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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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第21話 登用官は追放する

「ミカゲ、お前を騎士団から追放する」


夕刻。

一日の訓練を終えた騎士たちの声が、窓の向こうから聞こえていた。


木剣を片付ける音。

今日の訓練について話し合う声。


それらも少しずつ遠ざかり、やがて静けさを取り戻していく。

目の前にいるのは、黒髪を後ろで束ねた訓練着姿のミカゲだ。


額にはうっすらと汗が残っている。

俺を見るなり、露骨に嫌悪感をあらわにした。


「なんで……お前が」


「ご挨拶だな。呼び出した相手に向かって」


「団長からの呼び出しだと聞いた」


「ああ、それは嘘だ」


ミカゲの眼光が鋭さを増していく。

怖い。


けどまあ、今からもっと怒らせる予定だから、誤差みたいなものだ。


「座れよ」


「断る」


ならいい。このまま続けるとしよう。

俺は机の上の書面を手に取り、ミカゲへ差し出した。


当然のように、受け取ろうともしない。


「なんだ、それは」


「お前の追放命令だ。国王の印も押してある」


厳密には除籍命令だが、意味はほとんど同じだろう。


空気が止まった。

外から聞こえていた騎士たちの声まで、まるで消えてしまったように感じる。


ミカゲは怒るでもなく、驚くでもなく、ただ俺の顔と書面を交互に見つめている。


「追放……だと?」


「ああ」


「そんな馬鹿げたこと、誰が決めた?」


「俺だ。最終的には国王だがな」


即答した。

俺の中に迷いはない。


「団長は」


「知らない」


「副団長は」


「知らないな」


「……ふざけているのか?」


「ふざけているように見えるか」


俺は書面を机に置いた。

王家の紋章が刻まれた正式な書類だ。


いくら騎士団長のエルナでも、これを簡単にひっくり返すことはできない。

ミカゲもそれが分かったのだろう。


黒い瞳が、書面の一点を睨みつける。


「以前、言ったよな」


俺は椅子から立ち上がった。


「お前は騎士に向いていない。自分から辞めろって」


「……だから、どうした」


「辞める気がないみたいだから、辞めさせることにした」


その瞬間だった。

机が揺れた。


ミカゲの振り下ろした拳が、目では追えないほどの速さで叩きつけられていた。


「私が! 一体、何をしたと言うのだ!」


低い声だった。

怒鳴られるよりも、その押し殺した声のほうが恐怖を煽ってくる。


それでも俺は目を逸らさなかった。


「何もしていないな」


「なら何故だ!」


ミカゲの表情から、怒りが消えた。

代わりに浮かんだのは、形容し難い表情だった。


それでも俺は続けた。


「今のお前は、騎士団に必要ない」


「私の身体だ! 貴様に関係ない!」


俺の視線が、ほんのわずかに右脚へ落ちる。

何を指しているのか、言葉にせずとも伝わる仕草だった。


「そうだ。お前自身の身体だ。だから好きにすればいいよ――騎士団じゃないところで」


ミカゲの目が見開かれる。

しばらく沈黙が続いた。


夕日が窓から差し込み、床の上を赤く染めている。

俺はさらに言葉を重ねた。


「荷物は今日中にまとめろ。騎士として貸与されている装備は返却。給与は今月分まで支払われる」


努めて事務的に告げる。

ミカゲはしばらく黙っていたが、やがて机の上の書面を手に取った。


国王の署名を確認する。

もう、何も言い返せない。


紙を握る指が震えていた。


「……そこまで、して」


小さな声だった。

胸の内の悲痛な思いを、無理やり絞り出したような声。


「そこまでして、私を追い出したかったのか」


「そうだ。騎士団は遊びじゃない。お前の自己満足に付き合ったりはしない」


顔を上げたミカゲを見て、上手くいかないなと思った。

もっと怒ってくると思っていた。


なんなら、手だって上げてくると思っていた。

けれど、そこにあったのは怒りじゃない。


どこまでも深い、失望だけだった。


「見損なったぞ、レイグ・ローウェル」


そう言い残し、ミカゲは踵を返した。

扉へ向かって歩いていく。


「ミカゲ」


俺が何かを言おうとするよりも早く、ミカゲが遮った。


「本音を言えば……お前は、私を分かってくれると思っていた」


扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。



完全に聞こえなくなってから、俺は崩れるように椅子へ腰を落とした。



◇



ミカゲを追放した翌朝。

団長室の扉が、壊れるんじゃないかという勢いで開いた。


「レイグさん!」


飛び込んできたエルナの顔を見て、俺はそっと顔を上げた。

怒っている。


ものすごく怒っている。


いつもなら後ろに控えているヴァルトも、今日はエルナと並んで部屋に入ってきた。

声こそ上げていないものの、表情だけなら団長以上に怖い。


「おはよう」


「どうして! ミカゲが騎士団を辞めるのですか!」


そういう反応になるよね。

エルナは俺のそばまで詰め寄ると、一枚の書面を机に叩きつけた。


昨日、ミカゲに渡した除籍命令の複写だった。

王宮庁から団長の元にも届いたのだろう。


「どういうことですか、これは!」


「……書いてある通りだ」


「そういうことを聞いているのではありません!」


珍しく声を荒らげている。

エルナにとって……いや、騎士団にとって、それだけのことというわけだ。


「なぜ、ミカゲが辞めなければならないのですか!」


「騎士に向いていないからだ」


エルナの顔から、一瞬だけ怒りが消えた。

すぐに、信じられないものを見るような目に変わる。


「……本気で言っているんですか?」


「ああ。本気で騎士に向いていないと考えた」


「彼女はアルケイン騎士団でも指折りの人材ですよ」


「知っている」


机を叩く音が響いた。


「だったら!」


俺は答えなかった。

その様子を見て、エルナからの追及は続く。


「どうして追い出すんですか!」


ここで話せることなど、俺は一つも持ち合わせていない。

ただ、沈黙を貫くのみだった。


「登用官殿よ」


今度はヴァルトだった。

低い声が飛んでくる。


「俺は、お前という人間を疑っていた」


「そうだな」


「だが、最近は少し考えを改めていた」


意外な言葉だった。

ヴァルトは腕を組んだまま、俺を睨んでいる。


「エルニックの件もそうだ。俺には理解できん人選だったが、奴は騎士団の役に立っている。登用官には俺たちと違うものが見えているのかもしれん。そう思い始めていた」


「そうか」


「だが――」


ヴァルトの拳も机に落ちた。

机の上に置かれていた小物が激しく震える。


「今回のこれは、登用ですらない。ただの切り捨てだ!」


ヴァルトはさらに一歩、俺へ近づく。


「お前は人を見ることが仕事なのだろう」


「ああ」


「ならば何故、ミカゲの価値が分からん!」


あいつの価値か……。

全部を完璧に叶えるなんて無理だ。


なら、何かを捨ててでも選ばなきゃならない時がある。


「レイグさん」


エルナの声が震えていた。

怒りだけではなく、悲痛な感情を含んでいる。


「私はあなたを信じていました」


そういうのが……一番、堪えるな。


「あなたなら、家柄でも、噂でもなく、その人自身を見てくれる人だと」


泣き出しそうなエルナを見ても、申し訳なさは出てこなかった。


エルナ、お前は団長だろ?

こんなことで泣いたら駄目だ。


騎士団が大きく、強くなっていけば、いつか裏切りに似た行為に直面することだってある。

そんな時、助けてくれる奴が周りにいるとは限らないんだぞ。


「なのに、どうして……。私に隠れてまで、こんなことを……」


エルナは唇を噛みしめ、声を小さくしていく。

ヴァルトはしばらく黙って俺を見ていたが、やがて低い声で言った。


「……覚えておけ、登用官」


「なんだ?」


ヴァルトは背を向け、扉へ向かっていく。


「人を見るというのは、使える人間を選ぶことだけではない――人の人生を背負うものだ」


扉が閉まる。

エルナも俺を一度だけ見たあと、何も言わずにその後を追った。


打って変わって静まり返った団長室で、俺はしばらく立ち尽くしていた。


「人の人生を背負う、ねえ」


懐から、もう一枚の書面を取り出す。

そこに書かれている内容を眺め、思わずため息が漏れた。


「簡単に言ってくれるよ」


書面を二つに折り、再び懐へしまう。

窓の外では、いつもと変わらない一日が始まっていた。


机へ戻り、椅子に腰を落とす。

その時も、エルナの顔が頭から離れなかった。


あんな顔をさせるつもりはなかった――なんて言ったところで、何の言い訳にもならない。


「……仕事するか」


もう、後戻りはできない。

両頬を叩いて身体を起こし、そのまま扉を開けて部屋の外へ出た。


廊下を歩いていると、向こうから歩いてきたクレシアと鉢合わせる。


「よう」


「話は聞きました」


会話は、その一言だけで終わった。


クレシアは俺を一瞥すると、そのまま横を通り過ぎていく。


その反応を見る限り、俺が何をしたのかは、すでに騎士団中に知れ渡っているようだった。

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