについても、すでに帝国と書面を交わしています」
思考が止まった。
肩代わり?
身元引受人?
言葉の意味は理解できる。
だが、それが俺に向けられているという事実だけが理解できなかった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
思わず立ち上がる。
「賠償金だぞ? 俺が背負わされた金額は、一般兵数人分の生涯賃金に相当する。そんなものを他国が肩代わりするなんて――」
「簡単ではありませんでした」
エルナは苦笑した。
「何度も反対されました」
「当たり前だろうね」
「ですが、私も譲りませんでした」
迷いのない声だった。
「レイグ様を迎える価値は、それ以上にあると確信していましたから」
「…………」
「結果として国王陛下にもご了承いただき、正式に国費として計上されています」
冗談じゃない。
一介の文官だった俺一人のために、一国がそこまでするなど正気の沙汰ではない。
「理解できないな……」
俺は額を押さえた。
「どうしてなんだ?」
エルナは腰を浮かし、一歩だけ近づくように座った。
「我が騎士団は、恥ずかしながら精鋭とは呼べません。他国と同じように家柄や経歴を重視して人材を集めてきた結果、名ばかりの騎士が増えてしまいました」
少しだけ間を置く。
「私自身も、それらの問題を解決するための糸口を掴み切れていません」
そこまで言うと、エルナはわずかに視線を落とした。
「私は戦場で兵を率いることはできます。けれど、十年後、二十年後を見据えて騎士団を作るには足りていない素養があります」
そして、もう一度俺を見る。
「私は、人と才能は正しい場所でこそ輝くものだと思っています」
その言葉に、少しだけ胸がざわついた。
「だから必要なのです――才能の原石を見つけ、導く人が」
差し出された手は動かない。期待されている。
その感覚には、どこか覚えがあった。
かつて俺が、まだ何者でもなかった連中に向けていたものと同じなのかもしれない。
頭に浮かんだのは、これまで登用してきた奴らの顔だった。
もし、もう一度だけ。
まだ誰にも見つけられていない才能を拾い上げ、それを世に送り出せるのなら。
そんな仕事ができるなて、それは……悪くない。
それに――賠償金だ。
あれを背負ったまま帝国で暮らすなんて、どう考えても無理がある。
というか、ここまで国を挙げて迎えに来てもらって断ったら、それはそれでまずくないか?
帝国に睨まれたうえにアルケインにまで見放されたら、いよいよ行き場がない。
「……わかった」
彼女の手を握る。
「ただし、働くのは賠償金の返済に目途がつくまで。それでいいか?」
全面的に期待へ応えるのは、なんとなく癪だった。
だって、絶対に過大評価だろう。
いつになるか見通せないが、せめて期限くらいはこちらから付けさせてもらう。
「それで構いません」
「それと、人材の登用は俺のやり方でやらせてもらう。それもいいかな?」
今度は俺から彼女を見る。
「はい。必要な議論はさせていただきますが、できる限りレイグ様の意向を尊重します」
うん。今はその返答で十分だ。
まだ俺は、アルケインで何一つ結果を出していないのだから。
握った手に、エルナがわずかに力を込めた。
「ようこそ、アルケイン王国騎士団へ」
――こうして俺は、すべてを失った帝国を後にすることとなった。
【レイグの現在の所持金】
金貨:0枚
銀貨:0枚
銅貨:3枚
賠償金→借金:人生数回分
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