↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その原石を見つめて ~クビにされた人材登用官の英雄発掘譚~  作者: 緑地亭かっぱ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
16/38

第14話 登用官は観察する

翌日、俺は木の陰に身を隠すように、双眼鏡で黒髪の女性騎士を観察していた。

別に、やましいことをしているわけではない。

周辺警備にあたる騎士を観察しているだけだ。


双眼鏡の向こうで黒髪が揺れた。

彼女の名前は、ミカゲ=アトランティス。二十代前半で騎士歴は五年になる。


剣術は騎士団の中でも群を抜いている。勤務態度も良好。

昨日のうちに調べておいた情報を、頭の中で反芻させた。


エルナやクレシアに聞くと面倒そうだったので、訓練終わりのヴァルトを捕まえて確認した。

本当は少しだけ本人と話したかったが、ミカゲはエルナと談笑した後、俺と目が合うと会釈だけして、

すぐにいなくなってしまった。


「ミカゲ? あいつがどうした」


「訓練を見た時、気になったんだよ」


ヴァルトは訝しげに俺を見たものの、変な追求はなく教えてくれた。


「はっきり言って強い。若手の中では頭一つ抜けているし、あと数年で団長にも及ぶ剣だと思うぞ」


ほう。頭の固そうなヴァルトがそこまで言うのか。


「欠点は?」


「ないな」


考える素振りもなく、即答だった。


「強いて挙げるなら真面目すぎることくらいだ。頼まれれば任務を断らん。警備も討伐も訓練も、手を抜いているところを見たことがない」


いや。それもうさ、ただの長所じゃん。

まだ若いのに、あの強さをもってしても驕る部分がないなんて。

出来た人間というのがヴァルトの評価だった。


「他に、何かないか?」


どんな些細な情報でも聞きたかった。

うーんと頭を捻ったヴァルトは、


「ミカゲの父親も騎士でな。 任務中に殉職してしまった。 それも関係しているのか騎士に対する想いは強い」


そうか、親父さんも……。


「もしかして、登用官殿よ。別の意味で気になったか?」


厳つい顔の口元は、にやけていた。


「別の意味?」


「男が若い女のことを根掘り葉掘り聞いているんだ。 こっちも察するぞ」


何を言い出すかと思えば、しきりに頷いている。


「登用官も男よなあ。 昨日も熱心に見ていたのは知っていたが」


そう言いながら、立派な顎髭を撫でている。

ヴァルトに悟られるくらい、俺は見入っていたのか。


「まあ、分からんでもないぞ。 腕は立ち、器量も悪くないからな。 若い連中から声を掛けられることも多い」


だが、と付け足す。


「ミカゲは男に興味がない」


「うん? 女が好きなのか」


上背もあって雰囲気はどこか中性的。女性騎士に好かれても、まあ変ではないか……。


「そういう意味ではない!」


怒られた。紛らわしい言い方をしたのは、ヴァルトだと言うのに。


「何人か誘った男はいるが、全部断っている。騎士として生きると決めているのだろう。そういうことを考える気がないように思えるな」


なるほど、そういうことか。

聞いた話だと欠点のなさが際立っていた。


俺の中で気になっていた点が他にあるのだが、ヴァルトは知らなさそうだった。


「登用官殿よ。 負けると分かっていても、勝負に出たくなったら話は聞くぞ? その時は酒を飲みながらな」


完全に誤解されているが、最初の頃に比べるとヴァルトの態度は親しみがあった。


こんな顔しているが、面倒見はいいのかもな。

これ以上、邪推されるのは嫌だったので礼を言って会話を打ち切った。


再び、双眼鏡を覗き込み、ミカゲを見る。

騎士団が誇る優等生なのは、佇まいからでも容易に想像できた。


でも、気になる。


昨日の模擬戦。俺には最初の数戦で見せた動きと、最後の方ではまるで別人に見えた。


だけど、勝敗は全勝で相手を制圧するまでの時間に差があったわけでもないので、単純に疲労が原因ではなさそうだ。


それにしては、悪い意味で落ち方が妙だった。


「……何かあると、思うんだけどなぁ」


かれこれ二時間の警備になるが、歩調は一定で姿勢も崩れない。


王都から割と離れた場所ということもあって、周囲への警戒を怠る様子はない。

騎士としての所作は完成品に近かった。俺以外にも実際、既に評価されている。


「じゃあ、なんで気になるんだ?」


あまり経験したことがない感覚に包まれる。

そこで、昨日のヴァルトとの会話が思い出された。



え? もしかして、俺……恋してるの?

だから……だからなのか、こんなに彼女を見つめてしまうのは。


女性らしさの残るイケメンが、俺の好みなのか。

彼女を目で追ってしまうのは、あの涼し気な目元に吸い寄せられているだけってこと?



「グギャァァァッ!」


そんな馬鹿みたいな意識をかき消したのは、遠くから聞こえた魔物の奇声だった。

声のした方向に双眼鏡を向けて覗き込む。


「……ホブ?」


木々の向こうで鳥が一斉に飛び立つ。

林の奥から飛び出してきたのは、人間よりも一回り大きな魔物だ。


灰緑色の肌、盛り上がった肩。

手には、どこから拾ってきたのか刃こぼれした大剣を握っている。


「まあ、応援は呼ぶ必要ないか」


力は普通の人間よりはるかに強いが、動きは単調な部類だ。

ミカゲほどの騎士なら、遅れを取る相手でもない。


腰に提げた剣を抜き、ゆっくりとホブへ身体を向ける。


「グギャァ!」


ホブも視界にミカゲを捉えた時、反応して大剣を引きずりながら駆けだす。

一歩ごとに地面が鳴り、見る見る距離が縮まっていく。


対するミカゲは動かない。


「ちょっと悠長すぎないか?」


大丈夫なのかと双眼鏡を握る手に力が入る。

あと五歩、三歩、間合いに入ったホブは大剣を振りかぶった。


その瞬間、僅かに動いたミカゲ。

大剣が振り下ろされるよりも早く、沈めた身体から閃光のような一閃を繰り出した。

次の瞬間にはホブの脇腹から血が噴き出した。


「ギャッ!?」


斬ったのは分かったが、いつ抜いたのか捉えられなかった。

昨日の訓練よりも、ずっと速い一太刀。


苦し紛れに大剣を横なぎにホブも振るうが、そこには既にミカゲはいない。


気づいた時には背後へ回っている。

振り返ろうとしたホブの首筋へ、銀色の軌跡が走ったのがなんとか見えた。


ぐらりと傾く巨体。

そのまま声を上げることなく地面へ倒れ込んだ。


「……強っ」


思わず双眼鏡を下ろす。


昨日で分かったつもりになっていたが実戦だと、まるで印象が違う。

剣の速さと上手さを兼ね備えたとか、そんな単純な話じゃない。


迷いがなさすぎる……。

相手が動き始めるより先に、もう次に足を運ぶ場所を決めているような――


「なるほどな……」


ヴァルトの評価も納得だ。

これだけの腕があれば――。


「グゥギャッァァァ!」


再び、林に奇声が響いた。地面に伏したホブに動きはない。

双眼鏡を構え直した時には、茂みの奥から二体目が飛び出していた。


一体目よりもさらに大きい。

手には太い棍棒を持ち、その進路上には背を向けた彼女が立っている。


「後ろ!」


俺の声が届く距離じゃない。

棍棒を振り上げながら走ってくる巨体を背後にして、ミカゲは振り返らない。


まずい。そう思った時。

彼女の身体が沈んだ。頭上を棍棒が通過する。

まるで見えていたみたいに紙一重でかわした。


低い姿勢のまま身体を反転させたミカゲは、二体目の足元へ滑り込む。

剣が走り、片膝の裏を切り裂く。


「グッギャッア!?」


そこに続けてもう一撃。

立ち上がる勢いをそのまま乗せて、剣を振り抜く。


刃が喉元を深々と裂いていた。

新緑の林に血飛沫が舞うと同時に、二体目はその場に崩れ落ちた。


「……見事だ」


ホブ二体。それも、二体目は完全な奇襲だった。

なのに、片膝すら地面に着くことなく、手早すぎる処理をしていた。


間違いなく、帝国の中でも上位に食い込む存在。

それなのに。


「……ん?」


双眼鏡の中で、ミカゲの身体が大きく傾いた。

剣を腰の鞘へ戻そうとして――手が止まる。


片脚に力が入らないのか、ほんの一瞬だけ膝が折れた。

けれども、すぐに立て直す。


周囲を見回してから、何事もなかったように、ようやく剣を納めた。

わずかな時間、でも見えた。


さっきまであれだけ動けていたのに、右脚を庇うような仕草。


「これか……?」


双眼鏡を覗いたまま、眉を寄せる。


今の戦闘で負った怪我ではないはずだ。それは俺の目で見ても明らかだ。



だったら――。


どうして、あんな歩き方をしている?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。