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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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第24話 動き出す

俺自身は、すっかりアルケインでの仕事と生活に慣れ始めていた。

特に仕事に慣れたのが大きい。


要領のいい俺は、日の高い時間でありながら、既に暇していた。


「さーて、今日はなにするかな」


駐留場の近くにある街の食堂で、誰にも聞こえないように呟いてみる。

団長室に行けば、エルナに余計な仕事を振られかねない。


かといって駐留場をうろついていれば、騎士連中に姿を見られてサボりを疑われる。

それなら、一日のうちに時間を潰す場所を細かく変えるのが、出来る労働者というものだ。


そんな立派な労働哲学を胸に、食後の茶を啜っていると、少し離れた席から聞き覚えのある言葉が耳に入った。


「また、あの黒髪の女だってよ」


思わず、茶器を置く手が止まる。

振り返りはしなかった。


背中越しに声だけを拾う。

話しているのは三人組の男たちだった。テーブルの脇に立てかけられた武器を見る限り、冒険者だろう。


「今度は何を狩ったんだ?」


「知らねえよ。けど、また結構な依頼だったらしいぞ」


「最近よく聞くな。あの女」


……また、か。


以前にも似たような話を耳にしたことがある。

黒髪で、剣を使う女。


単独でオーガを仕留めるほど腕が立つくせに、依頼を終えると何日か姿を消す。

愛想が悪く、足手まといはいらないと平然と言ってのけるらしい。


別に珍しくもない特徴だ。

黒髪の女なんて探せばいくらでもいるだろうし、剣を使う冒険者だって腐るほどいる。


だから、誰なのかなんて俺には分からない。


分からないのだが――。


「でも、変わってるよな。あいつ、アルケインのギルドに出てる依頼しか受けねえんだろ?」


「らしいな。他所の街からも声がかかってるって聞いたぞ。報酬もかなりいいらしい」


「それ断ってんのか?」


「ああ。遠出する依頼もほとんど受けないってさ」


茶器の縁に指をかけたまま、俺は黙って話を聞いていた。

他所からの依頼は受けない。


アルケインの冒険者ギルドに持ち込まれた仕事だけ。

報酬が高くても、遠くへは行かない。


それだけ聞くと、ずいぶんと活動範囲の狭い冒険者だ。


「それより面白いのが、最近あいつについてる連中だろ」


「ああ、あのパーティか」


「結構な上位だろ? なんであんな奴らが一人の女の手伝いなんかしてんだよ」


その言葉には、俺も少し興味を引かれた。


「手伝いって言っても、戦ってるのはほとんど黒髪の女らしいぞ。索敵とか荷物持ちとか、帰りの護衛とか、そういうのをあいつらがやってるんだと」


「なんだそりゃ。上位パーティを雑用係にしてんのか?」


「違う違う。ギルドが間に入ってるらしい。あの女、一人でやらせた方が強いんだとさ」


思わず、口元が緩みそうになった。

一人でやらせた方が強い。


随分と無茶苦茶な評価だ。


「ただ、長くは動けないらしい。討伐が終わると露骨に動きが悪くなるってよ。だから他の連中が帰りを支えたり、魔物の素材を運んだりしてる」


「そこまでして使う価値があるってことか?」


「あるんじゃねえの? 実際、あいつが入ってから成功率が上がってるって話だし」


「へえ……」


そこから先は、報酬がどうだの、どこのパーティが声をかけたのだのと、ありふれた冒険者の噂話へ変わっていった。


俺は冷めかけた茶を口に運ぶ。


戦う。

終わったら休む。


その前後を、別の人間が支える。

騎士団では、そうはいかない。


巡回があり、訓練があり、警備があり、仲間との連携も求められる。一つの仕事が終わったからといって、次の日から何日も休めるわけではない。


だが、冒険者なら依頼を受ける日を自分で選べる。

ましてや、周囲が戦闘以外を引き受けてくれるというのなら――。


「……なるほどね」


小さく呟いて、茶器を置いた。

確かめに行こうとは思わなかった。


その黒髪の女が誰なのか、俺には分からない。

噂なんてものは尾ひれがつくものだし、実際に見ればまるで別人ということだってある。


それに。


もし、俺の知っている誰かだったとしても。

今さら俺が顔を出して、何になる。


「そろそろ、混んでくるかな」


店内を見回せば、いつの間にか空いていた席が埋まり始めていた。


この食堂も、もう少しで昼食目当ての客でごった返すだろう。

もしかしたら、騎士団の連中も来るかもしれない。


で、あるなら。


俺が次に行く場所は、おのずと限られていた。



◇



「くくく、ここなら見つからないだろ」


駐留場の一角に設けられた書庫。

昼時にわざわざこんな場所へ足を運ぶ物好きはいないと考えた。


ましてや、騎士連中はこれからが昼時だ。

そうすると、書庫なんて最も人員が手薄だと言える。


書物の匂いとひんやりとした空気が頬を撫でる。

これから昼寝する俺を、優しく祝福してくれているようだった。


「今日は……なにを読みながらにするかな」


持論だが、一番気持ちよく眠りにつくのは、読書をしながら眠りに落ちることだ。

それが柔らかいベッドの上なら、なおのこと幸福だが、今はそこまで言うまい。


「んー、歴代団長記録……騎士団規則……会計記録……」


背表紙を眺めながら、奥へと進んでいく。

どれもこれも、開いた瞬間に眠れそうなものばかりだ。


目的には適うのだが……少しでも面白そうなものを読みたいという性を無視できなかった。

そんなことを考えながら棚を眺めていると、古びた冊子が目に留まった。


『王都近郊・魔物討伐記録』


お、いいじゃん。


これなら、昼寝がバレた時でも、最近報告に上がった魔物の手がかりを調べていたと言えそうだ。

こんな時まで俺って働き者だな……。


適当な本を枕にして、寝転がりながら冊子を捲る。

頁を進めていくと、遭遇や討伐した魔物の名前や特徴、出現場所などが細かく記されていた。


聞いたことのない名前もある。

鱗を持っていそうな魔物も何種類か載っていたが、いまいちピンとこない。


「ないな……」


時折、知識欲として興味を引かれる記録はあったものの、頭の中の疑問に答えられるものは見当たらない。


「それも、そうか」


欠伸を噛み殺す。

そもそも、あの鱗が魔物のものだという確証すらないのだ。


何十年分の記録を眺めただけで都合よく見つけるのは、無茶だったのかもしれない。

そう思い、冊子を閉じようとした時、黄ばんだ紙が床に落ちた。


ちゃんと綴じられていなかったのか、はたまた誰かが関係ない資料を挟んだか。

拾い上げてみる。


冊子よりも一回り小さな紙で折り目がついている。かなり古いものらしく、端はところどころ傷んでいた。


「……ん?」


紙の上部に記された日付。

今から二十年以上も前のものだった。


記録の古さへの感想を遮ったのは、下に記されていた文字だ。


『王都北東部にて、交戦した魔物との記録』


大雑把な交戦記録だった。

帝国なら担当者はどやされるぞ……。


少し気になって、紙を机の上に広げてみた。

記されているのは、交戦した場所と日時。


被害状況。そして、殉職者の名前。


その中の一つを目にした瞬間、眠気が消えた。


「……あれ?」


一度、紙から目を離す。

だが、もう一度見ても名前は変わらない。


見覚えがあった。

騎士団の名簿で見たわけでも、誰かから紹介されたわけでもない。


もっと静かな場所で見た名前だ。

黒髪の女が、一人で剣を振り続けていた場所。


そして、その傍らにあった墓石。


「……ミカゲの親父さんか」


偶然にしては、随分と出来すぎている。

ついさっきまで聞いていた黒髪の冒険者の噂が、頭の片隅をよぎった。


それを追い払うように、俺は古びた紙へ視線を戻す。

今、気にするべきなのはそっちじゃない。


二十年以上前。


王都北東部。


正体不明だが、空を飛んでいた大型の魔物との交戦。


そして、複数の騎士が殉職している。


「……何と戦ったんだ?」


紙を持ち上げる。

しかし、肝心の魔物の名前はどこにも記されていなかった。

正体までは正確に掴めなかったんだな。


息を吐いて、今日聞いた冒険者たちの話を思い出す。

そして、今しがた読んだ騎士団の記録を逡巡する。


この時、肌が粟立つ感覚を覚えた。


まるで強力な引力に、全てが引き寄せられているのではないかという気にさせられた。


「まさか……な」


消えてしまった眠気を思い出すように寝転がったが、結局、冴えた頭では眠りにつくことはできなかった。

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