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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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第31話 冒険者ミカゲ・アトランティス

間に合った。

剣を振り抜いた直後、真っ先にそう思った。



斬った竜の前脚から血が噴き出す。

浅い。手応えで分かる。肉を僅かに裂いただけだ。

それでも十分。

振り下ろされようとしていた前脚が逸れ、その下にいたエルナ団長から離れていく。


「……どうして」


背後から声が聞こえた。振り返る余裕はない。


「ミカゲ……?」


久しぶりに名前を呼ばれた気がする。

その声を聞いて、少しだけ安心した。


「団長、加勢します」


言ってから、自分でも少し驚いた。

こんなことを団長に言えるようになるとは思わなかった。

騎士団にいた頃なら、考えられない。


「あ、あなただけに――」


団長の声を遮るように、竜が吠えた。


「グオオオオオオオッ!」


空気が震える。

大きい。


近くで見ると、笑えてくるくらい大きい。

騎士団を辞めた後も、多くの魔物と戦ってきた。


だが、こいつは比較にならない。

首を持ち上げれば建物ほどの高さになり、前脚一本だけでも私の身体より太い。


鱗の一枚一枚が、分厚い鎧のように重なっている。

ちらりと背後を見る。


エルナ団長は片膝をついていた。

鎧はところどころ砕け、頬には血が伝っている。剣を握っているのが不思議なくらい、全身が傷だらけだった。

それでも立とうとしている。


……相変わらずだ。

昔から、この人はそうだった。


「団長」


「まだ、戦えます」


「そういう話じゃありません」


「ですが――」


「だから、連れてきました」


私の言葉とほぼ同時に、後方からいくつもの足音が聞こえてきた。


「うっわ……近くで見ると洒落になってねえな!」


「馬鹿! 止まるな!」


「分かってますよ!」


聞き慣れた声。

最近、嫌というほど聞くようになった声だ。

数人の冒険者を、私は連れて来ていた。


「ミカゲ!」


冒険者の一人から名前を呼ばれる。


「こっちは任せろ!」


「お願いします」


短く答える。それだけで通じた。

もう一人の冒険者が、エルナ団長の傍らへ滑り込む。

白い外套を羽織った回復術士だ。


「失礼します、騎士団長さん」


「あなたたちは……?」


「話は後で。まずは手当をします」


淡い光が溢れ、エルナ団長の身体を包み込んだ。


「……これは、回復術」


「応急処置です。さすがに全部は治せませんが」


そんなやり取りに耳を傾けながら、意識を目の前へ戻していく。

竜がこちらを睨んでいた。

先ほど斬った前脚から血が滴り、地面に赤い染みを作っている。


「ミカゲ!」


今度は別の声。

大盾を抱えた男が叫んでいた。


「騎士団長はこっちで回復しておく。お前は……いつもみたく暴れてこい!」


随分な言い草だが、否定できない。

すでに身体には、彼らが使えるだけの補助魔術も掛けてもらっている。


「そのつもりだ」


剣を握り直す。

その間にも、竜は私から視線を外さない。


さっきまでエルナ団長を追い詰めていたというのに、今は完全に私を敵として認識している。

実に都合がいい。


「それにしても……なんで、だろうな」


ここへ駆けつける途中、空を飛ぶ竜を見た時から、何度も父の姿が脳裏に浮かんでいる。

理由は分からない。


それ以上に奇妙なのは、身体の奥底から、こいつを斬れと何かが訴え続けていることだった。


「お前とは、初めて会った気がしない」


初めて戦うはずの巨体を前にしているというのに、思った以上に心は静かだった。

けれど、悠長に考えている暇はない。


私にも、早く決着をつけなければならない理由がある。

意図的に思考を切り替え、地面を蹴る。


先ほど斬った場所へ、もう一度剣を振るう。

竜が吠え、巨大な爪を薙ぎ払ってきた。

身体を沈めて躱す。


「っ!」


次の瞬間には、巨大な尾が迫っていた。

後方へ跳びながら、すれ違いざまに剣を振るう。


一閃。さらにもう一閃。

鱗の隙間から血が弾ける。


着地と同時に、再び前へ出た。

こいつの攻撃は、一発でもまともに受ければ終わる。


なら、受けなければいい。

振り下ろされる爪を横へ抜け、懐へ潜り込む。


一閃、二閃。

同じ場所へ刃を重ねる。


「グルァァァッ!」


竜が苦痛に吠えた。

通じている。


何度も繰り返してきた鍛錬は、無駄ではなかった。

さらに踏み込む。


三度、刃を浴びせる。

竜の身体に、一つ、また一つと傷が増えていく。


戦える。こいつと、渡り合えている。

――だが。


これでは駄目だ。

いくら傷を増やしても浅い。


この巨体を仕留めるには、まるで届いていない。

やはり、狙うなら首。


竜の爪と尾を躱しながら、その首元を見上げる。

振り下ろされた前脚が地面についた瞬間、私はその鱗を蹴った。


前脚を足場にして、一気に巨体を駆け上がる。

肩まで来た。あと少し。

剣を両手で握り直す。


「――もらった!」


踏み込み、渾身の力で剣を振り下ろそうとした瞬間。

竜の喉元が僅かに膨らんだ。


まずい。

そう思った時には、口から火球が吐き出されていた。


「ぐぅっ!」


至近距離まで迫ったそれを、咄嗟に剣で斬り払う。

火球が弾け、爆ぜた炎が身体を包んだ。


補助魔術がなければ、今ので炭になっていただろう。

衝撃に耐えきれず、竜の身体から飛び降りる。

地面を転がり、すぐさま立ち上がった。


「……なるほど」


こいつも馬鹿じゃない。

先ほど団長へ吐いた火炎より威力は劣る。


その代わり、ほとんど溜めもなく放てる火球。

首を狙われた時のために使い分けているのだろう。


こいつに傷はつけられる。

紙一重ではあるが、攻撃も躱せる。

なのに――。


「決められない……」


首を狙う瞬間だけは、どうしても大きく踏み込む必要がある。

全神経を一撃に集中させなければ、あの太い首を断つことなどできない。


その間、誰かが。

一瞬でいい。


こいつの注意を私から逸らしてくれれば。

その一撃だけ、吐き出される炎から私を守ってくれれば――。


だが、連れてきた高位の冒険者たちでも難しい。

一歩間違えれば、その一瞬で命を落とす。


そんなことを考えた、その時だった。

竜が頭を低く下げる。


次の瞬間、私を喰い殺さんばかりの勢いで突進してきた。

重心を移し、避けようとした――その時。


私とは反対側から、一つの影が駆け込んでくる。


直後。

魔力を纏った鋭い斬撃が、竜の横顔を捉えた。


「グオオオオオオッ!」


竜が大きく仰け反る。

見覚えのある剣筋だった。


何度も見てきた。

騎士団に入った頃から、ずっと。


「お待たせしました」


そう言って剣を構える姿は、私の知っている騎士団長そのものだった。


「……これは決定事項です。必ず従ってください」


こんな時まで命令か。思わず口元が緩む。


「私が注意を引きます。その隙に、あなたが首を断つ。いいですね?」


澄んだ声だった。

傷だらけだというのに、迷いなど微塵も感じさせない。


私は剣を握り直す。

さっきまで足りなかった、たった一つ。


最後の一撃を届かせるための隙。

それを作れる人が、目の前に立っている。


「……分かりました、団長」


竜が私たち二人を睨み、低く唸る。



今度こそ。ここで終わらせる。

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