第19話② 宰相と長官
「どう見ますか、宰相」
あの男が出ていった後、少し離れた書棚の陰にいる人物へ声をかけた。
相変わらず趣味が悪い人であるが、長年の付き合いで慣れてしまった自分が怖い。
どうせ今日もいるのだろうと、自然に話を振った自分も大概だなと自嘲する。
書棚の陰から、一人の男が姿を現した。
「面白くはあるが……にわかには信じられんな」
どうやら、抱いた感想はほぼ同じということだ。
無礼な態度については、この際置いておこう。
そんなことよりも、あの男は自分の言う通りにすれば、アルケイン王国の課題を解決するための手段になり得ると言った。
少なくとも長官である私に対して、はっきりと告げた。
最初から、たった一人の騎士に収まる話ではなかったということだ。
「駄目だったら、自分の首を賭ける」
私の立場を知って慌てふためいていた男が、話を始めた途端に人が変わっていた。
最初は落ち着きなく言い訳を並べていたのに、本題を語る時だけは、一度も目を逸らさなかった。
「特別登用官の地位を捨てるという意味だよな?」
「そうでしょう。少なくとも、本人はそのつもりのようでした」
宰相が鼻を鳴らす。
「ずいぶん……安い首だな」
「陛下、もとい騎士団長がわざわざ帝国から招いた人材ですよ」
「だからこそだ。自分の首を賭けたところで、損をするのは我々ではないか」
「確かに」
言われてみればそうだ。
失敗しました。では辞めます。
本人にとっては覚悟なのだろうが、こちらからすれば、せっかく借金まで肩代わりして連れてきた人間に逃げられるだけである。
「では、別のものを賭けさせますか?」
「お前も随分と意地悪くなったな」
「長年、誰の下で働いていると思っているのです?」
宰相が笑った。
それから、先ほどまでレイグが座っていた場所へ目を向ける。
「だが、気になるのはそこではない」
「と、言いますと?」
「なぜ、あそこまで確信できるのか」
私も同じことを考えていた。
あの男が示した案そのものは理解できる。
上手くいけば、確かに王国にとって利点がある。
問題は――その前提だ。
「本人いわく、『俺は見れば分かる』と」
「馬鹿げている」
即答だった。
「人間を少し観察しただけで、どこに置けば最も力を発揮するか分かる。そんなものが本当に可能なら、人事や登用で苦労する者などいなくなる」
「まったくです」
頷く。
騎士団の問題だけではない。
アルケインには人材がいる。能力のある者も決して少なくない。
それでも、必要な場所に必要な人材がいるとは限らない。
様々なものが絡み合い、人は必ずしも適した場所へ収まるわけではない。
もし。
もし本当に、あの男がそれを見抜けるのなら――。
「……確かに、我が国の課題を解決する手段にはなり得ますね」
「だから厄介なのだ」
宰相が腕を組んだ。
「荒唐無稽なら笑って追い返せばいい。だが、あの男には帝国での実績がある」
机の上には、一冊の資料が置かれている。
レイグ・ローウェル。
帝国で何をしてきたのか。
どのような人間に目をつけ、どこへ送り込み、その後どうなったのか。
すべてではないにせよ、調べられる範囲では調べてある。
「偶然……と、片づけるには少々多い。それを考えると、やはり面白いな」
宰相の中では、既に答えが出たのだろう。
与太話に乗ってみるのも悪くないという顔をしている。
はて、肝心の自分はどうだろうか。正直に言えば、半信半疑だ。
却下してしまえば最も無難である。だが、気になっているのも事実だ。
「却下するには、少し惜しい……ですね」
「ほう」
少なくとも、上手くいかなければ首はもらえるわけで。
過酷な強制労働にでも送り込めば、肩代わりした賠償金の補填と我々の溜飲も少しは下がる……か。
「……乗ってみましょうか。与太話に」
「お前も儂に似てきたな。陛下への根回しを頼むぞ」
そう言って宰相の姿は見えなくなる。
部屋で一人きりになると、あの男の言葉がいつまでも頭から離れない。
あの時までの軽薄さが嘘のような目で、レイグ・ローウェルは言った。
『アルケインから、英雄が生まれる瞬間を見たくないですか』




