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その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


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第16話 登用官は想いを告げる

「よう。 ご苦労さん」


数日後のこと。

夜はすっかり更け、人通りの全くない時間に俺は駐留場の入口に立っている。


警備明けであろう、向かいから歩いてきた長身の女性騎士に手を上げて、労いの言葉を投げていた。


「新しくきた……登用官か。 こんな時分に、何故ここに?」


こうして話をするのは、これが初めてだ。

敵意はないが、ミカゲの黒髪と僅かな街頭の光が相まって威圧感すら感じる。


あの圧倒的な剣術を目の当たりにしたことも影響しているだろう。

訝しむような視線は俺から外れない。


ただ、次の言葉を待っている。


「別に。ちょっと話してみたくてさ」


「私と?」


答えると、ミカゲの眉がわずかに動いた。

歓迎されていないことが見て取れた。


それでも俺は用事を済ませることを優先する。


「こんな時間だし、中でどうだ? 警備明けで疲れているだろう」


「先に、何のために話をするのか聞いても?」


質問に質問で返されるという展開になる。

言っていることは、ごもっともだ。


ただ、話をするだけでこんな時間まで待つ理由は通常ない。

警備の終わる時間を調べて、わざわざ待ち伏せしていたのだから、怪しまれるのも仕方がない。


「仕事だよ。 俺は登用官だからな。 どんな人間が騎士団にいるのか知りたくてな」


「噂の登用官が、ここまで来て、こんな時間に話がしたいというのが不思議なんだ。 奇妙な人間を騎士団に入れることだけが仕事だと思っていた」


どうにも警戒心が強いな。

奇妙な人間はエルニックのことだろう。時間は必要だが、あいつが騎士団に必要なのは間違いない。


それはミカゲくらいの人間なら、分かるだろうに。


「異色の人間を入団させたのは否定しない。 あいつとは話してみたか? 面白い奴だけど」


「別にエルニックを非難するつもりはないさ。 異常なくらい、よくやっていると思う。 私が知りたいのは彼を見出した登用官に、どんな話をされるのか気になって仕方がないんだ」


つまり、前置きはいいから本題を話せということだ。

この点についても、ミカゲの言うことは全うだった。


仕方がない。もう少し、人となりを掴みたい想いもあったが、このままでは埒が明かない。

それに、生き急ぐタイプだということは理解できた。


なら、こちらも実直に相手をしよう。


一拍の間をおいて、息を呑む。


「――お前に騎士は向いていない。 辞めたらどうだ?」


強い風が吹いた。

発した声が届いたか心配になったが、聞こえたであろうことは、ミカゲの顔を見れば分かった。


口角が上がり、笑っている。


それが可笑しくて笑ったものではないと、墨を落としたような瞳が訴えかけてくる。



「随分と……馬鹿げたことを言うのだな、登用官よ」


一歩、二歩と詰め寄ってくるミカゲによって、距離が縮まる。

彼女の長剣の間合いなら、とっくに切られてしまう距離まで来ていた。


「撤回するなら、この場で終わりにするが……どうする?」


魔物に向ける殺気どころじゃないな。

終わりにしないと言ったら、俺はどうなる?


胸ぐらを掴まれるくらいで済むだろうか。


……だけどな、それだと意味がないんだ。


「……撤回はしない。 必要なら、何度でも言うぞ。 お前に騎士は無理だ。 なんでこんなことを言われるのか、自分でも分かっているだろう」


後にも先にも、視線だけで殺されると思ったのは、この時だけかもしれない。

そう思えるくらいには、背筋にジットリとしたものを感じ始めていた。


だが、ほんの一瞬だけミカゲの瞳が揺れたのが分かった。


「……右脚のことを言っているのか」


低い声だった。その反応を見て、やっぱり自覚はあるのだと。

今度は俺の口から答えを聞くまで逃がさないという形相をしていた。


いいね。


お前の内側に近づけた気がするよ。そうでなくっちゃな。


「……そうだ」


「いつ気づいた?」


端的に答えろ、そんな圧が多分に込められていた。


「確証を持ったのはお前が林を巡回していた時だ。 ホブを倒した後、変な動作が混じっていた。 そんで翌日に墓地で脚に薬を塗ったところを見た」


「――っ!」


ミカゲの目つきが変わった。


「……貴様、墓地まで尾けていたのか」


先ほどまでとは明らかに声の温度が違う。


「答えろ。どこから、どこまでを見ていた」


「全部、だと言ったらどうする?」


どれだけ睨みつけられたか分からないが、やがてミカゲの視線はようやく俺から外れた。

かなり長い時間に感じられたが、時間にすると、そこまで経っていないだろう。


「古傷の類だろ、医者はなんて?」


「……少なくとも、治せる医者も術士もアルケインにはいない」


今度は俯いたまま答える。

先ほどまでの殺気は鳴りを潜めている。その反応を見ただけで嫌でも理解してしまう。


輝かしい未来と誰もが憧れる功績を得ることができたはずなのにな。


「つまり、治らないんだな」


「……」


返事はなかった。そのことが答えなのだろう。

それが、俺の中でミカゲの将来を決定づける材料になった。


静かに、諭すような声色で語りかける。


「警備、巡回、訓練、遠征、討伐。 騎士の任務はやることが多い」


「だから……なんだと言うのだ」


「本当は、お前も分かっているんだろ」


「だったらなんだと聞いている!」


語気を荒げ、明確に遮られた。

ミカゲが、さらに一歩近づく。


「私は今日の警備を最後まで務めた。 その前は一人で魔物を倒した。 訓練も休んでいない、遠征にも出ている。 私が騎士として……誰かに迷惑をかけたことがあるか?」


嘆き、訴えかけるような言葉が並ぶ。俺の言おうとしていることに勘づいているのだろう。


夜の静寂を破り、駐留場の壁にぶつかって消えていく。


「お前は優秀な騎士だ。 迷惑をかけることなんてないだろうよ」


「なら――」


違うんだよ、ミカゲ。


迷惑なんて可愛いものじゃなく、場合によってはもっと質《たち》の悪いことになってしまう。


最悪の戦況の中、人間であれ魔物であれ、こちらの事情なんて考慮してくれることはない。


自分のせいで目の前の仲間を失った時、お前がどんなことを考え、奈落に落ちるのか。


お前の才能と騎士への想いは、右脚と併せて考えると呪いに近いんだ。


「もう一度だけ聞く、自分から辞める気はないか?」


「あるわけ……ないだろう」


予想していたとはいえ、自分自身のことを少しくらい考えてほしかった。

いや、誰よりも騎士である自分を考え抜いたから、こうなってしまったんだな。


……もう十分だ。この場でミカゲと話すことは、もうない。


「わかった。 もういい」


「なに?」


想像できなかったのだろうか、ミカゲは目を見開いた。


「それで終わりか?」


「ああ」


背を向けると、背後から靴音が響いた。


引き止められるかと思ったが、どうやら言葉を飲み込むようにして黙っている。


「あまり、時間はないぞ」


「私が剣を捨て、自分から騎士を辞めることはないぞ!」


そうだろうよ。お前の意思はとっくに確認できている。


これ以上、俺から何かを言う必要はない。


そのまま、ミカゲに背を向けた俺は駐留場に入っていった。

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