第22話 恐怖政治
ミカゲを騎士団から追放して、一ヶ月が経った。
人間というものは、案外しぶとく覚えているらしい。
それもそうか。騎士団にとっては、衝撃的なことだからな。
「おはよう」
朝、廊下ですれ違った騎士二人に声をかける。
「「……」」
俺とすれ違うまで楽しげに談笑していたのに、二人とも綺麗にこちらから目を逸らし、そのまま歩いていった。
一ヶ月前までは、もう少し愛想があったと思うんだけどな。
まあ、仕方ない。
人望もあり、何より腕の立つ人間を、理由らしい理由も説明せずに追い出したのだから、嫌われるには十分すぎる。
最初の一週間なんて酷いものだった。
訓練場へ顔を出せば露骨に空気が重くなる。
廊下の向こうから歩いてきた奴が、俺を見るなり方向転換したことまである。
「レイグさん」
背後から呼ばれて振り返る。
声をかけてきたのはエルナだった。
「おはようございます」
「おはよう。 団長はちゃんと挨拶してくれるんだな」
「え?」
エルナは不思議そうに首を傾げたあと、俺が先ほど声をかけた二人の背中を見る。
それだけで事情を察したらしい。
「あの……」
困ったように眉を下げる。
この一ヶ月、エルナはずっとこんな感じだった。
以前のように気軽に話しかけてくるわけではない。
二人きりになれば妙な沈黙も増えたし、仕事の話だけで会話が終わる日だってある。
それでも、俺を避けることだけはしなかった。
きっと、俺に対する非難の声はエルナにも届いていて、板挟みになっているのだろう。
それについては、素直に申し訳ない気持ちがあった。
「今日のお昼、一緒にどうですか?」
「いいの?」
俺が目を丸くすると、エルナは気まずそうに視線を逸らした。
「……少なくとも、私は」
「そっか。 ありがとうな」
それ以上は言わなかった。俺たちは並んで廊下を歩く。
「では、まずは定例会議を終わらせましょう。 そろそろ皆も集まっていると思います」
月に一度の騎士団の会議には、俺も参加するよう言われていた。
任務に関係する議論や連絡事項を扱う、定例会議という位置づけだ。
団長、副団長、補佐役のクレシア、必要に応じて各隊の責任者が集まる。
そこに、俺も登用官として初めて参加することになっていた。
会議室の扉を開けた。
俺が適当な席へ腰を下ろすと、エルナが上座についた。
その右隣にヴァルト、左にはクレシアが座る。
二人とも俺と目が合ったところで何も言ってこない。
「それでは、会議を始めます」
エルナの声を合図に、空気が切り替わった。
最初はいくつかの報告事項だった。
訓練状況、装備の修繕、王都各地区の警備状況など。
真面目に聞いてはいるが、どれも意見をするほどの内容ではなかった。
「では、その他に協議や相談が必要な事項はありますか」
エルナの凛とした声が響く。
「はい。 私から報告がございます」
一人の責任者が手を上げた。
たしか、訓練と警備を管理している責任者だったかな?
「この一ヶ月、訓練への遅刻や理由をつけた欠席が減っています。 また、これまで任務中に注意力が散漫な者についても、改善が見られます」
へえ……。
良いことじゃないか。少しは効果が出てきたか?
単純にそんな感想が頭を過ぎっていたのだが、報告している騎士の表情は微妙だった。
「どのような要因によるものか、分かっていますか」
尋ねたエルナの質問に、男は言いにくそうに黙った。
代わりにヴァルトが答える。なぜか、視線を俺に向けて。
「お前のせいだ」
「俺か?」
「ミカゲだ」
その名前が出た途端、室内の空気が重くなる。
ヴァルトは腕を組んだ。
「騎士団でも指折りの実力者が突然、追い出された。それを見て危機感を抱いた者が多い」
次は自分の番かもしれない。そう思ったわけか。
「皮肉なものだ」
周囲の何人かが頷く。俺に向けられる視線が痛い。
素知らぬふりをして続けられる会議に耳を傾ける。
「それから今月ですが、退団者が七名出ています」
思っていたより多いな。そんなに出たのは意外だった。
七名の名前を聞くが顔や性別を思い出せない。
思い出せないということは、あまり戦力ではない奴等かな。
「多いですね」
エルナの表情も曇る。
「理由は分かっているか?」
ヴァルトが尋ねると、報告していた騎士が、またも言いづらそうに答えていく。
「……元々、騎士になることへの執着が薄かった者たちです」
その言い方を聞いて納得した。口利きで入った連中か。
「やはり、ミカゲの影響か?」
「直接そう言った者はいません。 ただ……時期と次の職を事前に見つけて辞めていることから、ミカゲさんの影響と考えられます」
実力のあったミカゲですら追放された。
だったら、自分たちはどうなるか。そう考えたのだろう。
騎士団を除籍になったというレッテルが貼られる前に、身の振り方を考えたわけだ。
「悪い影響は出ていますか?」
エルナが尋ねる。
「ミカゲさんの穴により、戦力の厚みは減った部分があります……ただ、今のところは、むしろ――」
報告していた騎士が言葉を止める。
「なんだ?」
ヴァルトに促され、責任者の男は続けた。
「結果だけ……見ると、騎士団は以前よりも規律が良くなっています」
その言葉に、誰も反応しなかった。
俺も何も言わない。言うべきことがないからだ。
「ですが」
別の騎士が口を開いた。
「だからといってミカゲさんの除籍に納得したわけではありません」
真正面から俺を見る。
「誰よりも真面目で実力もあった人物です。 そんな人を恐怖政治の材料にするなんて」
会議室中の視線が俺へ集まった。
「もう終わった話だろ」
「終わっていません」
即座に返された。
空気が冷える。
エルナが何かを言おうとして、やめた。
ヴァルトの眉間には深い皺が寄っている。
また嫌われたかな。
まあ、一ヶ月も嫌われ続けていると、そろそろ慣れてくる。
「……次の報告へ移りましょう」
エルナが静かに告げた。
「王都周辺の警備について、気になる点があります」
別の責任者が手を上げた後に、話し始めた。
「続けてください」
「ここ数日、南側の城壁付近で妙な痕跡が見つかっています」
会議室の空気が変わった。
ヴァルトが腕を組んだまま尋ねる。
「魔物か?」
「分かりません。 姿を推測するに至っていませんが、エルニックが試験的に設置していた罠の至近に大きな鱗のようなものが、落ちていました」
その報告に何人かが同時に顔を見合わせる。
「鱗……だと?」
あいつ……、もう試作品を置いていたのか。相変わらず、手が早いな。
「捕獲はできなかったのですか?」
質問をしたのはクレシアだった。
終始、黙っているかと勝手に思っていたが、ちゃんと参加しているんだな。
「はい。 罠が壊されていました」
「それで……落ちていたのは、鱗だけ」
ざわめきが広がる。
エルニックが作る罠は騎士団の中でも、頑丈だと知られている。
試作品とはいえ、簡単に壊れるようなものを置くとは思えない。
「つまり、罠に魔物がかかった様子があるが、 それでも逃げられたので南地区は要警戒ということですね」
「その可能性が高いかと」
クレシアの表情が険しくなる。
なんだ? どうもクレシアの様子は他と異なっている。
魔物というより……場所か? どうも、南地区を気にしている素振りが見て取れた。
「分かりました。 エルニックにも話を聞いて対応を検討しましょう。 南地区はしばらくの間、警備の数を増やしてください。 鱗の調査が終わり次第、すぐに報告もお願いします」
エルナがそう言った後、ほんの一瞬、クレシアを窺うような視線を見せた。
その後、ほかに報告はなく、先ほどの議題を最後に会議は終了となった。




