第25話 工兵の見解
俺は駐留所の一角にある作業場を覗いていた。
「エルニックー、いるかー?」
返事はない。
扉を開けると、油と金物特有の匂いが鼻についた。
工具や木材、縄、大小さまざまな金具が所狭しと並んでいる。
その奥で、エルニックは作業台に向かっていた。
「おーい」
「……あ、レイグさん!」
ようやく気付いてくれた。
手には、先日の会議で話題になった罠の残骸らしきものが握られている。
「それって、開発中の試作品か?」
「はい。この前、壊されてしまったもので、原因を調べています」
俺は作業台に近づいた。
見ただけでは、どのような罠なのか判断がつかないが、鋼線で魔物を拘束する仕掛けのようだ。
「その様子だと、まだ原因は分からないのか?」
「……はい。悔しいですが、仕掛けそのものに不具合があったのかすら、確かめるのが難しいくらい壊れています。せっかくレイグさんに騎士団へ入れてもらったのに……悔しいです」
エルニックは肩を震わせながら、壊れた罠と自分の手を交互に見つめている。
不甲斐なさを感じているのだろうか。
罠の仕掛けがここまで大破しているなら、作った奴の技量というより、それを壊した側がおかしい気がするのだが……。
うーん、こいつは愚直な性格だからな。
少しフォローしておくか。
「エルニック。お前はよくやっている。今回のことは糧にすればいいんだ」
「……はい。ありがとう……ございます。時間は必要ですが、次は必ず捕らえてみせます」
悔しそうにしているところ申し訳なかったが、俺の用事は済んでいない。
遠慮なく質問させてもらう。
「会議では、壊されたって聞いたんだが?」
「そこなんです」
エルニックの表情が変わった。
普段はどこか自信なさげなくせに、こういう話になると途端に目つきが鋭くなる。
「壊された、という言い方も正しくないかもしれません」
「そうなの?」
エルニックが一本の鋼線を持ち上げた。
「これ、見てください」
「……切れてるな」
「それだけですか?」
悪かったな。
こっちは専門外なんだよ。
エルニックが鋼線の切れた部分を指さした。
「先端に向かって細く伸びているんです」
言われてみれば、確かにそう見える。
切断されたというより、金属そのものが引き伸ばされている。
「おそらく、引っ張られたんです」
エルニックが両手で鋼線を持ち、左右へ広げる。
「強い力がかかり続けて、金属が伸びた。最後には耐えきれなくなって千切れた」
俺も鋼線を掴んでみた。
試しに引っ張る。
当然、びくともしない。
「……これを?」
「はい」
もちろん、魔物なら壊せるものもいるだろう。
ただ、これを力任せに千切ったというなら、相当強力な魔物だということだ。
「罠を壊そうとして?」
「違います」
エルニックが即座に否定した。
「そこが一番気になっているんです」
今度は歪んだ金具を取り出す。
続けて、曲がった杭も作業台へ並べた。
「これも、これも。全部同じ方向に力がかかっています」
「同じ方向?」
「はい。もし罠を見つけて意図的に壊したのなら、こんな壊れ方にはならないと思います」
エルニックの指が、鋼線から金具、杭へと移っていく。
作業場が静かになった。
俺はもう一度、千切れた鋼線を見る。
「つまり、罠を壊したんじゃない」
「そうです」
エルニックが頷く。
「罠にかかった何かが暴れた。その結果、鋼線を引っ張り、金具を歪ませ、杭まで動かした」
「最後には鋼線が千切れた、と」
「そういうことだと思います」
思っていたより、ずっと嫌な話だな。
「どのくらいの力があればできる?」
「正確には分かりません」
「分からない?」
「相手の体重も分かりませんし、罠が身体のどこにかかったのかも分からないので」
そこで一度、言葉を切る。
「ただ――トロルやオーガ程度では絶対に無理です」
エルニックは鋼線を見つめた。
「じゃあ、もっと大きい?」
「可能性はあります」
曖昧な答え。
だが、適当に断言しないところは悪くない。
「他に分かったことは?」
「現場の地面がかなり荒れていました」
「暴れたから?」
「たぶん。ただ、不自然なんです」
「何が?」
「周囲の木です」
エルニックは作業台に置いてあった紙を広げた。
罠と、その周囲の木々が簡単に描かれている。
「地面には跡が残っている。でも、木にはほとんど傷がありませんでした」
「それが変なのか?」
「大型の獣型なら、暴れた時に身体がぶつかると思うんです。爪や角があるなら、それらしい跡も残る。でも、なかった」
「なるほどな」
少しずつ輪郭が見えてきた。
少なくとも、ただ力の強い獣というわけでもないらしい。
「そして鱗か」
「はい」
騎士団の人間が見ても、何の魔物か分からなかった。
「厄介だな」
思わず口から漏れた。
「エルニック」
「はい」
「現場、もう一回調べられるか?」
「できます」
返事が早い。
「今度は何を探せば?」
「それを俺に聞くな」
「え?」
「罠については、お前のほうが詳しいだろ」
エルニックが目を瞬いた。
「何がいたのか。どこへ行ったのか。他に痕跡はないか。お前が必要だと思うものを調べてくれ」
「僕が……?」
「……お前以外に誰がやるんだよ」
少しだけ間が空いた。
やがて、エルニックは小さく頷いた。
「……分かりました」
声は小さい。
けれど、その顔は少しだけ嬉しそうだった。
「頼んだ」
そう言って作業場を出ようとしたところで、足を止める。
「そうだ」
「はい?」
「一人で行くなよ」
エルニックがきょとんとする。
「トロルやオーガでも無理なんだろ?」
「あ……」
「調べる奴が食われたら意味ないからな。何人か連れてけ」
「分かりました」
今度こそ、作業場を後にした。
◇
それから二日後。
俺は再び、エルニックの作業場へ呼び出された。
「それで?」
作業台の前に立つエルニックへ尋ねる。
現場を改めて調べてきたらしい。
机の上には何枚もの紙が広げられていた。
「何か分かったのか?」
「はい。ただ……少し変なんです」
またそれか。
最近、こいつの口から出る報告は変なことばかりだ。
「今度は何?」
「まず、足跡を探しました」
エルニックが一枚の紙をこちらへ向ける。
現場周辺を描いた地図だった。
「罠にかかった場所の周囲はかなり荒れていました。ただ、そこから離れていく足跡が見つからなかったんです」
「雨で消えたとか?」
「雨は降っていません」
「地面が硬かった?」
「いえ。むしろ、跡が残りやすい場所です」
俺は眉を寄せた。
「じゃあ、どこに行ったんだよ」
「分かりません」
エルニックも困ったような顔をする。
「ただ、一つだけ新しく見つけたものがあります」
別の紙を取り出した。
そこには一本の木が描かれていた。
「これ」
エルニックが指を差す。
木の上部。
地面からかなり離れた位置だ。
「罠から少し離れた場所にあった木です。上の方の枝が折れていました」
「どのくらい上?」
「八メートルくらいです」
思わずエルニックを見る。
「八メートル?」
「はい」
「大型の魔物がぶつかったとか?」
「それなら幹や下の枝にも傷が残るはずです。でも、傷があるのはそこだけでした」
エルニックは少し迷ってから、さらに言葉を続けた。
「それと、その折れた枝に――」
そこから立ち去った足跡はない。
そして。
八メートルもの高さに残った、新しい傷。
「……エルニック」
「はい」
「これさ」
頭に浮かんだ考えを。
俺は一度、飲み込んだ。
馬鹿馬鹿しい。
そう思ったからだ。
だが、どうにも嫌な想像が消えてくれない。
「いや」
俺は首を振った。
「なんでもない」
まだ、確証はない。




