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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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第19話 六日間の攻防

アルケインらしい格好になったのだから、早速向かうことにした。

場所は騎士団の駐留場から少し離れた王宮だ。


群青の上着を着ているせいか、衛兵からの視線もいくらか柔らかい気がする。

やっぱり、見た目って大事なんだな。


そんなことを考えながら正門を抜け、建物に入ると、王宮庁がある一室へ向かった。

王宮庁――名前の通り、王宮内のあれこれを取り仕切る役所だ。


国王への謁見申請から各省庁との連絡、貴族から提出された陳情の処理まで、仕事は多岐にわたる。

ようするに、国王に何か頼みたければ、だいたいここを通さなければならない。


そして今、俺はその入口に立っている。


「国王って会える?」


職場と思われる場所の一番手前は、対面で話せるスペースになっていた。

そこにいた男の役人に告げる。恐らく、ここで重要人物との面会を調整していると見たからだ。


三十前後だろうか。きっちりと撫でつけた髪に、細い銀縁の眼鏡。

こう言ってはなんだが……いかにも融通が利かなそうな下っ端の雰囲気がある男だった。


顔を上げた役人は、眼鏡越しに俺を見た。


「……会えるわけないでしょう」


なんだー! その言い方はー!

俺だって国王に会うのが、近所の知り合いを訪ねるのと同じじゃないことくらい分かっている。


だからこうして足を運んだっていうのによ。

まぁ、いい。


見せてやるよ。

真面目が取り柄のお坊ちゃんに、縦社会を生き抜いてきた交渉術ってやつをな。


「あのさ、俺が誰だか知ってる? 騎士団のレイグ・ローウェルっていうんだけど」


「存じています」


なんだ。知っているのか。

んん? ってことは、知っててこの態度なの?


「帝国から来た、特別登用官でしょう」


そうそう、と頷く。

国王直々に招かれた人間だと分かっているなら、少しくらい融通を利かせてくれてもいいんじゃないだろうか。


「でしたら、なおさら正規の手続きを踏んでください。通常であれば組織のトップ――騎士団長からの申請が必要になります」


駄目だった。認められている手順ではないと拒否される。

エルナを通すのは……なんなら、一番避けようとしているルートだった。


仕方ない、やるか。

俺が目的のためならなんでもする男だと、目にもの見せてくれるわ。


「へー。ところで、あんたの娘さん、可愛いじゃん。 帰り道とか心配にならない?」


『最近は物騒だよね』……なんて言葉を冗談まじりに呟いたりしてみる。


どうだ、役人よ。これが裏社会の流儀ってやつだ。

家族を人質に取られちゃあ、首を縦に振るしかないよなぁ?


手元の書類を見るフリをして、冷静を装っちゃってるけど、内心はドキドキだろう。

目の前の男は、わざとこちらに聞かせているのかと思うくらい大きなため息を吐いた後、


「えっと、独身なので」


「……そうなの?」


「はい」


ふーん。


着ている制服に皺はない。

本人にも清潔感がある。それなのに、そもそも独身か……。


おっと、俺自身への攻撃につながりそうだから、やめておこう。


「じゃあ、あんたの――」


「衛兵を呼びますよ」


「すみませんでした」


裏社会の流儀、十秒で敗北。

呆れたように俺を一瞥すると、再び手元の書類に目を落とした。


まずいな。

エルナを通さず国王まで話を持っていくとなれば、ここをどうにか突破しなければならない。


かといって、正規の手続きとやらを踏めば、間違いなくエルナのところへ話が戻る。


「分かった。今日は帰る」


「そうしてください」


即答された。


もう少しくらい……名残惜しそうにしてくれてもいいのに。




翌日。


「おはよう」


昨日と同じ場所に、同じ男がいたので、気さくに挨拶をする。

そいつは書類から顔も上げなかった。


「陛下には会えません」


「まだ何も言ってないぞ」


「では、本日のご用件は?」


「国王って会える?」


「お引き取りを」


冷たいなぁ。俺も仕事で来ているのに。

こんなに頼み込んでも、駄目なのかね。


よし、また来るか。




三日目。


「おはよう」


「会えません」




四日目。


王宮庁に入った瞬間、例の役人と目が合った。


「おは――」


「会えません」


「今日は挨拶だけかもしれないだろ」


「では、おはようございます」


「そろそろ会えるでしょ?」


「お引き取りを」


こいつ、やるな。

日に日に対応が洗練されてきている。




五日目。


いつもの場所へ向かうと、役人が俺の姿を認めるなり大きなため息を吐いた。


「……毎日、来るつもりですか?」


「いや? そんなことはないぞ」


会いたい奴に会えれば、もう来ないっての。

おかしな質問をする奴だ。


「陛下にお会いしようとするなら、騎士団長を通して申請してください。それ以外の回答はできません」


「それができたら、最初からやっている」


俺だって、わざわざ奇行に走りたいわけじゃない。

それに、最近は騎士団に顔を出してないせいか、風当たりも強いしな。


家にまで侵入してきた奴もいるし。

眼鏡を外して眉間を揉んでいる役人は、


「なぜできないのです?」


「言えない」


話が一周してしまった。

困った。


役人も次の言葉を待っているが、帰れという空気を隠そうともしない。


「じゃあ、また明日」


「来なくて結構です」




六日目。


いつもの時間に王宮庁へ入る。

もはや道順にも慣れたもので、いつもの場所へ向かいながら、行き交う職員へ軽く手を上げて挨拶する。


何人かは会釈を返してくれるようになった。

ふふ。馴染んできたな。


もはや、王宮庁が俺の職場に思えてきた。

あの眼鏡の男みたいに、頭ごなしに申請を却下する仕事なら、俺にもできるんじゃないか?


いつ行っても、あそこで働いているのはあいつだけだし、かなり暇な仕事だと見たね。


くくく……。

見てろよ、今日もお前の仕事を邪魔してやるぞ。


「おはよう」


いつもの役人の前まで来る。


「……」


返事がない。

あれ? そんな対応されると寂しいじゃん。


「おはよう?」


「聞こえています」


なんだ。機嫌でも悪いのか。

どうせ、昨日の夜に娼館でハズレを引いたとかそんなところだろ。


『昨晩はお楽しみになれませんでしたね』とでも言って慰めてやろうか。


「で、国王――」


「会えません」


今日も駄目らしい。

機嫌も悪いし、なんか刺々しくて感じ悪い奴だ。


仕方なく帰ろうとしたところで、背後から声が飛んできた。


「ですが」


振り返ると、役人がこちらを見ていた。


なんだ……。


なんだよ……。


こ、こっちがドキドキしちゃうじゃんかよ……。


「明日の同じ時間に、もう一度来てください」


「え?」


思わず聞き返した。

今まで散々来るなと言っていた男から、初めて来いと言われた。


役人は何とも言えない顔をしながら、


「一度、話を伺うことにしました」


今、なんて言った……。

間違いじゃないよな?


それでこそ、毎日通った甲斐があるってもんだ。

なんだか照れくさくなってしまい、鼻の下を指で擦った。


まったく、あんたも頑固だったな。

右手を役人の前に差し出す。お礼と和解を兼ねて、といったところだ。


眼鏡を直す仕草をした後、男は俺の右手を眺めている。


そのまま、手が取られることはなかった。



◇



翌日。


約束の時間より少し早く、王宮庁に着いておいた。

いつもの場所へ向かうと、例の男は今日も同じ場所に座っている。


「おはよう」


「おはようございます」


珍しく挨拶が返ってきた。機嫌がいいのかもしれない。

今日、終わったら飲みに誘ってみるかな?


うん、それがいい。いつの間にか、俺の中では戦友みたいな存在になっていた。


「それで、どこ行けばいい?」


「こちらへ」


男が立ち上がり、俺の前を歩き始める。

いつもの場所の脇を抜け、昨日まで一度も入ったことのない廊下へ進む。


途中で何人かの職員とすれ違ったが、男を見るなり足を止めて頭を下げている。

……随分と偉そうだな、こいつ。


やがて男は一つの扉の前で足を止めた。


「どうぞ」


中へ入る。


うん、広い。


国王と話す部屋にしては地味だけど、仕事の話ならこんなものなのかもしれない。


「そちらに座ってください」


「ああ」


言われるまま長椅子に腰を下ろす。

男はというと、なぜか部屋から出ていかず、そのまま向かい側へ座った。


なんだ……?


「国王は?」


「来ませんよ」


どういうことだ。約束が違うじゃないか。


「昨日、話を聞くって……」


「言いましたよ。ですので、お話しください」


騙された。


いや。


こいつは嘘は言っていない。


確かに、一度も国王が話を聞くとは言わなかった。

勝手に勘違いした俺が悪いのか?


そんなお役所仕事で『はい、話を聞きました』と片付けるつもりか。

そんな対応が通用すると思われたのは、なんか腹立つな。


「俺は国王に話があるんだが」


一杯食わされた怒りを隠すことができず、どかっと机に脚を放り出した。


「存じていますよ」


「じゃあ、あんたに話して何になんの?」


ここ数日間の労力が無駄になったと分かり、男を睨みつける。

こっちは下っ端と話しても仕方ないんだよ。


俺の視線から目を逸らすことなく、男の目が細くなった。


「……以前から気になっていたのですが」


「ああん?」


何をもったいぶっているんだ、こいつは。

俺が喫煙者だったら、このまま煙草をふかして、煙を顔に吐きかけてやりたい気分だ。


「あなたは、私を誰だと思っているのですか?」


変なことを聞く奴だな。思春期の子供みたいな質問しやがって。


「王宮庁の下っ端役人」


「違います」


即答だった。

えーと、じゃあ他に思い当たるのは……と考えていたら、間髪を容れずに、


「王宮庁長官です」


あー……。


んー……。


いやいや。ちょっと待て。ぜんぜん納得できない。


でも、とりあえず机の上に乗っけていた脚を下ろそう。

うんうん。机は脚を乗せる家具じゃないからな。まずは、そこからだ。


「じゃあ、なんで受付みたいな場所にいたんだよ」


「あそこは受付ではありません。部下との相談スペースです」


……ふーん。


そうだったんだ。


「この後も予定がありますので、手短にお話しいただけますか?」


「アッハイ」


もう、何も言えなかった。


そこから俺は、慣れない敬語で国王にしたかった話を伝えたつもりだが、正しく伝えられたのか覚えていない。

忙しいであろう長官にしては、かなり時間を割いてくれたのかもしれない。だけど、俺の混乱した頭では、自分が何をどう話したのかすら曖昧だった。


終わった後、二言三言のやりとりがあった気がするが、それすら全然覚えていない。


「……また、こちらから連絡します」


かろうじて覚えているのは、そんな言葉だけだった。

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