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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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第23話 ある噂

会議室を出ると、急に開放的な気分になった。

別に俺が報告することがあったわけでもないのに、あの重たい空気の中にいるだけで妙に疲れた。


……恐怖政治、か。


随分と大物になったもんだ。

帝国にいた頃だって、そんな大層なものをやった覚えはない。


こんな気分の時は、昼から一杯飲んじゃおうかな。


「レイグさん」


後ろから声をかけられ、振り返る。

会議室から出てきたエルナが、小走りでこちらへ向かってきていた。


「忘れていませんよね?」


「何を?」


そう答えた瞬間、エルナのこめかみがぴくりと動いた。


「……お昼です」


そういえば、そんな約束をしたな。

忘れかけていたが、せっかくのお誘いなので乗っておこう。


団長の財布で美味いものが食べられるかもしれないし。


「ちょうど腹も減ってきたところだ。行こうか」


「今、思い出した顔をしていましたよ?」


よく見てるな。

誤魔化すように腹をさすったのに、見透かされていたか。


「近くにいいお店があるんです」


会議が始まる前よりも、少しだけ柔らかな表情をしていた。

二人で騎士団本部を出る。


こうして並んで歩くのも、随分と久しぶりな気がする。

実際には仕事で何度も顔を合わせているし、二人で話すことだってあった。


ただ、この一ヶ月はどうしてもミカゲの件が間に挟まっていた。

エルナは俺を責めなくなった。


かといって、納得したわけでもない。

俺も説明する気はない。


そんな状態だから、仕事以外で二人きりになることは自然と減っていた。


「さて、団長さん。今日は何を食わせてくれるんだ?」


「奢られることを前提に話をしないでください」


きっぱりと言われてしまった。

前までなら、もう少し困ったように笑っていた気がする。


それでも、こんなくだらないやり取りをすること自体が久しぶりだった。



◇



王都の通りは昼時ということもあって、多くの人で賑わっている。

店先からは威勢のいい呼び込みの声が響き、その横を買い物袋を抱えた人々が行き交っている。


あんな会議の後だからか、そんな何気ない光景が妙に平和なものに思えた。


「ここです」


エルナが足を止める。

騎士団の駐留場から少し離れたところにある、小さな食堂だった。


店先から肉を煮込んだような香りが漂っている。


「おお……」


腹が反応した。よさそうな店じゃないか。

小綺麗で意識高い系の店に連れて行かれたら、どうしようかと思ったよ。


「レイグさんは、分かりやすいですね」


エルナが小さく笑う。

腹ペコの時に美味そうな匂いを嗅いで、心躍らない男子なんていないぞ、と言おうと思ったがやめておく。


エルナが扉を開ける。

昼時だけあって店内は混んでいたが、奥に空いている席が見えた。


そこへ向かおうとして――足を止める。

先客がいた。


淡い紫色の髪。

見覚えのある横顔。


卓上にはすでに料理まで置かれている。


「……なんでクレシアがいるんだ?」


「私が誘いました」


背後からエルナが答えた。

クレシアがこちらを見る。


「何か問題でも?」


「いや」


問題はない。問題はないんだが。


「レイグさんが来るとは聞いていませんでした」


「お前も知らなかったのかよ」


クレシアを見る。目が合った。

少しだけ親近感が沸いた。


どうやら俺たちは、二人揃ってエルナに嵌められたらしい。


「二人とも、最近まともに話していないでしょう?」


「別に、話すこともないからな」


「同感です」


おい。即答するな。

エルナは気にする様子もなく店員を呼ぶ。


俺は適当に肉料理を頼み、エルナも同じものを注文した。

料理が来るまでの間、三人の間に沈黙が落ちる。


「…………」


気まずい。


いや、なんだこれ。


エルナは何を思って俺とクレシアを一緒に飯へ連れてきたんだ。

当の本人は平然と水を飲んでいる。


俺はクレシアを見る。

話すことはないが、年長者として気を遣うことにした。


「最近どうだ? ちゃんと飯は食っているか? 夜は眠れているか?」


「なんですか……気持ち悪い」


そこまで言うか。

年長者なりに気を遣っただけなのに、返ってきたのはジトっとした視線だった。


「人がせっかく心配してやってるのに」


「普段そんなこと聞かない人から急に心配されると、何か裏があるのかと思います」


俺をなんだと思っているんだ……。

呆れて肩をすくめたところで、俺とエルナが注文した料理が運ばれてきた。


湯気と一緒に肉の香りが立ち上り、空腹だった腹が早く食わせろと訴えてくる。

さっそく匙を手に取ったところで、エルナが何かを思い出したように口を開いた。


「そういえば、南側の街道では、この時期になると小型の魔物の目撃が増えます。でも、ここ数日はほとんど報告がありません」


「騎士団がまともになってきたから、魔物も恐れをなしたんじゃないか?」


「魔物にそんな殊勝な知能があれば楽なんですけどね」


クレシアが口を開く。


「私も気になっていました」


「お前も?」


「似た報告が上がっています。森に獣が少ない、と」


魔物だけじゃないのか。


「季節の問題じゃないのか?」


「可能性はあります」


クレシアはそう答えたものの、納得している顔ではなかった。


エルナも同じだ。俺だけが匙を持ったまま二人を見る。


「……なんだよ。せっかく平和だっていうのに、二人して不吉な顔するな」


「そうですね」


エルナが小さく笑った。


「考えすぎかもしれません」


そして再び食事を始める。俺も肉を口へ放り込んだ。


平和なら、それに越したことはない。

魔物が減った。獣も減った。


それだけ聞けば、喜ぶべき話だ。

だから、この時の俺は深く考えなかった。


昼飯を食べ終える頃には、クレシアも俺が話しかけただけで嫌そうな顔をすることはなくなっていたし、エルナも満足そうだった。


三人の間にあったものが消えたわけじゃない。

クレシアは今でも俺の判断を疑っている。


エルナだって、すべて納得したわけではないだろう。

それでもいい。


同じものを見るために、何もかも同じ考えである必要はない。

今は、それで十分だ。


エルナとクレシアは仕事に戻ると言って、二人で店を出ていった。

ひとり残された店の中から窓の外を見ると、昼下がりの王都には穏やかな日差しが降り注いでいた。


人々が行き交い、子供たちの笑い声も聞こえる。平和そのものだった。


俺もそろそろ店を出ようかとしたところで、後ろの席から声が聞こえた。


『おい、聞いたか。冒険者になって数週間で銀等級に認定された新人がいるって』


『は? そんなことあり得ないだろ。どうやったって数年は必要だ。それにギルドがいきなり新人に高難度の依頼を出すわけがない』


俺の座っている席から二つほど離れたところで、男たちが話している。


格好を見る限り、冒険者だろうか。


一人は大きな剣を壁に立てかけ、もう一人は革製の胸当てを身につけたままだ。


『新人って言っても、剣は相当使い慣れてるみたいだぞ。元々どっかで戦ってたんじゃねえかって話だ。ギルド長が目をかけてるから、いい依頼を回してもらってるんじゃないかって噂もある』


へえ。


王都には大勢の冒険者がいる。

新人が活躍したなんて話も、探せばいくらでも転がっているだろう。


『この前なんて、一人でオーガを仕留めたらしい。ただ、毎日は仕事しないらしいぞ』


その言葉に、俺は顔を上げた。


『依頼を一つ終えたら、何日か姿を見せなくなるんだと。それで、ふらっと戻ってきて、また依頼を受ける』


『変な奴だな』


『腕がいいから許されてるんだろ。最近じゃ、指名で頼みたいって奴までいるらしいし』


危うく飲んでいた水を吹き出すところだった。

なんとか飲み込み、二度ほど咳き込む。


「大丈夫ですか?」


近くを通った店員に声をかけられた。


「大丈夫、大丈夫。ちょっと気管に入っただけ」


手を振って誤魔化す。


……オーガを一人で?


『本当かよ』


『俺も最初は盛ってると思ったんだけどな。見てた奴が何人もいるらしい』


『どんな奴なんだ?』


『黒髪の女。背は高いほうだな』


黒髪の女。その言葉だけが、妙に耳に残った。

王都に黒髪の女なんて、別に珍しくもない。


ただ――


もし、そいつが俺の知っている奴だとしたら。


「……思っていたよりも、早かったな」


独り言ちて席を立ち、代金を置いて店を出る。

昼下がりの王都には、変わらず穏やかな日差しが降り注いでいた。


魔物が減り、獣が消え、どこかでは妙な新人冒険者が話題になっている。


この日の王都は――どこまでも平和に見えた。

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